Patientia 006 僕たちは王都を旅立つ
ライル商会の前には、荷物を積み込んだ幌馬車が一台あり、その馬車にカイルさんが馬をつないでいる。
「しっかりした商会に見えらぁ。ホントに潰れかけなのかぁ?」
ギーゼさんがライル商会の建物を見て、言わなくてもいい一言を口にする。
それが聞こえたカイルさんは、すごく嫌そうな顔をしていた。でも、反論はしないらしい。いや、カイルさんが強面のギーゼさんに反論するとは思わないが。
「んで、荷物は服、か?」
幌馬車の中を覗き込んで、ギーゼさんは確認している。「いや、その下にあるのは、農具? ……の刃か。柄はないのかよ?」
リビエラさんに大量の鍬の刃、鎌の刃、鋤の刃なんかを仕入れてもらって、幌馬車には積み込んである。あとは軽い古着も大量に買い込み、残りの荷物は野営の道具と保存食だ。
「まあ、いいや。おい、ユラ、そこの荷物をもうちぃとそっちへ詰めてよぅ、ここに隙間を作っといてくれやぁ」
「あ、はい」
「それとアコ、いいか、分担を決めて、その交代も決めろ。もちろん、その中にオレを含めるんじゃねぇぞ。おめぇらは6人組だから、馬の横に一人、馬車の左右に一人ずつ、御者台に乗るヤツが一人、馬車の後ろに乗るヤツが二人だ。それで馬車に乗るヤツと歩くヤツが半々になる」
「わかりました」
由良くんが荷物の詰め替えを始めたので僕はそれを手伝う。
杉村さんは野間さんと相談しながら、僕たちの配置を決めていく。
「王都を出るまで、それと王都を出てから2日はまあ問題ねぇ。その間にとにかく全周囲警戒に慣れろ。いいな」
「はい」
「作業しながらでいいから聞いとけ。荷馬車の護衛で守るのは荷物じゃねぇ」
「え?」
「作業の手を止めるな、ユラ。まず第一に守るべきは馬だ」
「馬、ですか?」
「行商の荷馬車の天敵はなぁ、オオカミだ。荷物が生肉でもない限り、オオカミの狙いは馬だ」
「人間じゃなくて、馬ですか? しかも、盗賊とかじゃなくてオオカミ?」
「おう。人間は逃げられるが、荷馬車の馬はつながれてやがるからな。あと、盗賊ってのはまた、出発してから教えてやる」
「あー……」
「しかも、馬が死んだら、そこで行商は終わりだ。商人も全財産が吹っ飛ぶぞ」
「なるほど過ぎる……」
「馬は逃げに入るとその速さが生きるが、荷馬車を牽いたままじゃあ無理だ。しかも、足にでも噛みつかれたら終わりだ。だから、馬を傷ひとつなく守れ」
「傷、ひとつなく……」
「オオカミはずる賢いぞぅ。下手すりゃ人間よりもなぁ」
「予想外の無理難題ですね……」
荷物を積み替えながら、ギーゼさんの話に答える由良くん。器用だな、と思う。
王都の門を出るのは、特に問題はなかった。
入る場合は入市税がかかるが、出るのはかまわないらしい。その入市税も、『王領通行証』という手形があれば、王都とその周辺の王家直轄地については、町や村への入市税が免除されるとのこと。
ちなみに、ライル商会は『王領通行証』がある。これは本当にありがたい。リビエラさんの亡くなった父親に感謝だ。
荷馬車の速さは、ちょっとだけ早歩き、という程度だった。だから特に問題なく、歩いて行動を共にできる。
今回、自ら御者を務めるカイルさんによると、空荷だと速くなるらしいが、その場合、護衛は荷台に乗れるので問題はないという。
目指すはケイトリン辺境伯領だ。そして、クリンエトゥス侯爵領も。
王都からまず王家直轄地を抜けて、マーゼル伯爵領を通り、続いてノモント子爵領からケイトリン辺境伯領へ。
そして、ケイトリン辺境伯領から一度ノモント子爵領へと戻り、カラバ男爵領を抜けてクリンエトゥス侯爵領へ。
クリンエトゥス侯爵領からハシバル子爵領を抜けて王家直轄地へと入り、王都に戻る。
およそ1か月の行程となる。
主な商売はケイトリン辺境伯領とクリンエトゥス侯爵領で行う予定だ。
残念ながら、王家直轄地以外では、各領地の『通行証』がなければ入市税を求められる。
もちろん、スルー可能な町や村もあるので、全てで支払う訳ではないが、どうにかして『通行証』は手に入れたい。
王都周辺の王家直轄地は、言ってみれば安全圏だ。
荷馬車の旅も特に心配はいらないらしい。
僕たちは、交代でカイルさんに御者を教わりながら、進んでいく。
王都から一番近い村は通過して、王都からおよそ1日の村の手前で野営の準備に入る。
陽が沈むまでにテントの準備、火起こし、馬の世話など、ギーゼさんの指導のもと、失敗しながら僕たちは経験を積んでいく。
「ギーゼさん、私たち、男の子は二人しかいないので、見張りは3人、3人の2交代ではダメなんですか?」
「……おめぇらが考えてるより、夜は長ぇぞ? それを2交代でやるのは、まあ、どうかと思うがなぁ」
「じゃあ、男女二人、女子二人、男女二人の3交代はどうしてダメなんですか?」
「あー、そりゃあ、おめぇよ、例えば、オレとか、コイツにな?」
ギーゼさんはそう言ってカイルさんを指差す。「ノマとかアコが、一発ヤらしてくれるってぇなら、女だけの見張りの時間があってもいいぜ?」
「えええっ?」
質問していた杉村さんが動揺している。まあ、動揺する内容だったが。
「な、なんでですか!?」
「いや、はっきり言うがな、アコ、おめぇ、オレに押さえつけられて逃げ出せると思うか?」
「……」
「女が開拓者をやるってぇのは、常にそういう危険があるってこった」
「……力で、というなら、由良くんも、苗場くんも、ギーゼさんには敵わないと思いますけど」
「それでも、男が見張ってるとな、他の男は近寄りにくいってモンだ。あと、男は単純だからな、仲間の女は必死で守る。そういう信頼はねぇのか?」
「……あります」
杉村さんが一瞬だけちらりと僕の方を見たので、実は僕は信頼されていないのかな、とも思った。
まあ、仕方がない。
「護衛の場合、仲間だけじゃなくてよぅ、他の開拓者とも組んで動くことがあらぁな。そういう時、隙を見せたら、すぐにヤられちまぅぜ?」
「……」
杉村さんがものすごく赤面してる。
いや、見ない方がいいってことはわかってるが、どうしても、会話の中心だからそっちに目が。
「まあ、そういうことをリコにも教えたんだがな。あいつは、野営で寝る時には、テッシンのマントん中に潜り込んで寝てやがったぞ?」
「ええええっっ! それ、ホントですか!?」
「お、おう。森での野営でな。あいつらにはよく『森でヤんなよ、死ぬぞ』って言ったモンよ」
これに猛烈に反応したのは野間さんだ。突然の叫びにギーゼさんがびっくりしてドン引きしてる。
その夜、野間さんは「キリコ殺すキリコ殺すキリコ殺す……」とか、なんかずっとぶつぶつ言っててかなり怖かった。
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