Patientia 005 僕は味方を増やす



 ギーゼさんの指導を5日間の契約で受けた。


 ウサギ相手に、野間さん以外のメンバーで包囲して、逃がしたら野間さんが射かけるという作戦はギーゼさんからのアドバイス。これで、確実にウサギを仕留められるようになった。


 でも、残念なことに、1日2羽が僕たちの限界だった。


 それは、索敵能力の限界。ギーゼさんから教わったように、草原でウサギを探すのだが、僕たちではなかなか見つけられなかったのだ。

 ウサギを狩る前に、見つけられないのだから、狩れるはずがない。狩る以前の問題だった。


 ……渡くんはどうやって1日5羽も見つけていたのだろうか?






 そして、最終日となる5日目の終わり。


「まあ、なんとか、開拓者として、やっていけるっちゃあ、いけるだろぅな」


 ギーゼさんが、そう言って僕たちを見回し、「だけどよぅ、実際、森で寝泊まりできて、開拓者ってのは一人前なワケよ」と付け加える。


 これは、渡くんからも聞いていたので、予想通りだ。


「おめぇらが、あと5日分、金が出せるんなら、森での野営についても教えてやろぅじゃねぇか。ああ、いや、金がねぇなら、無理はすんなよ?」


 渡くんと佐々木さんも、このギーゼさんの野営講座で学んだらしい。


 でも、僕たちは別の道を行く。


「……ギーゼ、さん。……僕、たちは、その、護衛、に、……ついて、教えて、ほしい、ん、です」

「あぁ? 護衛?」


「……はい。……難しい、です、か?」

「いや、護衛も、そりゃあ、教えられねぇこともねぇがよ。護衛を教えるには、護衛する相手が必要じゃねぇか?」


「……実は、明後日から、行商人の、……護衛を、する、ことに、なっている、……ので」


「なんだ、護衛依頼を受けてんのか? 素人のクセに無謀なマネをしやがる。んで、その護衛でついでに教えてほしいってか?」

「……はい」


 ギーゼさんはあごに手をあてて、ちょっとだけ、考え込む。


「……いいぜ。1日銀貨2枚な」


 返答はOKだ。


 ……ギーゼさんを騙すようで悪いが、これは大助かり。


 引退したとはいえ、ギルドではトップクラスの開拓者であるギーゼさん。

 普通に護衛を依頼したら、1日銀貨10枚は下らないとのこと。これは、ギルド情報なので確定だ。


 僕たち新人開拓者への指導という形をとることで、実質的に8割引き価格でギーゼさんを護衛として確保する、ある意味での裏技。


 ……もちろん、護衛としての立ち振る舞いをご指導頂く訳だが。


 本当に助かる。






 夜、ライル商会の応接間で、ろうそくの明かりの下、書類とにらめっこをする。


 応接間は僕と由良くん、続き部屋の寝室では女子メンバーが寝るようにしている。こういった共同生活はクラス転移からずっと続いているので、特に問題はない。慣れてしまった、ともいえる。


「苗場、今日の、ギーゼさんとのやりとりだけどさ」


「……ギーゼ、さんと?」

「あれだよ、護衛の指導で、1日銀貨2枚って、ヤツ」


「……ああ、それが?」

「あの人、いい人だよな? だから、なんか、騙してるみたいで、もやるっていうか……」

「……」


「いや、苗場がこっちの世界で生きていくために、いろいろ頑張ってくれてるのもわかるし、オレらは偉そうにしてても、苗場抜きだと、まあ、ちゃんとやれてないってのも、わかってるんだよ、本当はさ。それでも、何ていうか、ちょっとした、罪悪感みたいなものは、どうしても感じるんだよ」


「……ごめん」

「いや、苗場を謝らせたいワケじゃなくてだな……何ていうか、その……」


 ぽりぽりと由良くんが頭をかいて、言葉を濁す。それから、何かを言おうとして、僕の方を見て、その視線が僕の手元にきた。


「……何見てんだ、苗場?」

「……これは、その……」


「記号? 文字か? でもオレらが習ったこの国の字じゃないな?」

「……」


「まあ、言いたくないっていうなら、無理には聞かないけどさ。そういうとこだよ。こう、あんまり役に立ててないから、言いづらいというか、情けない気持ちがあるけど、苗場にも、オレたちを頼ってほしいんだよ……」


 そう言われて、僕はびっくりして由良くんを見つめた。

 僕としては、感謝しているし、頼りにしているつもりでもあった。


 それと同時に、自分の目的のために由良くんたちを僕が利用しているという自覚もあった。

 だから、どれだけ誤解されても、どれだけ嫌われたとしても、割り切ってドライにいこうとも思っていた。


「苗場とリビエラさんのこともさ、オレだけじゃなくて、女子たちも、今みたいな状況を作り出すためには仕方ないことだって思ってる。まあ、オレたちのグループの女子たちは、どっちかっつーとケッペキなところがあって、その分、苗場への当たりはきつかったとも思うけど。今は、その苗場のお陰でやっていけてるから、苗場にきつく当たってたこととか、気にしてるしさ……」


「……大丈夫、だよ。……僕は、気に、してない」

「そ、そうか? すまん。で、それ、何?」


「……これは、召喚、された……時の、大広間、の、床に……あった、魔法陣の、写し」


 ……正確にはその一部だ。


「……魔法陣の、写し? いつの間に、そんなもん?」


「……帰る、ために、は、……必要に、なると、思って」


「苗場、おまえ、本気で、元の世界に帰るつもりなんだな?」


「……うん」


「へえ。それで、その魔法陣を見て、何してんの?」


「……解読、という、か、……解析、という、か」


「そんなことできんのかよ?」


 由良くんが目を見開く。


 僕は、今、やっていることについて、簡単に説明した。


 基本的には、何度も繰り返し使われている文字列の抽出と、その並びの確認だ。


 例えば、それぞれ文字列にA、B、C、というように記号を割り振る。

 そして、その並びが、A+Eとか、B+Eとか、C+Eとか、D+Eとかの並びで使われている場合に、A~Dは名詞でEが動詞ではないか、と仮定していく。

 もちんその逆もあり得る。


 そうやって、文字列の意味を推定していく、永遠とも思える作業を積み重ねる。


「……苗場は、すごいな、本当に」

「……すごく、なんか、……ない、よ」


 ……ただ、あきらめたくないだけだ。


「それ、オレにも手伝わせてくれ」


 そう言った由良くんは、いつになく真剣な表情をしていた。





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