Patientia 004 僕たちはまず「開拓者」を学ぶ(1)



 リビエラさんの兄であるカイルさんの説得が終わった。リビエラさんには少し失礼かもしれないんだが、王城よりも粗末な食事を頂いた。それから僕らはリビエラさんの案内で開拓者ギルドを訪れた。


 ギルド登録から指導者の依頼まで、渡くんから聞いた通りにやっていく。渡くんたちの経験を踏まえて、行動していくことで無駄がない。まずは武器と防具をそろえて、明後日からは訓練の日々だ。

 これまで王城で行われたものとは違う、『開拓者』としての実戦訓練になる。


 吉本さんが食事、トイレ、ベッドなどに小さな声で不満を漏らす。

 小さな声なのは、リビエラさんに聞こえないように気を遣っているのがわかる。僕には気を遣うつもりはなくとも、リビエラさんには遣えるらしい。


 たぶん、吉本さんだけでないのだろう。口には出さなくとも、女子メンバーは同じような不満を持っていると思う。

 良識の問題でそれを口に出さないだけ、杉村さんや野間さん、高橋さんは立派だと思う。

 吉本さんも、僕に対する嫌がらせとして言っているにすぎない。それがなければ我慢していたんだろうと思う。


 この状況に不満を持つのは仕方がない。僕たちがこれまで寝泊まりしていた王城は、この王都では……というよりこの国では、もっとも充実した生活施設だ。もちろん、現代日本とは比べものにならないが。

 割と大きな商家とはいえ、王城と比べることはできないのも当然だ。


 食事は王城よりも格段に落ちる。

 渡くんから「ひどいうすしお味」と聞いてはいたが、味などしないのではないかと思える。調味料が発達していないからだろう。

 胡椒が黄金と同じ価値があったと歴史の授業で学んだことがあるが、本当にここはそういう世界なのだろう。


 僕の考えだと、今の方がいい。今よりもマシな生活の中で家畜のように飼われて、いずれ戦場で死ぬ運命。そうなるのなら、生活レベルが下がったとしても、生き延びて元の世界へ帰る手段を探す方がいい。


 夜、寝る前には部屋で筋トレ。これはもう、習慣になった。

 僕だけでなく、みんながそうだ。こっちの世界に来たばかりの頃は、腕立て伏せが1回もできなかった高橋さん。それが今は20回、頑張れるようになった。


 翌朝、ランニングをしたいと考えていたが、それはリビエラさんに止められた。

 朝の街、特に平民街は、建物から汚物が降ってくるらしい。そう言えば、渡くんからそういう話を聞いた記憶がある。汚物というのは排泄物のことだ。


 だから、朝も筋トレをしておくことにした。それと、裏庭で武器を振る。要するに素振りだ。

 こういう鍛錬が日常化したのも、あの時の渡くんのお陰だろう。その渡くんは、一足先に旅立って、もうここにはいないのが本当に残念だ。


 この日は、リビエラさんによる王都案内だった。そこで、昨日は買えなかった着替えなどの布類、他、必要物品を購入していく。

 街の案内については、特に、近付いてはいけない危険な場所をちゃんと知ることに重点をおいてもらった。


 由良くんたちから見ると、昨日からずっと支払いをリビエラさんがしているようにしか見えない。事情が分かっているのは僕だけだ。みんなのリビエラさんへの申し訳なさがそろそろ限界値を超えそうな気がする。


 それとともに、女子メンバーの僕に対する視線が複雑なものになってきた。


 今、僕たちの生活をリビエラさんが金銭的に支援してくれているのは、僕とリビエラさんがそういう関係にあるからだと、みんなは勘違いしているから。


 メイドとエロいことしてた汚物だと思って僕のことを嫌悪してきたが、そいつによって助けられているのが現実だ。だから、それはそれは、何とも言えない複雑な気持ちにもなるだろう。


 ……まあ、本当は、僕はまだ確実に童貞のままなんですがね。そして、リビエラさんは処女です。……たぶん。そっちは何とも言えません。確認不能だから。






 さらに次の日は、開拓者ギルドで指導者の方と顔合わせをして、王都の外へ行く。今日からはリビエラさんとは別行動になる。


「……おめぇらがテッシンたちの知り合いってのは、間違いねぇみてぇだな」


「……はい。渡くん……テッシンは、僕たちの、友達、です」


「まあ、見た目が、そうだわな」


 指導者はギーゼさんという、引退した開拓者の人だ。渡くんたちもこの人の指導を受けている。1日銀貨2枚というのはかなり痛い出費だが、ここをケチると本当に命に関わる可能性が高い。こういうところでケチるのは間違いだろう。


「まさか、どいつもこいつも、テッシンみてぇに、クソ強ぇーんじゃねぇだろうな?」


「あー、やっぱり、渡のやつは、強かったですか?」


 由良くんがそう尋ねる。

 すると、ギーゼさんはものすごく嫌そうに表情を歪めた。


「……ありゃ、強ぇなんてモンじゃねぇ。はっきり言って、人間ばなれしたバケモンだ。少なくとも、オレが知ってるどの開拓者よりも強ぇな」


「そ、そうですか……」


 由良くんがちらりと僕たちに視線を送る。もちろん、僕たちも互いに視線を交わす。

 たぶん、みんなの心の中はひとつだ。


 ……やっぱりね。渡くんだし。





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