Patientia 002 僕たちは商家へと向かう(2)
王城を出た僕たちには見張りというか、尾行というか、そういうのが、文官の命令でつけられている。残念ながら、どこにその見張りの人がいるのか、は、僕には判別はできない。
渡くんは見張りの存在を『遠話』で知らせたら簡単に見つけていたが、いったい、どんなスキルを持っていたのだろうか?
「それで、これからどこへ行くんだ? お世話になる商人がいるんだろ?」
「……大丈夫、迎えに、来て、くれるはず、……だから」
そんな言葉を由良くんと交わす。由良くんの後ろには杉村さんと吉本さんが、僕をはさんで野間さんと高橋さんがいる。
そんな僕たちのところに、赤茶の髪に紫の瞳の女性が近づいてきた。
ベージュの地味なワンピースを着ているが、その容姿の美しさは隠せない。さすがは王城でハニトラ要員として雇われた元メイド、地味な姿でも十分な美人だ。
というか、大人っぽく見えるが、これで15歳。こっち人たちの年齢は、見た目での判別が難しい。
「ナエバさま、お待たせしました」
近付いてきたのは、王城で僕付きの専属メイドだったリビエラさんだ。
「……ありがとう、リビエラ、さん」
「ついてきてください」
リビエラさんが背を向けて歩き出す。
僕もそれについて行く。
ぽかんとしながらも、他のメンバーたちは僕の後ろに従う。
「……なぁ、あの子、ひょっとして苗場の」
「……そう、だよ。リビエラ、さん。……僕付きの、メイド、……だった、人」
「だった?」
「……もう、メイドは……辞めて、る」
「それって、おい……」
何か言いたそうな由良くんの顔は見ないようにした。
どうせ、こいつ、そこまで女を堕としたのか、とか、どんなエロテク持ちだ、とか、そんな風に思っているのだろう。
傍から見れば、ハニトラ要員を逆にメス堕ちさせて、見事にヒモになった、という感じに見えなくもない。というか、そう見えるだろう。
昨日の説明では、知り合いになった人のお世話になる、としか伝えていないから。
もしも僕と由良くんの二人だけ、男だけだったら、どんな話に発展していたのか、あまり想像したくない。
「申し訳ありません。馬車を用意できるほど、裕福ではないので」
「……気に、しない、で。歩く、方が……道も、覚えるし」
「そう言って頂けて、助かります」
リビエラさんと話しながら歩いていると、後ろから女子の視線が背中に突き刺さっているような気もする。だが、背中側は見えないので気のせいだと思うしかないだろう。
野間さんたちにどれだけ嫌われたとしても、僕は、僕の道を行くだけだ。それが僕の決めた、僕の道だから。
ここまでが上流階層の居住区です、とか。
ここが中央広場です、とか。
あれが開拓者ギルドです、とか。
まるで王都観光でもしているかのように、リビエラさんの案内で王都を歩く。
女子たちの僕に向ける視線を時々感じながら、それと同時に、リビエラさんをどう見ているのかも、確認してみる。
もし、リビエラさんが僕のように嫌われていたら、申し訳ないと思う。
ところが、僕に対する刺すような視線は、リビエラさんには向けられていないらしい。
どちらかといえば、同情の目線、とでもいうものだろうか。僕による性被害を受けた女性という感じなのかもしれない。まあ、どうでもいいが。
そうやって王都を歩いてたどり着いたのは、とある店舗兼住宅だった。
そして、裏へ回ると庭と倉庫と馬房がある、割と大きな建物だ。ちなみに店舗部分にいる客はゼロだった。
ここがリビエラさんの実家であるライル商会だ。ライル、というのはリビエラさんの死んだ父親の名前らしい。今は、リビエラさんの兄が商会を継いでいる。
リビエラさんの父親は一代でこの商会を立ち上げた。だが、その無理がたたって死んだ。父親の死後、母親は実家へと帰ったらしい。
跡を継いだリビエラさんの兄は、リビエラさんいわく、とても努力したそうだ。努力はしたようなのだが、実質的には商売的に失敗を繰り返した。そして、借金ができてしまった。
借金を返すために、リビエラさんの兄は王城に妹であるリビエラさんをハニトラ要員として売ったのだ。
妹の貞操を金に換えて生き抜く、これが中世の、普通の感覚なのだろう。慣れたくはないが、目をそらすと、ここで生きていくのが難しい。もちろん、リビエラさんがそれを心から受け入れた訳ではないが。
裏から入って、ずんずんと建物の中を進んでいく。そのまま応接間へと案内された。大きなふたつのソファに、僕たちは詰めて座る。
「とりあえず、この部屋をお使いください」
「……いいの? ここ、大事な……お客さんが、入る、ところだと、……思うけど?」
「兄さんの商売がうまくいっておりません。この部屋を使うような商談は今のところ、というより、この先も当分は、ありませんから」
……うん、そうでした。そのせいでリビエラさんは王城へ送り込まれたんでした。
「ここと、続きの隣の寝室まではみなさまでどうぞ。簡単な食事をすぐに運ばせます」
「……ありがとう、……リビエラさん」
僕が礼を言うと、他の人たちも感謝の言葉を述べた。
「ナエバさま、兄さんとは、いつ、話を?」
「できれば、すぐにでも」
「わかりました、こちらへ」
僕はソファから立ち上がる。他のみんなも立とうとするが、それを手で制する。
「……大人数で、話しても、迷惑、……だろうし、威圧的、だと、思う。……ここは、僕が、……話して、くるから」
「何の話をするんだ、苗場?」
「……相手は、商人、だから。……商談、かな」
「……あとで、ちゃんと、説明しろよ」
そう言った由良くんにうなずいて、僕はリビエラさんを追って応接間を出た。入れ替わりで、使用人らしき人が応接間へ食事を運んでいる。
残念ながら、王城での食事とは比べものにならない質素さの食事のように見えた。
……こういう部分も、少しずつ慣れていかないと。
みんなに後からいろいろと言われそうだと考えて、僕はほんの少しだけ、うんざりとした気持ちになった。
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