Patientia 002 僕たちは商家へと向かう(1)
王城を出るのは、特に問題は……なかったと言いたかったが、そうも言えなくなってしまった。
もともと、宰相が風水害に遭ったクリンエトゥス侯爵領を視察に行くタイミングを狙っていた。宰相が直接、とやかく言えない隙をついて、出て行くように予定していた。
これはこちらの思惑通りになった。城から出て行くことを告げた僕たちに、文官が「宰相閣下の許可がない」と言い出すことも想定内で。
僕は文官に対して、宮本くんが出て行くと言い出した時に宰相が言った言葉を確認した。
宰相は『出て行きたいのなら勝手にすればいい。銅貨1枚の金もなく、どうやって生きて行くのか、知らないが』と、宰相本人がそう言ったはずだ、と。
出て行きたいのなら勝手にすればいいと言った宰相の許可がないと出て行けないというのはおかしいだろう、と。
この国の宰相の言葉はずいぶんと軽いんですね、と文官をやりこめて。こういうのを言質を取るとかいうのだろうか。
あの時の宰相の発言をその場で聞いていた文官はものすごく顔をしかめて、僕たちが出て行くことを渋々認めた。
そこまでは良かった。
ところが「おれも出て行く!」と宮本くんが言い出したのが面倒だった。
宮本くんはこれまでの王城での生活で僕たちとはグループが違った。
だから、一緒に来てもらっても、正直なところ、うまくやっていけるとは思えなかった。
ただの戦力として考えるのなら、『剣術』スキル持ちだと確定している宮本くんは確かに役立つだろう。
でも、僕たちの中に入ると、一人だけ強過ぎて、とてもバランスが悪い。それに、性格的に、僕たちのリーダーになろうとする可能性が高い。それも、宮本くん本人の自覚はなしで、だ。
その結果として、杉村さんや、由良くんとも、もめてしまう可能性がある。
素直にこっちの言う通り従ってくれるのなら、戦力としてはありがたいが、そういうタイプではないと思う。
単純な戦力として宮本くんを使い潰すというのなら、使い道もあるかもしれない。だが、露骨にそういう扱いをすると、他のメンバーの、特に杉村さんあたりの反発が怖い。
それに宮本くんは、既に宰相に目を付けられている。一緒に行っても、扱いに困るだけだというのが、現段階での僕の判断だ。僕たちにもっと優位性があれば、違うんだが……。
どうする、と由良くんが小さな声で言ったので、僕は小さく首を横に振った。
「す、すごいね、宮本くん。こ、ここを出て、行くアテが、あ、あるんだ」
「えっ?」
宮本くんはびっくりした顔をして僕を見た。
「あ、あと、お金も。す、すごいね。ど、どれくらい、お金が、あ、あるの?」
「えっ、いや……」
宮本くんはさらにびっくりして、そこから怪訝な顔になった。僕の言ってることが分からない、という感じだ。
「み、宮本くんも、が、がんばってね」
「あ、いや。お、おれも、一緒に、連れて行ってくれよ……」
「え? み、宮本くん、行くアテ、な、ないの?」
「いや、ない、けどさ……」
「い、一緒に、行くなら、お、お金、い、いくら、出して、くく、くれる、かな? た、助かる、よ」
「あ、いや、お金は、そのぅ……」
「き、金貨、な、何枚くらい、だ、出せる、のか、な?」
「い、いや……」
「……宮本氏、苗場氏たちに寄生するつもりでござるか? それは、よくないでござるよ」
「それは……その……」
宮本くんに物申したのは、宮本くんと同じグループの萩原くんだった。
そう言って萩原くんが宮本くんを止めてくれたので、宮本くんは出て行くのを再びあきらめた。
自分一人だったとしても出て行くという、宮本くんにはそういう覚悟がなかった。覚悟もなく、出て行く出て行くと言い出すなんて場当たり的すぎる。そんな宮本くんは、たぶん、このままだと僕の役には立たないと思う。
『ありがとう、助かったよ、萩原くん。どうぞ』
『どういたしましてでござるよ。こっちこそ、申し訳ないでござる。まさか、宮本氏が出て行くと言い出すとは思ってなかったでござる。どうぞでござる』
『萩原くんは『遠話』の脳内でも「ござる」なんだね。なんだかほっとするよ。じゃあ、この先、王城内のみんなの情報をお願いします。どうぞ』
『任せるでござるよ。そっちも、外の情報を頼むでござる。オーバーでござる』
『萩原くんからは通話を切れないからね。オーバー』
萩原くんは僕の『遠話』スキルを繋いでいる3人目の人物だ。実は、僕と萩原くんは裏でつながっていた。トイレ仲間と言ってもいい。
本当は、萩原くんも一緒に来てほしいと考えていた。だから、僕は萩原くんを夜のトイレで誘ってはみたのだ。
萩原くんは、「まだそこまで危険な状態でもないのに、友達は見捨てられないでござるよ」と、保身よりも友情を優先した。
そんな友達を大切にしている萩原くんの前で、勢いだけで出て行くと言い出した宮本くんの評価は僕の中では実は最低値だ。
こうして、こちらの世界の人よりも、同じ世界からクラス転移してきた人に迷惑をかけられて、僕たちはなんとか王城を出たのだった。
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