Patientia 001 僕はここを出ていくことに決めた(3)



 僕たち付きのメイドは平民出身。僕たちの召喚に合わせて雇われた人たち。

 僕たち付きになるだけで金貨5枚という、平民には破格の待遇。

 僕たちに気に入られて、閨を共にすれば――要するに、ハニトラに落とせば――さらに金貨5枚で合計10枚。

 それで僕たちの子を妊娠すれば、さらに金貨5枚。無事に産めたらさらに金貨5枚で、産まれた子は国へ引き渡すことになっている。合計で金貨20枚、およそ2000万円。


 そういう情報を僕付きのメイドであるリビエラさんから聞き出した。優しくしたり、脅したりしながら、取引をして。これは秘密だ。


「……つまり、この国は……魔法が使える、子どもを、確保したいんだと、思う」


「だからって、無理矢理、そんな……」


「……今まで、言い寄られ、てないか、な?」


「それは、ある、わね。でも、強引なことはされてないけど……」


「……僕たちや、宮本くんのグループは……ハニトラを、警戒して、やってきた。……流され、ないなら、次は、もう……無理矢理、しか、ない」


「苗場は、そういう情報のために、その、メイドさんと、あれ、か? そういうこと、か?」


「……否定は、しない」


「サイテー……」


 吉本さんの視線がますます冷たくなっているが、それはもう、どうでもいい。


「子どもがほしいって話はよくわかったわ。でも、私たちは、魔法が使える貴重な戦力よ? それを無理矢理、その、そういうことをして、反感を買う必要はないから、これまでも、交渉が成立したんじゃない?」


「……そう。戦力だよ、……僕たちは」


 この言葉を引き出したかった。


「……戦力が、安全なところに……いられると、思う?」


 僕は、ゆっくりと、みんなを見回した。


 杉村さんは目を見開き、由良くんはうっとなって考え込み、高橋さんはうつむいて、吉本さんは僕から目を反らした。


 野間さんだけが僕をまっすぐ見つめ返してくる。


「……結局、苗場くんがここを出て、やりたいことって、何ですか?」


「……僕は、元の世界に……戻りたい」


「戻る方法はないって、この国の人たちは、言ってましたよね?」


「……探せば、見つかる、……かも、しれない、から。……戻れないと、言っている、この……国の人たちの、中だと、……戻る方法は、探せない」


「そう、ですか」


 そう。

 僕は、元の世界に、戻りたい。

 それが第1目標だ。


 そして、それが実現できないのなら、僕をここに呼び出したこの国を滅ぼしてやる。


 だから、この国の戦力として戦場へ出て、そこで死ぬつもりはない。


「もうひとつ、聞きたいことがあります」


「……何、かな?」


「苗場くんは、わ……キリコたちと、合流するつもりはありますか?」


 野間さんの瞳が真剣さを増した。

 渡くん、と言いかけて、キリコと言い直したことには気づいたが、そこはスルーでいいだろう。


 ……渡くんたちは既にこの国にはいない。でも、再会の可能性はゼロではない。必要があれば、会いに行くこともあるだろう。


「……すぐには、無理。でも、いつかは、会いたいと……思って、る」


「わかりました。私は、苗場くんと一緒に、ここを出ます」


「ちょっと、野間さん!?」


 野間さんは杉村さんの慌てた声を聞き流して、高橋さんの手を握る。


「シオちゃん、一緒に、いこ」

「……マユミちゃん」


「今しか、ないよ、たぶん」

「……」


 野間さんと高橋さんが見つめ合う。


「……うん。わかった。一緒に行く」


 ……これで、同行者は、野間さんと高橋さん、か。


 ここまでは予定通りだ。

 この二人は、こうなると思ってた。渡くんのことで釣れるはずだと。


「……苗場、ここを出て、本当にやっていけるのか?」

「……たぶん、大丈夫」


「いや、宮本が、賠償金を断られてただろ? ここを出ても金がないはずだよな?」

「……それは、なんとか、なる」


「マジか? どうやって?」

「……今は、言えない」

「そうか……」


「……渡、くんが、ここを出て、生き抜くための……方法を、実際に、やって、みせて、くれたから。……僕たちは、それを……真似すれば、いい」


「! 渡からいろいろと聞いてたのか! そうか、それなら……」


 由良くんが、杉村さんの方を向く。


「杉村、オレたちも、苗場と一緒に出た方がいい」

「由良くん……」


「今しかないぞ、たぶん。オレたちがこの先、金を手に入れられるのは、1年後だ。それまでの生活はここにいれば保障されてるけど、苗場の話を聞いてると、このままだと金を手に入れる前に死ぬ可能性が高いのも理解できる」


「それは、わかるわ。わかるけど、ここを出ても死ぬ可能性は……」

「どっちにしろ死ぬのなら、やらされて動くより、自分から動く方がマシだろ?」

「でも……」


 杉村さんがちらりと吉本さんを見る。


「……ウチは、いーよ、別に。宮本たちのトコにでも、行くし」


 すねたように、吉本さんが言う。


 クラス転移が起きて、最初は違うグループにいた吉本さん。いろいろあって、今はこのグループにいるが、最初から一緒にいたメンバーとは少しだけ溝がある。

 面倒見がいい杉村さんがいたから、陽キャグループを抜けても、こっちに合流できたのだ。


 僕としては、戦力は多い方がいい。


 杉村さんが行くと言えば、由良くんは一緒に来てくれるだろう。逆に言えば、杉村さんが残ると言えば、由良くんも残る。

 そして、杉村さんは、吉本さんが心配で、行くとは言えない。僕のことも、今は嫌っている。


 野間さんと高橋さんは、渡くんが目当てだから、僕と一緒に行くのは、僕を利用するつもりだろう。

 少なくとも野間さんはそういう心積もりだと思う。ずっと一緒、という訳にはいかないかもしれない。


 吉本さんは、はっきりと僕に対する嫌悪を出している。あからさまに、という言葉がこれほどあてはまるものはないだろう。

 さっきから、僕に対して、攻撃的な言葉で対応していた、というのもある。


 今さら、一緒に行くとか、言えるはずがない。


 でも、吉本さんが行かないなら、杉村さんも動かない。

 そうすると、由良くんは、僕と一緒に行く方がいいと言いながら、結局は杉村さんを守るために残るだろう。


 だから、やるべきことはひとつ。


「……吉本さんも、僕たちと、……一緒に、来て、ほしい」

「ハァ?」


「……別に、僕が嫌いでも、いいけど。でも、……そのままだと、吉本さんにとって、一番、嫌な結果になる、と思う。……何のために、あのグループを、……抜けてきたの?」


「……ウチからしたら、アンタもあいつらの同類なんですけど?」

「……この国そのもの、が、そういう奴ら、だから」

「……」


「……吉本さんの、ためにも、一緒に、……来て、ほしい」


 ……好きとか、嫌いとか、そういうことは、どうでもいい。本当は吉本さんだって、どうでもいい。


 ただ、僕の方が折れることで戦力が増えるのなら、その方がいいに決まっている。


 最後は、由良くんと杉村さんが説得して、吉本さんも一緒にここを出ることが決まった。





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