Patientia 001 僕はここを出ていくことに決めた(2)
「……まず、渡くんとの、連絡だけど、……僕にしか、できないから、僕が……出て行くと、ここにいる人は、渡くんと、佐々木さんの……状況が、分からなく、……なる」
「そんな……」
野間さんが悲しそうな顔で少しうつむく。隣にいる高橋詩織さんも、同じように、悲しそうだ。この二人はおそらく、渡くんが好きなんだろう。
「……苗場、それは、例えば、オレともそのスキルでつながることで、連絡し合うことはできないのか?」
そう言ったのは、男子の学級委員の由良康生くんだ。
由良くんは、やはり男子だからか、女子のみなさんが僕に向ける厳しい視線……軽蔑の視線とでもいうような感じのアレはない。そうではなくて、僕と普通に接してくれる。もちろん、ハニトラに堕ちたことについては、容認していないが。
「それは、……可能だよ。でも……」
「でも?」
「ぼ、僕は……」
……どもるな。こんなことくらいでどもってたら、この先、この異世界で生き抜くなんて! この厳しい世界を生き抜いて、元の世界に戻るなんてできるはずがない!
「……僕は、この部屋のみんなも一緒に、……ここを出て、ほしい、と、……思ってる、から」
「ハァ? 何言ってんの、アンタ?」
冷たい声でそう言ったのは、陽キャの吉本さん。僕の決意に真っ向からぶつかってくる。
「メイドとヤってるようなアンタと一緒に出て行くなんてワケわかんないんですけど?」
元々は陽キャグループにいて、そのグループがハニトラ堕ちした。そうして日常生活が日常性活になった陽キャグループ。
ハニトラ堕ちせず、そこから抜けた吉本さんは、そういうことに過敏に反応する。
まあ、それは吉本さんだけじゃなく、他の三人の女子もそうなんだが。
「……ここに、残っていたら、……死ぬ、かも、しれない。その……可能性、は、高いけど、それでも、みんなは……残る、つもり、なの?」
「ハァ? アンタ、何、死ぬとか、決めつけてんのさ?」
「……逆に、聞く、けど、……どうして、……吉本、さんは、死なないと、思ってるの?」
「ハァ? 今、生きてるし? この先も、死ぬ気はないし?」
「……つまり、……論理的な、説明は、……できない、って、ことだね?」
「なにコイツ、ムカツクんですけど?」
胸の前で腕を組んで、僕をにらむ吉本さん。
「吉本、ちょっと待て。落ち着け。苗場、おまえ、逆にさ、死ぬ可能性が高いって、論理的に説明できるってことで、いいんだな?」
感情的に向かってくる吉本さんを軽く手を挙げて制して、由良くんが僕を見る。
「……まず、訓練だけど、今は……」
僕はゆっくりと、現状を説明した。
選択の時を終えてからは、いろいろ変わっていった。
この世界の一般常識や文字――こっちの世界では文字は一般常識に含まれないくらい識字率が低いようだ――を学ぶ時間がなくなった。
そして、その時間は全て戦闘訓練の時間へと変更されていった。
そうやって時間的に訓練が増えただけでなく、訓練そのものの内容も、厳しくなっていった。宮本くんが出て行こうとしたのはそのせいだ。
また、出て行こうとした宮本くんは宰相に軽くあしらわれた。原因は金銭的なことにある。僕たちは金銭的に、この国に頼らなければ生きていけない状態にある。
僕らが依存するしかない状態で、厳しい戦闘訓練をさせるのは、それだけ厳しい環境へと送り込む予定があるからに違いない。
そういうことを僕は説明した。本当は、僕だけが情報を掴んでいるのだが……。
「……だから、僕たちは……戦場へ、送られるんだと、思う」
「証拠は?」
「……」
……証拠、と言われたら、答えられない。
証拠を示せる訳ではない。でも、僕は、知っている。
「苗場の言ってることは、理解できる。でも、証拠はないんだな?」
「……証拠は、難しい」
「ハっ。なんだ。勝手に言ってるだけじゃん。バッカじゃねーの?」
「おい、吉本」
「なによ、証拠ないんじゃん」
ふん、と鼻でわらった吉本さんを僕はまっすぐに見つめる。
「な、なに? ムカツクんですけど?」
「……女の子は、このままでも、……生きて、いける、かもね」
「ハァ?」
「……股、開いて、男とヤって、……妊娠して、子ども、産めば、死なずに済む、よ」
「バカにしてんの?」
吉本さんの怒りが真剣さを増す。
彼女は、そういうことが嫌で、僕たちの部屋へと移動してきたから。
「……バカ、なのは、吉本さんの、方だよ。この国と、この世界を……甘く、見ない、方がいい」
「アンタさ、調子にの……」
「……僕たちと、……宮本くんたちの、グループ以外は、もう、……この国のやり方に、流されてる。それに、……宮本くんは、あれから、態度が悪い。……目を、つけられ、てると、思う。そろそろ、この国も、……強引なやり方を、しても、おかしく、……ない」
「苗場、強引なやり方ってなんだ?」
「……女の子を、無理矢理……襲うと、思う」
「ちょっと、それ、どういうことなの?」
杉村さんが慌てて割り込んでくる。強姦されるかもしれないと気づけば、あせりもするだろう。
「……僕らに……男子に付けられて、る、メイドの人たち、は、平民で……」
僕は、ハニトラ要員となっている僕たち専属のメイドの女の子たちが、どのように雇われているのかを説明した。
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