クラス転移前日譚 陰キャな吃音の僕と幼馴染の理不尽な別れ ~大切なあの子をあきらめなければならないなんて、それはいったいどんな地獄なんだろうか?~(2)



「……あたし、引っ越すんだ」


 中学2年生の、2月の終わり。冬の終わりで、春の始まり。


 学年末テストの1日目の帰り道で。


 突然、ミヤちゃんがそう言った。


「ひ、引っ越す? み、ミヤちゃんが?」

「うん。お父さん、転勤だって」

「お、おばさんの、ししし、仕事は?」

「お母さん、仕事辞めるって」

「ど、どこに?」

「新潟だって」


 新幹線でないと、たどり着けない場所。

 中学生には、簡単には、行けないところ。


「……」

「……ツナグくんと、一緒がよかったな」

「……」

「もう、ラノベの話も、できなくなるね……」


 ……そんなのは嫌だ。


 ラノベの話。

 漫画の話。

 アニメの話。

 声優の話。


 そんなオタク系の話も。

 どれだけどもったとしても、ちゃんと聞いてくれる、大切な幼馴染。


「もしも異世界転生したら、とか……」

「……」

「もしアニメ化したら、あの推しキャラにはどの声優がいい、とか……」

「……」

「イチオシの漫画のどこが泣き所だどか……」

「……」

「は、はなぜなぐ、なっぢゃうよぅ……」


 ミヤちゃんが黒縁メガネを曇らせながら泣いていた。


「ざ、ざいごにぃ、ぢゃんと、ばなじだがっだのにぃ……」

「み、ミヤちゃん……」

「ヅ、ヅナグぐんどぅ、ばなじだがっだのにぃ……」


 黒縁メガネは完全に曇ってしまって、その瞳は見えない。


 中2の女の子の泣き方ではないのかもしれない。


 そんなミヤちゃんが。

 そんなミヤちゃんだから。


 僕はミヤちゃんが好きなんだろう。


「……お、お年玉、貯めてた分で、す、スマホ、買うよ」

「ヅ、ヅナグぐん……?」

「……ま、毎晩、電話、する、から」

「う、うん。うん……」

「ぜ、絶対、電話、するから」

「うん……」

「そ、それと……」

「うん……」

「あ、会いに、行く、から。ぜ、絶対に。ミヤちゃんに、会いに、行くから」

「うん……」

「最後じゃ、な、な、ないから……」

「うん。うん!」


 ミヤちゃんは、曇った黒縁メガネのままで。

 ピンク色のかわいい唇で、笑った。

 泣きながら、笑った。


 そんなミヤちゃんが、本当に愛しかった。


 家に帰って、スマホ反対派の母さんを僕は命懸けで説得した。僕は全力を尽くした。





 僕は早朝の新聞配達のバイトを始めた。


 これは、スマホ説得大作戦で全力を尽くした結果、父さんからの交換条件として、週3日、スマホの通話代として稼ぐようにと言われたからだ。母さんを説得するために父さんが味方をしてくれた、という見方もできるが。


 中学生でもバイトができるとか、知らなかった。


 運動不足で、自転車がなかなか厳しかった。朝、早いのも辛かった。


 それでも、スマホでミヤちゃんと繋がっていたかった。


 だから、頑張った。


 中学3年生のゴールデンウィークには、ミヤちゃんに会いに、新潟へ行った。


 これには、母さんも協力的だった。母さんがミヤちゃんのところのおばさんと仲がいい、というのも大きかった。


 新潟とはいっても、新潟市ではなく、ミヤちゃんが引っ越したのは、新発田というところだった。


 駅前のファミマの前で待ち合わせた、およそ3か月ぶりのミヤちゃん。

 相変わらず、三つ編みをふたつ、垂らして。

 黒縁メガネで。


 黒縁メガネが曇らない程度に、ちょっとだけ泣いて。

 でも、笑って。


 僕を待っててくれた。


 毎日、メッセージで確認してから、1日交代で通話をかけ合って、毎晩、話はしてた。


 でも、直接会うのは、本当に、多幸感がすごかった。


 二人で並んで歩いて。


 でも、手はつなげなくて、ちょっとだけさみしくて。


 毎晩スマホで話してるのに、話は尽きなくて。


 お城っぽいところまで歩いて。


「みみ、ミヤちゃん……」

「うん」

「ぼ、僕は、ミヤちゃんが、す、好きです。ぼ、僕と、つ、つ、付き合って、く、ださい……」

「え……」

「……え?」


 一生懸命、僕がひねり出した、全力の告白に。


 大好きな幼馴染は、きょとん、とした顔をして。


 リスみたいに首をかしげた。


「……あたし、ツナグくんとはもう付き合ってるって、思ってた」

「え……?」

「だって、あたし、転校して、引っ越して。でも、ここまであたしに会いにきてくれるんだよ? 毎晩スマホで話してるんだよ?」

「あ、うん」

「うちのお母さんも、たぶん、ツナグくんのお母さんも、あたしたち、付き合ってるって、思ってると思う。ていうか、うん。絶対、そう」

「あ、あれ……?」

「……でも、確かに、告白とか、してなかったね」


 そう言って笑ったミヤちゃんは、僕の頬を両手ではさむと、ちゅっ、と一瞬だけ、唇を重ねた。


 瞬きをする時間も与えられずに。


 本当に一瞬だけの、触れるだけの、ファースト、キス。


「……あたしも、大好き」


 最高に幸せだった。


 その日、僕たちは。


 何年かぶりに、手をつないで歩いた。ゆっくりと。ゆっくりと。


 お互いの手のぬくもりを、確かめるように。


 それから、僕たちの男女交際は両方の親公認で――主に母親。僕の父さんは喜んでいたが、ミヤちゃんのお父さんはちょっと変な顔だった――進展し。


 夏休みや三連休には互いの家に行き来し。


 毎晩スマホで、どんなに短くとも、話をして。


 やがて、中学校を卒業して、高校生になっても。


 新聞配達だけじゃなくて、放課後に倉庫の荷運びのバイトをするようになっても。


 キスありプラトニックな遠距離恋愛を、僕たちは続けた。


 二人の未来を、ただひたすらに、信じて。





 そして。


 あの。


 高校2年生の6月の終わり。


「うわっ!」

「きゃあっ!」

「なんだよ、これっ?」

「魔法陣ってやつか?」

「まさか、異世界転移でござるか!? ござるのか!? しかもクラス転移!!」


 ……え、なんで?


 不意に教室の中心から回転しながら広がっていく、不思議な模様が散りばめられた円によって、教室が光に満ちて。


 僕は。


 そのまま。


 白い世界へと消えた。


 こんな理不尽な別れがくるなんて。


 誰も思わなかったに違いない。


 もう気が狂いそうだ……。





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