ANOTHER SIDE01 Patientia ~苗場くんはあきらめない~

クラス転移前日譚 陰キャな吃音の僕と幼馴染の理不尽な別れ ~大切なあの子をあきらめなければならないなんて、それはいったいどんな地獄なんだろうか?~(1)


 連載再開ですが、別SIDEの話となります。


 渡くんたちと一緒にクラス転移した、苗場くんを中心とする物語です。

 どうかよろしくお願いします。

――――



クラス転移前日譚 陰キャな吃音の僕と幼馴染の理不尽な別れ ~大切なあの子をあきらめなければならないなんて、それはいったいどんな地獄なんだろうか?~(1)






 何があっても、一緒にいられると。

 僕たちが引き離されることはないと。

 そう、信じてた。


 大切な、大切な、僕の幼馴染。






「おい、なえばー。女とばっか、しゃべってんじゃねーよ」


 男子三人組がそう言って僕、苗場繋の肩を小突いたのは、小学校3年生の時だった。


「お、女の子と、ば、ばっかり、しゃ、しゃべってる、わ、わけじゃ……」

「あー、そーそー、そのドモリのせいかー。しゃべんの、苦手なんだよなー」


 バカにするように鼻で笑う。態度も大きいが、鼻息も大きい。

 残念ながら、体格の小さい僕は、力ではとても敵わない。


「まーいーや。そんな女、ほっといて、こっちで一緒にドッジやるぞ」

「……」

「ツナグくん、ドッジ、いっておいでよ」


 そんな女、と言われたのは僕の幼馴染のミヤちゃん、久里浜美夜だ。黒縁メガネと、ふたつ垂らした三つ編みおさげ。


「ほら、こう言ってんだろ? 行くぞ」

「……」

「なんだよ、はやくしろよ」

「い、いか、ななな、ない」

「は? なにいってんだか?」

「みみ、ミヤちゃんは、そ、そんな、おお、女なんかじゃ、な、ない」


 ……吃音の僕をゆっくり待って、話を聞いてくれる、大切な幼馴染だ。


「けっ。かってにしろ」


 僕の肩を突き飛ばして、乱暴な男子三人組――まあ、乱暴なのはその中の一人だけだったが――は教室を出ていった。グラウンドへ向かったんだろう。


「……ツナグくん、よかったの?」

「ぼぼ、ぼくは、みみ、ミヤちゃんと、いい、いっしょが、い、いい、から」


 学年が上がっていくにつれて、少しずつマシになっていった吃音。

 でも、小学校3年生の頃は、かなりひどかった。

 自分では、どうすることもできないのに、バカにされ、からかわれ、見下された。

 男子からはもちろん、女子からも。


 幼馴染のミヤちゃんだけは。

 ミヤちゃんだけは、いつも、僕の言葉を待っていてくれた。聞いてくれた。


 本当に、たくさんの人から、僕はバカにされていた。

 でも。

 僕の隣で、ミヤちゃんが笑ってくれるから。

 それでよかった。


「……うん。あたしも」

「とと、としょしつ、い、いこう」

「うん!」


 その頃の僕たちは、まだ小さな僕たちは、並んで歩く時、自然と手をつなぐ。


 小学校3年生になって昼休みの自由利用ができるようになった図書室は、僕たちにとって最高の場所だった。


 僕たちはお母さんの職場が同じ、市立図書館――司書同士で、ママ友で、本好きで、そのせいで僕たちは小さな頃から一緒に遊んだ幼馴染だった。もちろん、僕たちも、お母さんたちの影響で本好きになっていった。


 ミヤちゃんと本があれば、何もいらない。それだけでよかった。





 同じ中学校に通う僕たちは、よくからかわれるようになった。


 思春期の、いわゆる、恋愛的なイジリだ。


「なー、苗場ー、おまえさー、久里浜と付き合ってんの?」

「つ、付き合って、な、ない」

「は? でもミヤちゃんって呼んでんじゃん?」

「そ、それは、ずっと、そ、そうだから……」

「いや、そういうの、そろそろ変える頃じゃね? もう子どもじゃねぇし?」


 ……なぜ呼び方を変えなければならないのか、理解不能だ。


 僕だけが、僕には吃音があるから、僕だけが、そうやってからかわれてるんだろうと、そう思ってた。


 でも、ミヤちゃんも実はからかわれてた。女子の方が精神的な成長は早いと言われてるが、実は男子とそう変わらないのだろうか。


 たまたま、理科の実験の片づけで教室へ戻るのが遅れた時、教室の中で、女子たちがミヤちゃんを囲んでいた。


「久里浜って、苗場のこと、好きなの?」

「好きなんでしょ?」

「ツナグくん、ツナグくんって、呼んでるし?」

「ねえねえ、どうなの?」

「あの、ドモリくんのこと、好きなの?」


 グサリと刺さる。


 確かに、僕は吃音がどうしても出てしまう。


 男子に言われるより、そういうことを女子に言われるのが、きつい。これも思春期の影響なのかもしれない。


 教室の外の僕に聞こえてるとは思ってないだろう。


 それでも……。


「吃音は、ツナグくん本人にも、どうすることもできないことだから。そういうこと、言わないで」


 いつも優しいミヤちゃんとは思えない、冷たい声が響く。


「あー……」

「ごめん……」

「それにツナグくんは、吃音のせいで人と関わることが苦手だけど、そんなことに関係なく、当たり前にごみを拾ったり、当たり前に人助けしたりできる、自然体で優しい人だから」

「あ、うん……」

「ごめん……」

「二度と、そういうこと、言わないで」

「ごめん……」

「うん、ごめんね……」


 女の子としては、空気の読めない返しなんだろう。相手は恋バナのつもりだったのだから。


 僕は一度トイレに逃げて、それから教室へと戻った。

 トイレで思わず笑みがこぼれる。それが鏡に映って、さらに笑ってしまう。


 ミヤちゃんは、本当に、素敵な女の子だ。


 その日の放課後、僕はミヤちゃんと一緒に帰った。


 もう、いつからだったかは忘れてしまったが、小学校の高学年ぐらいから、どちらともなく、いつの間にか、僕たちは手をつながなくなっていた。


 この日。

 そのことがとても、さみしかった。


 でも。

 改めて、ミヤちゃんと手をつなぎたいと思った僕自身のことは。

 今までよりも少しだけ好きになれた気がした。





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