第36話 そんなにクマが怖いのか。ま、そりゃ、怖いか……。(2)
人員の集中によって、サイゼラさんの予定よりもかなり早く、第一防壁は完成しました。たぶん、みんなの気持ちが込められた防壁になってるはず。
高さ4メートル、幅およそ2メートルで、空堀がある部分は堀も合わせて高さ6メートル以上。この高さならクマさんのサイズでも特に問題はないとのこと。クマさんの危険よりも落ちないように安全柵が必要なのでは?
門のところは高さ5メートルで上に6畳一間くらいのスペースが作られていて、戦う場合はここがメインになるらしいです。投石用の拳大の石とか、たくさん置いてあります。何と戦うつもりなんでしょうね? クマさんに石は通用しない気がするんですけど。まあ、追い払うにはいいのかも。
「……これで安心して眠れる」
奴隷お母さんの一人が、そんな小さなつぶやきを漏らしていたのが印象的でした。
中世レベル異世界の防御意識が高過ぎです。もうこれ城とか砦じゃないですかね?
「テッシンさまよぅ、次は第二防壁の方を進めていきてぇんだが……」
まだ防壁がほしいんですか!?
「第二防壁は、外堀がもう水も入りましたし、とりあえず、明日から、みんなで移動してやりたいことがあるので、そっちを優先させてほしいですね。冬になる前に終わらせておきたいので」
「え? いや、まあ、テッシンさまがそう言うなら、とりあえず、みんなは第一防壁の中で住めばいいんだが」
後ろの方で、「移動するってどこにだろう?」とか、「せっかく防壁ができたのに……」とか、「また危険なところへ行くのか……」とか、聞こえてくるけど、『身体強化』してなきゃ聞こえないレベルの小さい声なので無視します。
翌朝、いろいろと荷物を用意して、テントを回収して、みんなで出発します。
「……ゲラドバとは違う方向のような気がするんですが?」
リムレさんが何かを期待していたようなんですけどね。その期待は裏切りますよ。
「いや、ゲラドバには用事はないですから」
「そんな……」
なぜか悲壮な顔した奴隷親子とか、サイゼラさんとか、ナラさんとか、開拓者コンビとかを引き連れて、僕とリコはにこにこ顔で話しながら、ピクニック気分で森の奥地へと足を進めていく。
1日分歩いたら、木を何本か引っこ抜いて、積み重ねただけの簡易防壁を用意して、テント設営。見張りを交代しながら寝ます。リコがマントの中に入ってくるので、いつもの丸太小屋の添い寝よりも密着度がはるかに高くて幸せです。ただし、僕の我慢が限界に近付きつつありますけどね……。
途中、襲ってきたトラさんは毛皮に、クマさんは毛皮や肉にしながら、5日間の、のんびり旅。
到着したのは最高の景色の湖です。
「女性陣はかまどの用意を。男性陣は木桶に湖の水を汲んで」
「テッシンさまよぅ、何すんだよ?」
「塩です」
「塩ぉ?」
「まさか……」
リムレさんが湖に手を突っ込んで、その手をぺろりと舐める。
「……塩辛い水だと? そんなバカな。こんなところに、なんでこんなものが?」
木桶に汲んだ塩湖の水の中に、塩湖の周辺で結晶化している白っぽい固まりをどんどん投入して、固まりが溶けなくなるまでかき混ぜて、飽和させる。
それを布で濾して砂などを取り除きつつ土鍋へと移し、土鍋はかまどにかけてひたすら沸騰させる。
「……確かに、塩だな、こりゃ」
「信じられない。近くに岩塩鉱でもあるんだろうか?」
土鍋の底に残ったものを濾して木桶に戻すと、布には塩の固まりが残る。もちろん、塩以外にも何か入ってるんだろうけど、まあ、ミネラルたっぷりぐらいに思っておく。
「テッシンさま、大発見ですよ、これは! ゲラドバへ報告して……」
「待て待て、リムレ。おめぇ、まだゲラドバの手先のつもりかい?」
「あ、いや、しかし、塩の取引は莫大な利益が……」
「どのみち、テッシンさま抜きで、ゲラドバまでは行けねぇだろ? どうやって取引すんだよ?」
「そうっすよ。キバトラとか、ハイイロヒグマとか、どうするんすか?」
「言っとくが、おれたちじゃ、ぜっったいに無理だからな。モリオオカミの群れでも危ないってのに……」
リムレさんはサイゼラさんだけでなく、キッチョムさんとナーザさんにも囲まれて、黙らせられる。
「……わ、わかりましたよ」
「おう。それでいい。ま、それはともかく、テッシンさまよい、春には、ここにもちょっとした防壁を用意してぇな。あのへんの木ぃ、引っこ抜いて、小さな村の建設予定地にしようぜ?」
「みなさん、防壁、好きですよね……」
僕がそう言うと、みんな、顔を見合わせて、それから一斉に僕の方へと振り向いた。
「いや、あんなのと向き合って戦えんのアンタだけだからな!」とナーザさん。
「ハイイロヒグマ1頭で、開拓者が何人死ぬと思ってるんすか!」とキッチョムさん。
「防壁なしでこんな危険地帯で生きられるワケねぇだろ!」とサイゼラさん。
「しなくていいならあんな力仕事は絶対にしませんよっ!」とリムレさん。
後ろで奴隷ファミリーのみなさんが激しく縦に首を動かしている。
僕はその勢いに押されて黙り込んだ。
……なんだろう。やっぱり、常識が違う?
とりあえず、3日間、塩湖周辺にキャンプを張って、大量の塩を生産してから、泉のところへと僕たちは戻ったのだった。
もうすぐ、冬がやってくる。それでも、まだこの異世界に来てから、半年ぐらいしか過ぎていないのが不思議に思えた。
これってスローライフなのか……?
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