第36話 そんなにクマが怖いのか。ま、そりゃ、怖いか……。(1)



「なんだ、こりゃ、テッシンさまよう?」


 第一防壁と並行して作ってもらいたかったので、タブレットで揚水水車の動画を見てもらったら、サイゼラさんがそう言った。


「水車です。下水道も、上水道も、通したいので」


「あ、いや、水車は、知ってらぁな。そうじゃねえよ、テッシンさま」


「え?」


「なんだ、こりゃ? なんで、こんな小せぇもんの中で、水車が動いてんだ?」


 ……タブレットに保存しといた動画って、何て説明すればいいんだろうか?


「サイゼラさん、これ、不思議な魔法の道具なんだよ」


「魔法の道具だぁ? リコさま、こりゃ、魔法なのかい?」


「リコ……?」


「いいから、テッシン。これはテッシンの秘密の宝物だからね。誰にも言っちゃダメだからね?」


「……お、おう。テッシンさまの秘密の宝物なら、誰にも言わねぇよ。てか、テッシンさまも、リコさまも、魔法、使えんのかい? フェルミナから来たとは聞いてたが、魔法使いとは一言も聞いてねぇからよ」


「フェルミナ王国の魔法使いは、有名なの?」


「魔法使いが多いのはフェルミナってぇのが常識だがよ。うちの国は、隣にあるからな。まあ、そん中でも、おれがまだ見習いになりたての頃、フェルミナのサワジリって怖ろしい魔法使いの話が流れてきたことがあって。フェルミナとナスダクの戦争で、何千人も一人で殺したとか……」


 ……サワジリ? 沢尻、かな? 日本人の転移者っぽい気もする。サイゼラさんが見習いってことは十代ぐらいとして、10年以上は前の話かな? 僕たちよりも前に召喚された人かも。


「……おもしろそうな話だけど、サイゼラさん、リコも、それはまた今度で。それで、こういう水車、作れそう? それで、とりあえず下水道に水を流したいけど」


「ああ、作れるぜ」


「なら、水車ができて、水が流れるようになったら、食堂のトイレを完成させて、上水道も少しずつ、整備するようにしていきたいですね」


「……水にこだわりがあるねぇ、テッシンさまは。あと、風呂だったか? テッシンさまたちの家よりも、水車が先かい?」


 ……公衆衛生の観念がない中世だからこそ、下水道はきっちりしたい。あそこの王城でも水はうまく流してたから、たぶん、できるんだろう。下水道の配管はサイゼラさんがきっちり確認してたし。


「水車が先で」


「だがよぅ、防壁の工事は止めねぇぞ?」


「並行して、冬までに」


「おぅ、任せとけ。水車の形は、こっちに任せてもらっていいかい?」


「お願いします」


 にやりと笑ったサイゼラさんは、ちょっと怖い顔だったです。






 木を抜いて、木を抜いて、木を抜いて、掘って掘って掘って、石を取り除いて、できるだけ柔らかく耕して、畝を作って……。春から利用する畑を開墾するのが今の僕の仕事です。人間重機。どんとこい。


 身体強化の重ね掛けが有能すぎる。


 抜いた木は、サイゼラさんの弟子たちが、斧やら鎌やらで枝を落として、皮を剥いで、乾燥させるために積んでいく。春から、みんなの家を建てるための準備。余り物は焚き付けとか薪とかになります。もったいない精神で。


 泉と小川の周辺には、もはや森とは呼べない、木のない空間が広がっている。そして、泉を囲む、建設中の防壁がとても目立つ。


 ……ま、今は、子どもたちが、木を引っこ抜く僕をとんでもなく目を見開いて見てるんですけどね。


 リコが地面で字を教えてるけど、今は僕の方に注目してるみたいで。


 あ、リコが、どうせなら、僕の近くで子どもの面倒をみたいと言ってくれて、近くにいてくれるので、嬉しいです。小さな幸せをありがとうございます。ただし、この子どもたちは僕とリコの子ではないです。


「テッシンさますげー」


「すげー」


 男の子たちの尊敬を集めてるみたいです、はい。


「大丈夫、大丈夫だよー、テッシンは怖くないよー」

「……」

「……」


 女の子たちはちょっと怯えてます。リコが頭をなでながらなだめてくれてるけど、びっくりし過ぎて固まってる。


 サイゼラさんが弟子のひとりと水車作りをして、残りの弟子は僕が引っこ抜いた木の製材準備。あとの大人は第一防壁の工事。


 みんな、本当に働き者です、はい。ありがたい。そういう人たちが集まるというのは幸運だと思う。奴隷とか、そういうの、働かないと鞭打ちとかするのかとか、勝手なイメージで思ってましたから。


「本当に、村人のみなさんが働き者で助かるよね」


「……たぶん、テッシン、わかってないよ」


「え、何?」


「みんな、女の子たちと同じだから、きっと」


「女の子たちと……?」


 ……女の子たちと、何が同じなんだろう?






 水車の完成と、下水道の流れの確認が済んで、食堂にトイレができました。トイレ自体はもはや見慣れた壺タイプで、水洗ではないのですが、壺の底がなくて、そのまま地下の下水道へぼっとんと落ちるので、水洗といえば水洗なのかもしれませんね。ずっと水が流れてるけど。


 それと上水道で食堂の調理場兼洗い場の隅に石造りの水溜め井戸も完成。一定量以上の水が溜まれば一度洗い場へと排水されてそのまま下水道へと流れます。サイゼラさんってすごい。ちなみに穴を掘ったのは僕です。僕が掘った穴に石を敷き詰め、固めて、水溜め井戸にしたのはサイゼラさんとその弟子です。


 そして、食堂の完成で、僕も含めて、第一防壁の工事に人員を集中させる。サイゼラさんの指示で。もう村長はサイゼラさんでいいのでは?


 ……本当に、みんな、防壁大好き。冬までに絶対、完成させたいと強く思っているらしい。


 ちなみに僕は空堀を掘って、第一防壁のための土を提供する役です。


 リコは子どもたちの教育です。


 いつのまにやらリムレさんがすっかりたくましい男の人になってました。本人にとっては地獄のような力仕事だったらしい。元々は事務方の人なので、ここに来る前の知り合いが見たらびっくりするんじゃないだろうか。


「防壁大事っす」


「おう、命がかかってるからな」


 開拓者ペアももちろん防壁工事に真剣に打ち込んでます。岩で叩いて固める役をものすごく頑張ってます。


 これまでよりも早く、工事が進んでいきます。


 みんな、必死です。


 本当に、みんなクマさんが怖いんですね……。





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