第33話 不思議なことに、こんな奥地なのに村人が増えるらしい。(2)



「すまない、頼みがあるのだが……」


 ゲラドバの町にいた時に感じた、どこか不遜な感じは完全に消え去ったギルド職員のリムレさんが、申し訳なさそうに話しかけてきた。こういう顔もできるんだ、という感じ。


「水源地の泉を確認できたので、ゲラドバのギルドへ戻りたいのだ」


「あ、ご苦労様です。気をつけてお帰りください」


「……」


 ものすごく嫌そうな顔をされてしまった。そういうの、顔に出さないってマナーなんじゃないかな? まあ、言いたいことはわかってるし、嫌味で言ったんだけど。


「あの? 何か?」


「……ゲラドバまでの護衛を頼めないだろうか」


「え? キッチョムさんとナーザさんがいますよね?」


 今も、リムレさんのすぐ後ろに控えている。


「……この二人には、依頼無効を訴えられた。契約の事前説明が不十分だと」


「え?」


「この依頼はサギっすよ!」


「ハイイロヒグマは、最高ランクの開拓者が10人以上で相手にするような魔獣だと聞いたことがある。そんな開拓者への護衛依頼は最低でも一人あたり1日銀貨10枚は必要になる。10人なら1日で金貨1枚だ。おれたちへの護衛依頼は二人で1日銀貨5枚。それなのに、ここに来るまでにハイイロヒグマに2回、キバトラに1回、だ。最初に戦ったモリオオカミですら、おれたちには命懸けの相手だぞ? つまりおれたちは、少なくとも1日銀貨20枚は必要な依頼、いや、それでもあと8人、開拓者の人数が足りない依頼を、命をかけるに値しないわずかな金額で受けさせられた。これはギルド側の説明不足で、こんなに危険なところなら護衛依頼は受けてない。だから依頼無効だ」


「あ、はい」


 ナーザさんがものすごい長文で説明してくれたけど、それ、僕に関係ないのでは? あと、二人は1回も戦ってないような? 護衛って、してたっけ? あ、それは言ったらダメな気も……。


「それなら、一人あたり1日銀貨10枚で再契約すればいいのでは?」


「それは……」


「ムリっす!」


「こんな情けないことを言いたいワケじゃねぇが、おれたちは、二人で1日銀貨5枚分の実力しかない。そもそも、おれたちにはハイイロヒグマを相手にするような護衛依頼は不可能なんだよ。だから、ギルドでそのことが事前説明にあれば今回の護衛を引き受けてない。もちろん、今から金額を変更して再契約と言われても、ここからゲラドバまでの護衛は不可能だ。確実に死ぬ。死ぬに決まってるのに護衛なんかやるワケがないだろ」


「あ、はい」


 そう返事をしたら、この二人、めちゃくちゃ真剣な顔になって僕の方を見た。


「そういうワケで頼みがあるっす!」


「おれたちもここの村人にしてくれ!」


「ええっ?」


「お願いっす! ちゃんと働くっすから!」


「無理なんだよ! ここからゲラドバなんて、護衛とか関係なく帰れねぇからな! すぐ死ぬわ! その日のうちに死ぬわ! 間違いなく! どうやったって死ぬわ!」


 二人はリムレさんよりも前に出て、キッチョムさんが僕の右腕、ナーザさんが僕の左腕を掴んで、めちゃくちゃ頭を下げてくる。


 後ろのリコを振り返ると、リコも戸惑った顔をしていた。


「死にたくないっす!」


「助けてくれよ! 頼むから!」


 あまりにも二人が必死過ぎてちょっと怖い。


「わ、わかりました。いいですよ、ここの村人ってことで」


「ホントっすか!?」


「その言葉、間違いないか? 聞いたからな?」


「あ、はい」


「よーし! やったあ!」


「……これで、これで、今夜は……ぐふふ」


 ……あれ? なんか、変?


「村人じゃないからって断られてたっすけど、これで今夜はスッキリっす!」


「おう! 1回で銀貨2枚とか、どんだけ吹っ掛けやがるって思ってたからな! 村人扱いでイケるぜ!」


 性欲ですか? そうですか。そういうことですか。


「……今夜で満足して、明日には村人やめるとか言ったら、人間やめてもらいますけど、いいですか?」


「ひっ……そ、そんな不義理はしないっす」


「お、おう。おれたちは永遠にアンタの村人だ」


「……村人だからといって、うちの奴隷にひどいことしたら、それ以上のことをしますからね? 優しくしてあげてくださいよ?」


「だ、大丈夫っす」


「も、もちろんだ」


「ああ、あと……」


 僕は二人が掴んでいた腕をそっと引き抜きながら、ちらりと僕の大切なリコを見る。


「僕のリコに何かしたら……」


「しないっすーっっっ!」


「ありえねぇっっ! アンタの女に手ぇ出すはずねぇだろっっ!」


「それなら、いいですけど」


 二人がバックステップで僕から一気に距離を取る。


「絶対に、気をつけてくださいね?」


 僕は、にっこりと微笑んで二人を見つめた。


 そうすると、するっと後ろからリコが腕をからめてくる。


「リコ?」


「……僕の、リコ、なの?」


「う、うん。そ、そうです。大事な、僕のリコ、です」


「うん。ありがと。あたしのテッシン……」


「リコ……」


 僕たちは至近距離で見つめ合う。あ、これ、キス、イケるかも……。


「あのぅ~……」


 そこに、お邪魔なギルド職員がいた。


「ゲラドバまでの護衛は……」


 ……答えは決まっています。


「もちろん、引き受けません。『我々のことはお気になさらず』って、ゲラドバを出る前に言ってましたよね?」


 しかも、かなり不遜な感じの態度だったと記憶してます。


「それは……」


 僕は、護衛依頼を断った。別にキスチャンスを妨害されたからではない。


 そもそも、やっとこっちに戻ってきて、これから村づくりとスローライフが始まるところなのに、なんであの町にとんぼ返りしなければならないのか。


 もちろん却下です!





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