第34話 やっぱり胃袋重要。胃袋を掴めば村人も増えるに違いない。(1)
「そこをなんとか、お願いします」
深々と頭を下げるリムレさん。却下してもまだ食い下がるか。あきらめが悪いな、この人。
「いえ、無理です」
「そうは言っても、こんな森の中では、いずれ食糧も尽きますし、必要な物品の購入もゲラドバまで行かないと難しいでしょう? そのついででいいんです! ほら、さっきのキバトラの毛皮も、ゲラドバまで行かないと売れませんよ!」
「いや、今、そのゲラドバの町から戻ったばっかりですよね? とりあえず今はあの町まで行く意味を見出せませんから。まあ、口で言うより、見てもらった方が早いか。ついてきてください」
そう言って僕はリムレさんに背を向けて歩き出す。さりげなく、リコと手をつないで。あくまでもさりげなく。うん。うまく手をつなげた気がする。こうすればいいのか。さりげなさって大事。
あ、いや。指をからめる恋人つなぎにはできてないですけどね……。まだそこにチャレンジはできない……。それはさりげなさがない気がする……。
「どこ行くの、テッシン?」
「畑。見てもらった方が早いと思う」
「なるほど」
ちょっと嬉しそうにリコが微笑む。
「久しぶりに食べられるね!」
僕とリコは、リムレさんを引き連れて畑へと向かう。キッチョムさんとナーザさんもその後ろについてくる。
僕とリコが作った実験畑では、とりあえず、長さ10メートルくらいの畝が4本あって、水魔法の水で栽培していたため、泉やそこから流れる小川とはやや離れている。
畑の中の赤い実が見えた途端、リコは僕の手を離してダッシュした。はい。たった今、僕は食べ物に負けましたよ、残念ながら。僕との手つなぎよりも食べ物です。でもいいんだ。リコの胃袋は完全に僕が持ち込んだかばんが掴んでるはずだから。
畝の1本には小さ目のリンゴ並みのサイズに巨大化しているイチゴ。なんと、たくさん実ってます。でも、既に腐って落ちた分もありますが、それはそのうち種を回収したいと考えてます、はい。
「……最高」
幸せそうなつぶやきがイチゴにかぶりついたリコから漏れる。わかる。とても。しかも食べてる笑顔がかわいい。僕も言いたい。リコ最高。
僕は、イチゴをいくつか摘んで、リムレさんたちにひとつずつ、差し出した。
「食べてみてください」
そう言いながら手渡して、僕も毒味係のような感じで、かぷっと一口。ああ、ジューシーで甘くて、最高。
「……これ、何ですか? 初めて見ましたが?」
「……っ! 甘いっす!」
「……うめぇ」
警戒して食べないリムレさんと、すぐに食べたキッチョムさんやナーザさん。リムレさん、こういうところに出張するの、向いてないんじゃないかな? 警戒するのは大切だけど、挑戦も必要だよね?
開拓者ギルドも、もっと人を選ぶべきなのでは? あ、ゲラドバの町くらいのギルドの規模じゃ、職員を選べるほど人数がいないのかも。それはありそうだ。
続いて、隣の畝のプチトマトを収穫する。プチトマト、みかんサイズだけどね。プチって小さいって意味だったよね? どうしてこうなった?
それもうほとんど普通のトマトだから。
でも、このプチじゃないみかんトマトを植えたらどうなるんだろうか。最終的にかぼちゃサイズのトマトとかになったりしたら、ちょっと怖いかも。あ、でも、トマトソースを作るにはいいのか。でっかくなっても。そこはありだね。
プチとはいえないプチトマトも、既に落ちてしまったものもある。しかも、イチゴと違って、落ちたところからもう新しい芽が出て、伸びている。プチではないプチトマトの生命力がありすぎる。このへんの植生を滅ぼしていくんじゃないだろうか。
「これも、食べてみてください。さっきのイチゴほどは甘くはないですが、美味しいですよ」
「……んー。ちょっと苦手っすね」
「いや、あっさりとしてイケるぞ?」
「……」
トマト系は異世界でも好みが分かれるらしい。キッチョムさんは苦手、ナーザさんはオッケーらしい。
迷いなく食べる二人へと自分が知らない何かを見る目をリムレさんは向けている。そんなリムレさんの右手にイチゴ、左手にプチトマトが握られている。早く食べればいいのに。度胸が足りない。
リコはイチゴに張り付いたままだ。幸せそうな顔が見えて僕も幸せ。でも、僕の魅力ではなく、リコが胃袋になびいたという疑惑はさらに強まりますよね……。リコがあのかばんの中を確認していた時を思い出してしまう……。
ついでに、蔓と葉に埋め尽くされた隣の畝の一部を崩して、ひとつだけサツマイモをもぎ取り、畝をもとに戻す。
これも、デカい。サツマイモでもたぶん最高のサイズだろう。成人男性のふとももより少し大きいぐらいのサイズ。形はちがうけど桜島大根みたいなサイズのサツマイモ。これを焼き芋にしたら中心部に火が通らないのではないかと思ってしまう。遠赤外線なら関係なく届くんだろうけど。
「こういうイモも、収穫できます。もうひとつの畝も、また別のイモが育ってます。その気になればウサギでもクマでも肉はいくらでも手に入りますし、食糧が足らないってことはないです」
「そ、そうですか……」
「だから、今回、家を建ててくれる大工さんたちが来てくれたので、当分、ここから出る予定はないです。護衛はあきらめてください」
「そんな……」
「おれたちはもう村人だからな」と言いながら、ナーザさんがプチではないトマトをむしって口に入れている。
「そうっすね!」と答えつつ、キッチョムさんはイチゴにむしゃぶりついている。
リムレさんも早く食べればいいのに。ただし、村人だからといって食べ放題という訳ではないので、そこは後で二人に注意をしないと。
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