第32話 世の中、期待通りにはいかないものだと、知るのはさみしい。
ゲラドバの町の水音亭という宿に5泊した。
これは、開拓村へ行く人を集める準備期間なのでしょうがないんだけど。
……宿屋といえば、まあ、トイレがアレですからね。リコさんってば恥ずかしがって、僕に背中を向けて寝ちゃいますから、ほら。そうなると僕にセカンドチャンスはやってこないんですよね。
泉の拠点に戻るメンバーは、もちろん、僕とリコ。
借金奴隷の三家族10名。
大工という名の土木建築職人のサイゼラさんと弟子3人の計4人。
鍛冶職人のナラさんとそのお手伝いのホマラさん。
ここまでがまあ、村人。
ただし、サイゼラさんたちとナラさんたちは1年契約なので、契約期間終了後は村人ではない。もちろん、そのまま居着く可能性もあります。再契約というパターンも考えられるみたい。
村人ではないのが、開拓者ギルド職員のリムレさん。
新規の開拓村を確認する必要があるらしい。いや、まだ村じゃなくて、泉を確保しただけなんですけどね。
そのリムレさんの護衛として、開拓者ギルドに登録している若手のキッチョムさんとナーザさんがついてくる。若手って、僕とリコよりも実は年下だったりする。元の世界なら中学生くらい。
「我々のことはお気になさらず」
そう、リムレさんは言うんだけど、気にしない訳にはいかないと思う。
あの泉まで、予定通りに動けたとして、12日はかかるんです。
ゲラドバの町に来る時に、僕とリコで普通に歩いてみて、確認しました、はい。
……まあ、そう言うのなら、基本的に放置しますか。危なくなったら助けるけど。
そういうワケで、大量の荷物をたくさんの袋に詰めて、重い袋は夫奴隷が、軽めの袋は妻奴隷が持って、泉へ向けて出発です。
まあ、甘かった。
まず、奴隷の子ども4人が大人のペースでは無理だ。最初は頑張ってたけど、昼前には厳しくなってきた。
というワケで、子どもについては、僕が二人、まとめて抱っこして歩いた。
もう二人はしばらく頑張らせて、疲れたら交代させて抱っこする。大人の半分の距離なら、なんとか我慢もできるみたいです。
親奴隷はご主人様である僕が子どもの世話をすることにものすごく抵抗してたけど、そのせいで到着予定が遅れる方が問題なので、そこはもう有無を言わさずに従わせた。
いや、抱っこして歩いてたら、子どもって寝るんだよね。びっくりした。身体強化のおかげで大した負担ではないけど。
そうして、夕方、ぎりぎりにひとつ目の野営拠点に到達。
野営拠点は、引っこ抜いた大木を何本か使って、三角形の頂点が欠けた形で囲んだスペースだ。横倒しになった大木をピラミッドのように、一辺に6本ずつ積み上げてある。
欠けた頂点のところが出入口になっている。
ちなみに、行き道でこの拠点は宿泊予定箇所全てで用意してます。
僕は力仕事、得意分野なんで。
「……根こそぎ抜かれた大木、か? どうやって?」
土木建築職人のサイゼラさんがぼそっとつぶやいてた。
「森の中に、こんなものが……」
ギルド職員のリムレさんも野営拠点が気になるようです。
ま、そういうのは聞き流して、大木に囲まれたスペースの中に急いでテントを張ってもらう。
残念ながら、食事の準備をのんびりやってる時間はなさそうなので、干し肉をかじってもらうだけ。豪華な夕食は我慢してもらいました。
あ、リムレさんたちの食事は自前です。こっちで用意はしません。そういう話だったはずだから。
ここまでは特に、クマとかイノシシとかとの遭遇はなし。まだまだゲラドバの町の方が近いからね。
「……明日も、安全だといいね」
「そうだね」
僕のマントにもぐりこんできたリコがそう言った。
僕たちは見張りとして、テントは使わずに、マントで休みます。リコとくっついてるとあったかいし。
キス? キス、するかな? するのかな? あれ? あれれ……? 寝た? 寝ちゃったのか……。
……世の中、期待通りにはいきません。はい。寝てるリコもかわいいし。
たくさん人がいて見られてるし、しょうがない、よね?
移動、2日目。
途中でオオカミの襲撃を受けました。いや、ウサギとかクマとかイノシシとかで知ってたけど、オオカミもデカいな、ホント!
危険を察知したのは、僕の最愛の彼女、リコ。
「テッシン! 何か来る!」
そう叫んで、すぐに弓矢を用意するリコ、かっこいい。
リコが弓を向ける方向に集中する。森の樹々の下草の動きが激しい。
距離およそ30メートル。リコの一射目で、ぐがぅぅ、という鳴き声が聞こえた。リコはそのまま次の矢を用意する。
黒に近い濃い緑の毛色をした、どでかい犬。というか、オオカミ。「モリオオカミか!?」ってリムレさんの護衛のキッチョムさんが叫んでたから。たぶん、オオカミ。
距離およそ10メートル。リコの二射目が、どでかいオオカミの目の奥まで貫き、ぎゃうぅぅ、と前へ滑り込むようにオオカミが転倒する。
距離およそ3メートル。奴隷のお母さんの一人に飛び掛かろうとして大地を蹴った瞬間のオオカミへと僕は間合いを詰めて、思いっきり蹴り飛ばした。
どがんっっとオオカミが飛んでいって、森の木にずがんっっと衝突して、びきびきびきって音を立ててその木が折れて倒れていく。
抱っこしていて眠っていた女の子二人が、木が倒れた急な振動で目を覚ました。
他にもいたオオカミが何匹か、一気に方向転換をして逃げ去っていく。早い早い。いい足をしてますね。
……ごめんなさい。オオカミと戦うの、これが初めてだから、加減がわからなかったんです。
抱っこしてた女の子二人を奴隷のお母さんに一時的にお返しして、僕が蹴り殺したオオカミと、リコが仕留めた2匹のオオカミ、合計3匹を集めて、引きずってくる。
開拓者ギルドの事務仕事が中心で、戦闘経験がないのか、ギルド職員のリムレさんは、魂でも漏れ出ているかのように、ぽかんと口があいたまま、立ち尽くしている。
「リムレさん、オオカミって、食べられますか?」
「……へっ?」
「オオカミ、食べられるんですかね? 初めて倒したんですけど」
「あ、あー、いや、どうだろうか。ギルドでは肉の買取はしていないと思うが、キッチョム、どうなんだ?」
「オオカミは、食えねぇワケじゃねぇけど、どっちかっつーと、マズいっすね」
「……ということだ」
「あ、でも、毛皮はそれなりにいい値段で売れるっす」
「ということだ」
……ギルド職員、頼りにならねぇ。
とりあえず、僕とリコは、キッチョムさんとその相棒のナーザさんにも手伝ってもらって、オオカミを解体して、毛皮を剥ぎ取る。毛皮以外は、そのへんに捨てた。
そこから、次の野営拠点までの間に、リコがウサギを3羽、仕留めたので、リコが『直感』で大丈夫と判断したキノコと合わせて、夕食はウサギ汁になった。
鶏肉っぽくてさっぱりしつつも、いい脂が出て、おいしゅうございました。
毛皮の剥ぎ取りを手伝ってくれた二人には、ウサギ汁をおすそ分け。
あ、出発前に「我々のことは気になさらず」って言ってたリムレさんは、なんか、固そうな保存食を頑張って噛んでました。一人だけ。
「矢ぁ2本でモリオオカミ2頭って、ありえねぇ弓使いっすね!」とキッチョムさんがリコをべた褒め。
「いや、キッチョム。おめぇ、現実から目ぇ反らすな。どう考えても、モリオオカミごと木を倒しちまったこっちの兄さんの蹴りの方がすげぇだろ」と僕をべた褒めなのはナーザさん。
どうやら、護衛のこの二人とは仲良くなれそうです!
3日目、4日目は特に問題なく進み、移動、5日目。
森のクマさん、登場。比較的、小さめのヤツ。今までと比べたら、だけど。
「は、ハイイロヒグマ……」とナーザさん。
「こりゃ、死んだっすね……」とキッチョムさん。
そう言いながら、この世の終わりみたいな悲壮な顔しても、きっちり剣を抜くところはさすが開拓者。
ちなみにギルド職員のリムレさんは腰を抜かして座り込み、あごがガクガク揺れてます。
まあ、いつも通り、後ろ足で立ち上がって威嚇してきたところで、心臓に電撃掌打(ライジングインパクト)をぶち込んで、クマが倒れたところで、メイスについてる長い棘で心臓を刺してとどめ。ついでに血抜きにもなるので楽です。
「なっ……」
「あれ……?」
振り返れば、キッチョムアンドナーザコンビが、ぽかんと口をあけてます。はい。
「あ、クマはけっこうウマいですよ? 頭と討伐証明の腕は残さないとダメですけど」
「うん、クマは、意外と美味しいよね」
にこにこと笑うリコ、かわいい。やっぱり胃袋、掴んで正解。クマも役立つなあ。
「夕食は熊鍋で!」
「やった!」
「みんな喜べ~、肉は食べ放題だよ~」
僕の言葉で子どもたち4人が飛び跳ねて喜んでるのに、大人たちはなぜか呆然と立ち尽くしているのが不思議な光景でした。
……まさかと思うけど、奴隷って肉を食べさせてもらえないとか? それじゃ、栄養とか足りないんじゃないのかな?
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