第21話 そうして僕は彼女に奪われた。(2)



 ハニトラのメイドさんを味見するとか、苗場くん、なかなかヒドいよね?

 お相手のメイドさんの方も初めてだったそうで。初体験以降も継続して関係は続けているとか。性欲は満たすけど相手の思い通りにはならない苗場くん。

 宰相さんも彼には苦労するだろう、きっと。苗場くんって、意外と腹黒いよね。


 その苗場くんからの情報で、僕とリコには監視が付いているらしい。

 指輪を売った話とか、ベテラン開拓者を指導者に雇ったとか、イノシシを狩った話とか、有望な開拓者だとか、そういう情報が宰相さんのところに届いているそうだ。

 たぶん、苗場くんの『遠話』スキルにはまだまだ秘密がありそうな気がする。盗聴できるような何か、かな?


 実際、『身体強化』で視力や聴力を強化してからリコと王都を歩くと、なるほど、あれが監視の人たちか、という連中を見つけた。

 苗場くんが指輪の話をしていたことから、僕たちが王城を出てすぐ、監視は付けられていたんだろうと思う。


 どういうつもりで監視を付けているのかは、明確ではないけど、まあ、僕とリコにとってプラス方向ではないことは確実だろうから。


 これは予想だけど、僕たちがいずれ、王都での生活に困窮すると考えていたんじゃないかと思う。

 そうなった時に、格安で雇うというか、囲い込む。それは国に、なのか、宰相さんの領地に、なのかはわからない。


 この予想が当たっているのなら、僕とリコが開拓者としてしっかり稼いでいることは、宰相さんには嬉しくないのかもれしないし、有能な人材を国ではなく自分のモノにするチャンスが来たと喜んでいるのかもしれない。


 まあ、そのへん、明らかにしようとは、これっぽっちも思わないけどね。


「準備はいい?」

「うん。大丈夫だよー」


 野薔薇亭の二人の部屋で。


 最後の日を迎える。


 今日から僕とリコは、森の奥で10日間ほど、大物狩りに出る、ということになっている。

 大物狩りは、右耳とか、牙とか、手とか、討伐証明部位だけで開拓者ギルドから報奨金が出るので、最前線の開拓者を目指すなら、普通のことらしい。

 もちろん、開拓者ギルドと野薔薇亭にはそういう話を通している。


 実際、僕とリコは最前線に出る実力があるとギーゼ師匠から太鼓判を押されている。そして、そのことはギーゼ師匠を僕たちに紹介した開拓者ギルドなら当然、把握している。


 でも、本当は、森の奥へ向かうフリをして、そのままこの国を脱出するつもりだったりする。

 宰相さんに目をつけられてんだから、国内はもう無理だろうと思うし。


 もちろん、リコとはそのことについて話し合って、オッケーももらっている。


 あくまでも野薔薇亭に戻ってくるつもり、に見せかけて。


 金貨1枚での残金がちょっとだけもったいないけど、雲隠れするには必要経費だとあきらめる。


 いつものように宿を出て。

 いつものように王都の門を抜けて。

 いつものように草原から森へと入る。


 そして、強化した視力と聴力で、監視が王都へと戻っていく様子を確認する。


「それじゃ、打ち合わせ通り、ここからは僕が全力で走るから」

「うん、ごめんね」


 謝罪するリコに微笑みかけて、彼女を小脇に抱えると、僕は『身体強化』を全力で発動させた。


 まさに風を切るスピード。トラックの100だろうが400だろうが、箱根だろうがマラソンだろうがなんだろうが、独走かつ完走できて完璧に勝利する自信がある。


「あばばばばぶぶぶぶぶ……」


 割とすぐに、変な声を出しているリコが僕の横腹をバシバシと叩いてきた。

 僕は慌ててその場に立ち止まる。


「どうしたの?」


「ぷはっ、はあっ、はあっ……こ、呼吸が、できないよ、テッシン。は、速過ぎだってば。こんなに速いなんて聞いてないけど?」


「え、ごめん」

「か、顔が前を向いてたら、無理! 空気に圧し潰されちゃうよ!」


「じゃあ、後ろ向きで……」

「ちっがーう! そうじゃない! そうじゃないよ、テッシン」


「えっ?」

「ここは『お姫さま抱っこ』で!」


「ええっ!?」

「嫌、なの?」

「い、嫌じゃない……」

「じゃ、一旦、下ろして」

「うん」


 僕はリコを丁寧に下ろして、立たせた。


 そうするとリコはハグを求めるかのように、僕の首へと両手を伸ばしてくる。


「さ、さ、早く早く!」

「う、うん」


 少し姿勢を下げた僕の首にリコの手が巻き付き、僕はリコの腰と膝裏に手を回して抱き上げた。


 それとほぼ同時に、腕に力を込めたリコが顔を僕に近づけて。


 あっという間に僕の唇を奪った。


 僕にとってはファーストキス。


 リコにとっても、そうであってほしいと、思う。女々しい考えだろうか? それを聞く勇気はないけどね。


「ね、テッシン。あたしを連れて、逃げて……」


 そんなことをかわいく囁くリコの頬は真っ赤で。


 僕は照れくささと恥ずかしさを紛らわすために、全力で『身体強化』を発揮した。


「うぎゃーーーーーっっ」


 あまりの速さにリコの悲鳴が響いたけど、その悲鳴もいまいちかわいくない悲鳴だったけど、それがいなくなったはずの監視の人に届かないことを祈る。


 それと。

 いつかはリコからでなく、僕からキスができるくらいには、男として成長したいと思いました。頑張ります。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る