第19話 そういうイベントは自分で起こしたいけど、よく考えたら僕には無理だよね。(2)



 でも。


「……おめぇらは、呼び名が長すぎんだよなぁ。あんな高級宿でヤりまくってるクセに、えらい余所余所しいじゃねえか」

「や、ヤってません!」


 佐々木さんがあわあわしながら否定した。めっちゃかわいい。写真に残したい。今はタブレットを出せないから無理だけど。撮りたい。めっちゃ撮りたい。


「隠さなくてもいいってことよ。当たり前ぇのことだろ、男と女なんだからよ」


 にやっと笑ったギーゼ師匠の顔がエロかった。いや、変態おじさんだった。キモいけど、口には出さない。


「とにかく、短く呼び合えるようにしとけ。下手すりゃ、それが原因で死ぬぞ?」というギーゼ師匠の開拓者語録。


 という訳で、ギーゼ師匠の命により、強制的に名前呼びイベントが発生。ちなみに僕らはヤってませんので。本当です。おっさん神様に誓って真実です。イケメン神様の方に誓うと嘘っぽいのでおっさん神様で。


「え、えっと、キリコ、でいいかな? 野間さんみたいに?」


「……ダメ」

「え、なんで?」


「キリコは、あだ名だもん。あたしの名前は理子。リコって呼んでほしい」


 ……何この子のかわいさは? 天使なの、佐々木さん?


「り、リコ……」

「ん。それでよーし。渡くんは、確か……」


「僕の名前は鉄心だから、テツ、で、どうかな?」

「テッシンがいいなー」


「いや、テツの方が短いよね?」

「……せっかく名前で呼び合えるんだから、ちゃんと名前を呼びたいな」


 いやもう、何、この子? 女神なの? それとその上目づかいってワザとだよね?


「テッシン」

「り、リコ……」


「え、えへへ」

「あーうん。な、慣れるまで、照れるね……」

「そうだねー」


 見つめ合って真っ赤になってる僕たちを見て、ギーゼ師匠は盛大なため息を吐いていた。


 そのため息はどんな意味なんですかね、師匠?


 そして、契約した10日間で、ギーゼ師匠からは本当にたくさんのことを学べたと思う。


 ところが……。


「実際、森で寝泊まりできて、一人前なワケよ」というギーゼ師匠の開拓者語録。


 さて、ギーゼ師匠がそんなことを言い出した。


「まー、なんだ。おまえさんたちが、あと5日分、金が出せるんなら、森での野営についてもきっちり教えてやらんこともない。あ、いや、金がねぇなら、無理はすんなよ?」


 もちろん、お金はあるので、無理ではない。


 僕たちは5日間、ギーゼ師匠の指導を延長して、森での野営についても、ギーゼ師匠からしっかりと学んだ。


 服装や防具も更新された。全部、ギーゼ師匠のアドバイスだ。


 足に合うオーダーメイドの編み上げブーツに、けっこう重いマントと、マントの首のところに付けるガード。首の致命傷を少しでも防ぐためらしい。「マントは野宿の最大の味方だぞ? なんで持ってねえんだよ?」というギーゼ師匠の開拓者語録。


 僕は腕をガードする籠手、リコは弓を強く引くためのゆがけを購入した。


 中と外をはっきりと区切ることができるテントと、雨除けのためだけのタープと、どちらも買い揃えた。


 森での宿泊訓練、最終日となる4泊目。


 タープの下で立木を背もたれにして、座って休む夜。


 リコが僕の隣に、自然に座っていた。


「……今日は、ちょっと寒くない?」

「あ、そうかも」


「ね、テッシン」

「何?」


「テッシンのマントの中に、入ってもいい?」

「えっ……」


 リコがその言葉に固まった僕を見上げるように見つめた。だから、そういう上目づかいは反則です。


「ダメ?」

「だ、ダメじゃない……」

「よかった」


 もぞもぞと、リコが僕のマントの中へと潜り込み、首元からひょいと顔を出す。

 あぐらをかいて座ってる僕の横に女の子座りで座って、寄りかかるような体勢のまま、ちょこんと胸へとすがりつくような感じで。

 腕は体に回されて抱きしめられて、る、るるる……。


「やっぱり、あったかいねー、テッシンは」


 王都の野薔薇亭では、ずっと背中合わせで寝ていたため、こんな密着度合いはかつてない衝撃の事件だった。


 ぱちぱちとたき火の音が、なんとなく大きくなったような気がする。

 無意識に『身体強化』を発動してるのかもしれない。1ミリたりとも身体を動かさないようにするために。

 もうすでに密着度合いで危険な反応は生まれている。これ以上の刺激は劇毒だ。


「ね、テッシン」

「ん?」

「いつも、本当に、ありがとね」


 そう言ったリコは、下から僕のあごの横らへんを、まるで小鳥がついばむようにして、キスをした。アゴチューだ。ほっぺには届かなかったのかもしれない。


 自分の頬が熱を帯び、顔が赤くなってしまったことは理解できている。


 見えないけど、たぶん、リコもそうだと思いたい。リコだけが余裕の表情だったりしたら、軽く死ねる自信がある。


「おい、森ではヤるなよ。森でヤったら死ぬぞ、おめえら」というギーゼ師匠の開拓者語録。


「「ヤってませんから!」」


 僕たち二人の声がそろって、ギーゼ師匠と三人で、わははと笑った。


 僕の下半身に妖怪むっくりもっこりが現れていたけど、リコはそれに気づかなかったんだと思う。たぶん。


 うん。たぶん……。


 正直なところ、破裂しそうなくらい、巨大化してたと思うけどね。気づかれなかったなら、それはそれでいいんだよ。

 別に小さいとか、短いとか、細いとか、そういうことではないと思うんだよね。あは、あは、あははははは……。





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