第29話 胃袋を掴めば勝つ、というのは、ある意味では真実だと僕は悟った。



 翌日からは、ここを拠点にするための作業が始まった。


 僕はこれまで封印してきたパンドラのかばんを開く。背負い袋の中に、かばんごと突っ込んでいた、僕の通学用のかばん。


 そこから取り出したある物を持って、水洗トイレ用の取水口へ向かい、作業を開始する。


「……テッシン? それ、何?」


 リコが質問してきたので、説明書をさっと渡した。


「『みんなの夏休み自由研究用:風力発電キット』って……ええええっっっ???」

「あ、大丈夫、よく読めばちゃんと書いてあるから。『※水力発電も可能です』って」


「あ、ほんとだね……って、違うよ! テッシン!」

「え?」

「え、じゃなくて! 風力でも水力でも、どっちでもいいけど、なんで発電機がここにあるの!?」


 ……いや、それは、準備してたから、とは言えない……とも、言い切れないかな。まあ、とりあえず。


「かばんに入ってたから」

「かばんって、なんでかばんに? 発電機なんて、こっちにある訳ないじゃん」


「覚えてない? 転移の時、僕、病院行って、遅刻してきてさ。なんか、教室に入ったくらいのタイミングで転移したから、かばんを持ったまま、転移しちゃって。だから、そっちの、通学用のかばんに入ってたんだよ」


「……いや、それは確かにそういう状況だったのはなんとなく覚えてるけど、通学用のかばんにだって入ってないよ、フツーは。発電機が入ってる通学用のかばんとか、初めて聞いたよ」


 ……どうやら、誤魔化されてはくれないらしい。さすがは僕のリコ。あ、僕の、とか言っちゃった。調子に乗らないようにしないと。


「なんで、発電機なんて、持ってんの? やっぱり、テッシンは神様なんじゃないの?」


 ……あー、そこに戻ってしまうのか。


「違うよ、絶対に違う。神様なんかじゃないよ」

「じゃあ、なんで、そんなこと、できるの? 発電機とか、あり得ないよね?」


「あり得なくないよ、準備してれば」

「準備?」

「そう」


「え、だって、準備とか、無理でしょ? あんな突然、転移させられたのに?」


「ラノベ好きの子なら、準備してるって。たまたま、かばんを持って来れなかっただけだって。僕は、たまたま、かばんと一緒に転移できて、ラッキーだったんだよ、たぶん」

「……」


 リコは、考え込むように黙り込んだ。


 しばらくすると、ちょっとだけ納得できないような目で、僕を見た。


「……ママユミは、けっこーなラノベ好きだけど、そんな準備とか、してなかったと思う」


 なるほど。野間さんか。確かにリコとは親しいから、野間さんの生態なら、リコも詳しいだろうね。だが、オタグループの連中なら、どうかな?


「野間さんは、確かにラノベ好きだけど、部活はアーチェリーとかで、なんていうか、リアルもすごく充実してる人だよね? 僕とかは、どっちかっていえば、ぼっち、というか、なんというか、根暗なオタクというか……」


 ……あ、あれ? なんか、微妙に、僕自身にダメージが入っているような気が?


「う、うん。ママユミは、そんな感じかも」


「でも、オタグループの三人とか、どう? 転移してすぐ、宮本くんが騒いで、あとの二人もござるとか言いながら、すっごく楽しそうで」

「……あったねー」


「あれって、異世界転移なんて異常事態だったのに、あの三人は既に心の準備ができてたと思わない?」

「い、言われてみれば、そうかも……」


「ひょっとしたら、かばんにちょっとした武器を仕込んでたりとか、換金できそうな物を隠してたりとか、さ。やっといたけど、転移の時に、かばんを持ち込めなかっただけ、みたいな、ありそうでしょう?」


「あるかも……そういえば、テッシン、百均のおもちゃの指輪って、そういうつもりで、かばんに入れてたってこと? 文化祭の余りを?」


 ……そういえば、そんな言い訳をした記憶がある。


「僕なんかも、割と本気で、ラノベの異世界行きとか、憧れてて、転移したらどうなるかとか、何ができるかとか、よく考えたりしてた方だから」


「スキルは話すなって、すぐに言ってくれたよね……」

「そうそう。そういう感じで」


「……確かに宮本くんたちとか、苗場くんとかもあの時はすごかった気がする。あー、だから、テッシンも、発電機を、かばんに入れっぱなしだった、と?」


「まあ、ちょっと恥ずかしいけど、そういうこと」

「なんで発電機?」


「あー、これ、USBがつなげられるから、タブレットの充電用に」

「タブレットの充電!? てことは、あたしのスマホも充電できるの?」


「スマホは充電できても、どこにも基地局がないから、つながらないけどね」

「あ、そうなんだ。って、タブレットもそうじゃん!」


「僕のタブレットにはね、異世界で役立ちそうなサイトとか、データとか、ダウンロードしておいたり、必要そうな詳しい知識がある本を画像データにして保存しといたりして、データベース化してある。市立図書館とか、県立図書館とかで調べて」


「なんか、部活にも入らないでまっすぐ、すぐに帰る人だなーって思ってたけど、ひょっとして、塾とかじゃなくて、図書館に行ってたとか?」

「あ、うん。そんな感じ」


「じゃ、じゃあ、あれは? 筋トレとか、ランニングが日課だったっていうのも、ひょっとして、異世界のため?」

「もちろん。体力は絶対に必要だしね」


「……どれだけ真剣に異世界行きの準備してたの、テッシン」

「いつか必ず行けると信じて」


 ……本当は、時間遡行して、異世界転移するって、知ってたからだけど。これは、一生の秘密。


「マジかー……どうしよ、あたしの彼氏、中二病が末期ガンレベルだったとか……」


 ……ど、どうしよう。り、リコが、リコが、僕のこと、あたしの彼氏って、言ってくれたんですけど! 嬉しすぎて、どうすれば? あ、いや、伝えればいいか。


「……リコが、僕のこと、彼氏って、言ってくれて、すごく嬉しい」

「なっ……そ、それは、ほら、もう告白し合ったし、か、彼氏だよね? そうだよね?」


「うん。むしろもうお嫁さんまである」

「ふわっ……て、テッシンってば。だ、ダメだよ、そ、そういうの、不意打ちは!」


「僕は本気だけどね」

「ひゅっ~~……あ、あー、な、なんだっけ、かばんに準備だっけ? なら、テッシンのかばんに、まだ、いろいろ入ってるんだね? 持ってこよっと!」

「あ、ちょっと……」


 呼び止めたけど、止まらずに、真っ赤になって爆発寸前のままのリコがテントへ逃げた。かわいい。なんであんなにかわいいんだろうか。


 とりあえず、僕は風力発電キットを水力発電として、取水口の近くにセッティングしていく。


 しばらくして、テントから僕の通学用のかばんを持ったリコが出てきた。まだ、ちょっとだけ顔は赤かった。


「ね、ね、テッシン、かばん、開けてみてもいい?」

「いいよ。ついでにタブレットと充電コードも出してね」

「あ、うん。わかった」


 リコが僕のかばんの、禁断のチャックを開いていく。


「えっと、タブレットと、充電のコードと……って、マッチとかろうそく、あるじゃん? これがあればいろいろと楽だったのに!」


「あー、でも、それ、使い終わったらなくなるし。必要な時だけ、使わないダメだよね」

「あ、なるほど。だから師匠に……あれ? カロリーメイトがある!」


「栄養が必要な可能性も考慮して?」

「これ、そろそろ食べないとダメなんじゃ?」


「あ、うん。食べていいよ」

「ほんとにっ? やたっ! あ、半分こだよ、もちろん!」


「リコは優しいよね」

「え、えへへ……あと、なんか便利そうな道具みたいのがあるし、ナイフっぽいのとか、まだ百均っぽいアクセサリーもあるね。え、何これ? 種の袋?」

「種はいろいろ買い揃えてたなあ」


「プチトマト、トマト、ほうれんそう、こまつな、こしょう、たまねぎ、にんじん、にんじんいっぱい種類あるね。たまねぎもか。テッシン、好きなの? 他にも、スイートコーン、大豆、小豆、枝豆、えんどう豆、キャベツ、はつかだいこん、だいこん、あと、はくさいに、ビーツって何? うり、あ、すいか! メロンも? うわっ! いちごもあるじゃん! テッシン、これ、これ、いちご、育てようよ!」


「いちごに食いついたね……」

「だって、甘いものじゃん!? いちごだよ?」


 ……甘いの好きなんだ。でも、ビーツは知らないのか。まあ、そういうもんなのかな。いちごの種、ネットで見つけて良かった。リコが喜んでくれて、最高です。


「あ、育て方とか、わかるの?」

「それは、調べてタブレットの中にある」


「すごい……あ、何このビニール袋? あ、これ、ひょっとしてお米?」

「種もみも用意してたね」


「わあっ! じゃあ、ごはんが食べられるってこと?」

「栽培に成功すれば、いつかは。そのために、こういう水源地を狙ったつもりだし」


「実は計画的犯行!?」

「ずいぶんアバウトな計画ではあったけどね」


「テッシンすごすぎ! あれ? この大きめの袋の、もやし? 全然もやしっぽくないけど?」


「ああ、そのもやしは、麹だね」

「こうじ?」


「うん、味噌とか、醤油とか、お酒とかに、発酵させる時の、菌、かな」

「……それ、マジ?」


「いや、成功すれば、だよ?」

「成功すれば、作れるって、コトだよね?」


「まあ、そうだけど」

「……あたし、あの時、『直感』に従って、ほんとに良かったぁ」


 ん?


「……リコ、なんか、僕本人より、食欲の方に気持ちがなびいてない?」

「そ、そんなことない! テッシン好き!」


「あ、あやしい……」

「あ、あやしくない! ほんとに、好きだもん!」


「あー、うん。照れるね、やっぱり。僕もリコが大好きです」

「ほぁっ……だ、だから、不意打ちはダメだよ……」


 ぷしゅ~、と音がしそうな感じで、リコが真っ赤になって、うつむいていく。


「だから、食べ物に釣られないで、僕のこと、ちゃんと見てください」

「う、うん。ちゃんと、見ます。テッシンのこと」


「よかった」

「でも、絶対、成功させようね」


「……やっぱ、食べ物だよね?」

「そ、そんなことないよー……」


 こんなふざけあいができるくらい、僕とリコの距離は、自然と近づいていて。


「あたしの彼氏の中二病が末期ガンレベルで、異世界生活が最高に幸せです!」


 そんなリコの堂々とした宣言に。

 僕は心から笑った。


 本当に、幸せだと、心から、僕は思った。


 どうか、リコも。


 同じように思っていて、くれますように……。


「……あ、でも、テッシンさ」

「ん、何?」


「通学用かばんに教科書が一冊も入ってないって、ダメでしょ?」

「あ……」


 ……倫理の教科書くらい、入れとけばよかったかもね。



















―――――――――――――――――――――――――


 テッシンとリコの物語を最後までお読み頂き、誠にありがとうございます。


 これでだいたい8万字で、文庫本1冊くらいの内容になります。


 よろしければ別の作品もご覧いただけると幸いです。

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