第28話 贈り物で女性を口説くというのは人類共通のことのはずだけど……。



 リコは、さっきの話し合いで恥ずかしくなったのか、「ウサギ狩ってくるからっ」と言って、弓を持って行ってしまった。弓の実力と『直感』の力で、まあ、単独行動でも問題はないはず。


 僕としては、せっかくボスモンスターを倒して、貴重な水源地を手に入れたのだから、ここを拠点として確保したい。


 それと、今までできなかったことをこの機会になんとか、実現させたい。一人の男として。いろいろと。


 だから、僕は気合を入れて頑張ることにした。


 まず小川に一番近い木と木の間にロープを張って、タープをかける。そして、タープを限界まで地面に近づけて、ペグを打ち込む。ほとんどテントのような状態だ。タープの下は地面が露出してるけど。


 そこに、そのへんの手頃な石で、細い溝を掘っていく。小川と並行になるように。流れの上流の方を浅く、下流の方を深くなるように掘って、『身体強化』で思いっきり踏み固めていく。

 僕の『身体強化』でめちゃくちゃ踏んだら、大きめの石を上から落としたぐらいでは傷ひとつ付かないくらい、溝は固まった。

 とにかく、『身体強化』のお陰で、力仕事はすいすい進む。


 そこから、上流側にも、下流側にも、小川とつながるように、斜めに溝を掘って、踏み固めていく。


 上流側の小川との接続部分に、いくつもの河石を集めて水を堰き止め、支流となっている溝へと水が流れるようにした。


 僕の思惑通り、僕が作った溝の支流へと流れ込んだ水は、タープの間を通り抜けて、再び小川へと戻っていく。水の勢いもイメージ通りだ。


 これで、簡易水洗トイレの完成だ。王城の横に流れてたヤツとは違って、縦に流れていくけど、その方が日本にあった和式トイレの形に近いから馴染みがある気がする。


 水洗トイレ用の支流の入口の幅と深さに合うサイズの平たい河石を探して見つけて、その石が支流に入る水を堰き止められるように、支流の入口の溝の両サイドを少しずつ削って、石の取り付け、取り外しができるようにする。


 これで、石をはめたら水が流れず、石を外せば水が流れるようになった。水洗トイレを利用する時は先にこの石を外して水を流してから利用し、終わったらこの石をはめて水を堰き止めればいい。


 タープの前後には目隠しの布を掛けて、トイレの中が見えないようにした。


 それから、出来上がった水洗トイレの近くにテントを設置して、荷物を整理する。テントの下には枯草や枯葉をたくさん敷き詰めて、できるだけクッション性を高めるように、いつも以上に頑張った。


 乾いた木切れと枯葉や枯草を集めて火を起こし、焚き火を始める。こんなことができるのも全部ギーゼ師匠のお陰です。ありがとうございます。


 あとは、リコを待つだけ。


 頑張れ、僕。勇者だ。勇者になるんだ。今夜の僕は、勇者になれるんだ……。


 しばらくすると、ウサギを1羽仕留めたリコが戻ってきた。


「ウサギ狩ったよー、テッシーン。あ、テントの準備、ありがとー」

「ウサギ、ありがと、リコ。それで、ちょっと、見てもらいたいんだけど」

「んー? どうしたの?」


 僕は、リコを引き連れて、小川と支流の接点へと移動した。


「この石を引っこ抜く」

「うん?」


 僕が石を抜くとトイレへ向かう支流に水が流れ出す。


「この水は、ここから、あのタープの間を抜けて、あっちに流れ出る。勢いというか、流れの強さは十分だと思う」

「タープの間?」


「そう。タープは、横からも、前後からも、中が見えないように、しておいた」

「それって、もしかして……」


「水洗トイレ、作ってみました」

「やっぱり!」


「終わったら、この石をこう戻せば、水が止まります」

「うんうん!」


「使い方、わかった?」

「ばっちりだよーっ! ありがとーっ、テッシン!」


 そう叫んだリコが僕の首に腕を回して飛びついてきた。かわいい。


 背中に手を回してハグしそうになるけど、ここはちょっとだけ我慢して、そっとリコを受け止めるだけにしておく。


 ここだ。

 頑張れ、僕。


「リコ」

「うん?」


「このトイレはリコのために作りました」

「あ、うん。ありがと」


「このトイレは、外から見えません」

「うん、そーだね」


「小川の音と、水が流れる音で、リコが心配してた音も、聞こえません」

「う、うん。そうかも」

「だ、だから……」


 自分の頬が熱を帯びてきたのはわかるけど、ここは頑張って勇者になるしかない。僕はすぐ近くにあるリコの目をまっすぐにのぞき込んだ。


 元気があって、明るくて、柔らかくて、あったかくて、優しい、リコ。たった一人で出て行こうとした僕に、一人だけ、ついてきてくれたリコ。一緒に街を歩いて、一緒に修行して、一緒に旅をした、リコ。


 とても、愛おしく感じる、僕にとって、特別になった、たった一人の、女の子。


「だ、だから?」


 そんなリコが、僕の言葉を繰り返した。


「だからっ……きょ、今日は、寝る時に、背中合わせじゃなくてっ! ちゃんと僕の方を見て、い、一緒に、寝たいっ、ね、寝てほしいっ」

「て、テッシン、そ、それって……」


 リコの顔が、みるみるうちに赤く染まっていく。


「あ、あの、それは、その……そういう、コト、なの、かな?」


 そういうコト、という意味がわからないような鈍感には、ならない。なりたくない。僕は今日、勇者になると決めたから。


「そ、そういう、コト、です」


 僕の返事で完全に耳の先まで真っ赤な顔をしたリコが、ちらっと僕を見て、目をそらして、もう一度ちらっと僕を見て、また目をそらした。そんなドギマギした姿も、全部かわいい。愛おしい。


「あ、あの、あのね? 今さらって、テッシンは、思うかも、なんだけど……」

「な、何……?」


 ま、まさかの、この土壇場での、お断わり、とか、ない、よ、ね……?


「は、はじめてをあげてもいいとか、最初から言ってたクセにって、テッシンは、思うかも、だけど……」

「う、うん……」


「あの、ま、まだ、まだテッシンから、その、大事なこと、言われてないっていうか、言ってほしいっていうか、なんとなく? わかってはいるんだけど、その、勝手な、あたしのわがままなんだけど……」


「うん、うん……」

「は、はじめては、本当に好きな人と、ちゃんと、結ばれたいから……」


「うん……」

「だから、ちゃんと、言ってほしい……」


 ……ここまで言われて、言えないヤツは男じゃない。いや人じゃないな。


 僕はおへその下にぐっと力を入れた。僕は今から本気を出す。


「さっ、佐々木っ、理子さんっ」

「はっ、はいっ」


「ぼ、僕は、渡鉄心は、理子さんを、愛してますっ!」

「ふえっ……」


 リコが、なんか、ぷるぷると震えてる。正直、僕も似たようなものだと思うけど。


「あ、あいし……す、好きとか、じゃ、なくて、あいして……?」

「あ、もちろん、大好きだから!」

「ふへっ!」


「学校で声かけてきてくれた時もドキドキしてたし、スマホのメッセも嬉しかったし、転移してから、特に王城を一緒に出た時とかめちゃくちゃ嬉しかったし、それから一緒にいて、いつも元気で明るくて、すっごく助けられたし、いつもリコのこと、すっごくかわいいって思ってた! ほんとにリコのこと、本気で大好きで守りたくて愛おしいって思ってるから!」


「あ、あたしも、テッシンが好き……」


 いつも明るいリコが、今は静かに泣いていた。でも、勝手な思い込みかもしれないけど、これはきっと悲しい涙じゃないと思う。


「今日は、よろしく、おねがい、します」


 ぺこり、と頭を下げたリコは、世界一かわいいと、僕は思った。


 こうして僕は、水洗トイレをプレゼントして、リコを口説いた。トイレを贈って女の子を口説いた男は、元の世界と異世界とを合わせても、僕ぐらいじゃないかと思う。


 リコは嬉しそうに水洗トイレを使い、そのあと、泉で布を使って体を綺麗にして、髪も洗って、夕方のうちに、テントの中へ僕を誘った。


 僕も、泉でできるだけ体を綺麗にしておいた。


 僕とリコは、どっちもこういうことは初めてだった。


 だから、なかなかうまくいかなくて、もたもたして、ずいぶん時間はかかったけど、なんとか僕たちは結ばれた。


 でも、医療水準の低い異世界で妊娠とか危ないからちゃんと避妊しないと、とか思ってたのに、いざ、リコとひとつになったら。


 痛みに耐えながらもつながった瞬間、ふっと微笑んでくれたリコを夕闇の薄暗がりで見てしまったら。


 どうしようもない多幸感に包まれて心も体もぽかぽかして、何の抵抗もできずに僕は暴発してそのまますぐリコの中に果ててしまった。文字通り、瞬殺だった。


 情けなくも「ごめん……」と言って絶句した僕を、リコはその慎ましやかだけど柔らかな胸に直接、僕の頭を抱きしめて、髪をなでてくれて。


 それで、「テッシンの子なら、命懸けで産みたいって思うんだよね」って言われて。


 僕はいつの間にかリコの胸で泣いてしまって。

 僕なんかより、リコの方がよっぽど度胸があるというか、度量が広いというか。


 リコのこと、守ってるつもりで、本当は僕がリコに守られてるんじゃないかって。

 そんなことを思った。


 それから、夜は、いつも通り、交代で見張りをして、交代で寝たんだけど。


 交代の時に、焚き火の明かりに照らされたリコの笑顔が、なんか今まで以上に素敵に見えたのは、気のせいじゃないと思う。


 ギーゼ師匠。すみません。


 僕たち、師匠の教えを破ってしまいました。申し訳ありませんでした。


 でも、何ひとつ、後悔はしておりません!





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