第27話 女神と思っていたり、神様と思われていたり、いろいろと複雑です。
僕は腰からメイスを手に取り、メイスの先端にある槍の穂先で、倒れたままの巨大グマの心臓をきっちり貫いてとどめを刺した。
それから、巨大グマの上から下りて、そのまま巨大グマを引きずって小川を20メートルくらい下ったところで、巨大グマをうつ伏せにして小川に沈めた。とはいっても、沈むほどの深さがなかったけど。
でも、貫いた心臓のところから、確実に血が流れ出して、小川を赤く染めた。これで、明日の朝には血抜きが終わっているはず。
そこへリコがとことこと歩いて近づいてきた。
「て、テッシン。あの、さっきのって、ひょっとして、その、魔法、なの? テッシンは、お城では、魔法、使えなかったはずだよね? 魔法が使えること、ずっと、隠してたってこと? あ、でも、よく考えたら、今までだって、普通に『水魔法』で水を出してくれてたよね?」
「リコ、スキルのことは……」
「わ、わかってるけど……あ、あたしのスキルは、『直感』と『弓術』と『風魔法』で、矢がよく当たるのは、『直感』での超感覚と、『風魔法』での直進性の補助があるから、です」
「なんで……」
「だって。言った方がテッシンに信頼してもらえると思ったから」
「それは……そうかもしれないけど」
「テッシンからあたしのスキルの秘密が漏れて、それで何かがあっても、あたし、後悔しないから」
腹を割って話がしたい、そういうことなんだろうと、僕も理解ができた。
「テッシンのスキルって、『瞬間移動』と、『怪力』と、『マラソン』みたいな感じのやつなの? でも、そうすると『水魔法』と、それからさっきの魔法の分が、数が合わなくて、なんか変で。でも、テッシンって、こんな異世界なのに、なんか、すごく頼りになって、かっこよくて、しっかりしてて……まさか、まさかって思ったけど、でも、もう、それしかないんじゃないかって、思って……」
……あれ? なんか、リコのテンションがおかしい気がする?
「リコ……?」
「あ、あのね。テッシン、お願いだから、正直に言ってね。別に、驚いたり、しないから。絶対にあたし、テッシンの秘密は守るし」
……そんな馬鹿な。まさか、リコは、僕が時間遡行で準備してたことに気づいてる?
「テッシンが、あたしも含めた他のみんなと違って、3つ以上のスキルが使えてるのってさ、ひょっとして……」
リコがそこでごくりとつばを飲み込んで、一度溜めを作った。
僕もごくりとつばを飲み込んで、リコの次の言葉を待った。
「……テッシンって、本当は、神様なんでしょ?」
僕は、世界が一瞬だけ、フリーズしたような気がした。
……………………はいぃぃっ?
何ですと? 僕が? 神様? え? いったい、それは、どういうことなのかな?
リコさんってば、何を勘違いしてるんでしょうかね?
「リコ、それは……」
「大丈夫! わかってるから! 絶対に秘密にするし! あたし、テッシンが神様でも全然問題ないし、なんならすごく好きだし、かっこいいと思ってるし!」
さ、さりげなく告白も混ざってた気もしないでもないけど……。
「お、落ち着いて、リコ。リコは、なんか、勘違いしてるから!」
「だって、あんなに強くて、たくさんスキルが使えて、あたしのこと守ってくれて! そんなの神様でしかあり得ないって!」
リコがなんだか腕をばたばたさせながら、興奮状態で叫んでる。
「す、ストップ! ストップして! とにかく一度落ち着いて!」
僕は、リコの手を掴んで、一度リコの動きを止めると、そのまま、なんとなく勢いで手をリコの背中側へと回して、抱きしめた。抱きしめてしまった。やってしまった。
「て、てて、テッシン……?」
心臓が猛烈にドキドキしすぎて、絶対にリコに伝わってる。この密着度合いだと隠しようがない。
でも、同時に、自分からこうやってハグしてみると、リコもドキドキしてるってことが、僕にもわかる訳で。ひょっとしたら、今までのいろいろも、リコの方だって、ドキドキしながら、してくれてたのかもしれないな、なんて。
ためらいがちに、リコの手も、僕の背中に回されて。
まあ、ここまでやって、キスには進めないというヘタレっぽさもまた、僕が僕らしくある姿でもありまして。
マントの中に潜り込んで抱き着かれるとか、お姫さま抱っこからのキスとか、腕組みからの背伸びキスとか、これまでにもいろいろあったのはあったけど、こうやって改めて考えてみると、しっかりとハグしたのって、これが初めてだったりする。
それから1分以上は、そのままの体勢だったと思う。ひょっとすると1分どころか3分かもしれない。とにかく、僕のドキドキがある程度落ち着いて、リコのドキドキも落ち着いたとわかるまで、そのままゆっくりとハグを続けた。
「お、落ち着いた?」
「う、うん」
そこで、僕はゆっくりとリコをハグから解放する。
「あ……」
……ちょっとリコさん! そういうせつなそうな声、出したらダメだって!
リコが名残惜しそうに僕の背中から戻した手を、右手が左手を覆うように握って、慎ましやかな胸の前で祈るように合わせて。しかも目は潤んでますし。
いや、もう、超かわいいんですけど、何この子! リコの方が実は女神様なんじゃないのかよっ!
「僕のスキルは『身体強化』だよ」
「……『身体強化』? あとは?」
「『身体強化』だけ。ただ、神様にお願いして『身体強化』を3つもらって、重ね掛けしてもらったけどね」
「え? だって、魔法が……」
「魔法は訓練で使えるようになった」
「ウソ……」
「嘘じゃない。神様と話して、いろいろと質問して、それで、スキルのリストにあるのは本人の適性に合ったものだって聞いてたから」
「本人の、適性?」
「そう。だから、僕にはスキルのリストにあった魔法の適性があるはずだと思って、王城での訓練の時に、魔法使いの指導者の人にいっぱい質問したり、みんなが魔法を使う様子に注目したりして、どうやってるのか、真剣に考えて、夜のトイレでこっそり練習したんだよ」
「そ、そんなことが、できたんだ……」
「だから、神様にもらった『身体強化』のスキル以外に、スキルではなくて、火魔法と水魔法と、あと、雷魔法が使える」
「あ、さっきの、雷魔法なんだ……でも、クラスメイトの中にも、雷魔法の訓練をしてる人なんて、誰もいなかったよ?」
「隠してる人がいないなら、使えるのは僕だけかもしれない」
「でも、あれ、『瞬間移動』は? スキルじゃないの?」
「あれはただの……いや、ただのじゃないか。3つ分を重ね掛けした『身体強化』の結果、近距離なら見えないくらい速く動けるだけ」
「じゃあ、木を引っこ抜いちゃう『怪力』も?」
「それも『身体強化』だね」
「王都を出た後の高速マラソンも?」
「あれも同じ」
「ウサギが粉々になって消えて、その時に折れたメイスの先が当たっても怪我しなかったのは?」
「もちろん、『身体強化』のせいです。お陰でもある」
「クマさんの頭が消し飛んだのも?」
「です」
「……テッシンの『身体強化』って、凄すぎじゃない?」
「それは僕自身もそう思ってたけどね」
「本当に神様じゃないの?」
「僕もリコと同じ人間として、ちゃんと見てほしい」
「み、見てるもん」
「うん。ありがとう」
「ど、どういたしまして?」
「あ、でも、時々……」
「時々?」
「リコがかわいすぎて、女神じゃないかって、思う時があるけど」
「なっ……」
リコが一瞬でゆでだこのように真っ赤になった。これがかわいくて、女神のように思ってしまう。
「今、とか、そんな感じ」
……まさか、自分が、こんなことを言える日が、来るなんて。
リコと過ごした日々が、僕をいつの間にか、成長させてくれたらしい。
「め、女神とかじゃないし!」
「うん。知ってる。でも、それくらい、リコのことは素敵な女の子だと思ってます」
「はわっ……」
リコの目がふらふらと泳ぎ出してしまった。
どうも調子に乗ってやり過ぎたらしい。
僕も調子に乗り過ぎた自分が恥ずかしくなってきて、僕とリコはどちらからともなくお互いに目をそらして。
この話は、そこまでとなりました。残念だけど、僕の限界でもある。仕方がない。
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