第26話 ふたつの『直感』がそろう時、それは運命の瞬間。
山を越えてからも、リコの『直感』で接敵しないように歩きながら、ところどころで木を抜いて、倒しておく。
「……何回見ても、それ、すごいよねー」
どちらかというと、すごい、と感動しているというよりも、なんとなく呆れたような調子で、リコがそう言った。
そして、リコが木に抱き着くようにして力を込めて、抜こうとしてみている。リコの顔がすごく赤くなってるけど、木はピクリとも動かない。
でも、そんなリコもたまらないくらい、かわいい。
「……ふうー。フツーはさ、こんなの、ちっとも動かないよ? あたしが非力だからとかじゃなくてー」
……本当のところ、僕も何かがおかしいとは思ってる。
僕の背筋力が仮に100キロだったとして、『身体強化』の3つ重ね掛けで8倍だというのなら、800キロの力が発揮できるのだろう。
でも、800キロの力で、こんな大木がずぼっと抜けるんだろうか。
実際、800キロの力でどのくらいのことができるのか、テレビ番組とかで検証でもしてくれない限り、よくわからない。だから、考えるだけ無駄なのかもしれない。
思えば、他の『身体強化』持ちだと思える男子が石をぱきっと二つに割った時、スキルを知られないようにこっそり真似をした僕の手の中の石がサラサラサラ~と細かな砂みたいに粉々になった時から、何かが違うとは感じてはいた。
その時点では、みんなは2倍で僕は8倍だから、というのである程度の納得もあったけど。
3つ同じスキルを重ね掛けしたことで、単純に8倍になっただけではない特殊な効果が出ている、とでも結論付けた方がいいのかもしれない。真実はわからないけど。
「でも、なんで、そんなに木を抜いてるの?」
「ああ、これ? 目印。また、あの塩湖に戻れるように」
「目印?」
リコが首をかしげた。
「森の中の目印って言えば、ペンキを塗ったり、ひもを結んだり、お菓子を落としたりするやつだよね? 大木を引っこ抜いて倒しておくのが目印なの?」
……確かに、物語的にはリコが言うものの方が目印っぽい。でも、お菓子はさすがにないよ。あれは童話だからできるだけ。
「……いずれ、木を抜いて道にするつもりだから、まあ、ついで? みたいな気持ちでやってる。あと、リコの言うような目印の準備はできてない」
「……とりあえず、いつかまた、あの景色が一緒に見られるってのは嬉しいから、別にいいけどねー」
ただ、景色を見るだけじゃなくて、塩の確保という意味でも重要です。
でも、口には出さない。ロマンチックな気持ちになってるかもしれないリコに水を差したくはない。
たとえ塩分過多で将来的に成人病になる可能性が高くなったとしても、もう、あの薄すぎる薄塩味には飽き飽きしてます。
あの塩湖があれば、塩の消費量に関してはもう遠慮をする必要がない。
「それで、どこに向かって歩いてるの? なんとなく、目的はありそうだけど?」
「あー、それは……」
今、『身体強化』で、特に聴力を高めて、意識を集中させながら、歩いている。
聞き取りたいのは、水音。
あの塩湖からすでに10キロ以上は離れてしまったとは思うけど、それでも、できれば一日で往復可能な……『身体強化』なしで、往復可能な距離で、水源となる水場を見つけて、そこに拠点を築きたい。
この世界の開拓者の本質は、水源の確保と森林の開拓だ。
王城で学んだ都市国家群の成立は詰まるところ、そういうことだ。
魔物の領域である大自然に飛び込んで、水源を奪った上で死守して、周辺の樹々を伐採して、砦や城壁を築き、人間の領域へと変えてきた歴史。
「水音、の、する、方向、かな」
「……………………別に、何も、聞こえないんだけど?」
「うーん、どうだろ。着実に、近づいてる気はする」
「まー、テッシンがそう言うなら、あたしはどこまでも付いて行くだけなんだけどー」
そう言ってくれるリコはやっぱりかわいい。何て言えばいいのか。もう、惚れさせられてる。どうしようもないくらい。
そんな会話をしてから、さらに数キロは歩いたと思う。ここまででいったい何本、木を抜いてきたことか。
「あ、確かに、水の音、かも」
ついに、リコにも、水音らしきものが聞こえたらしい。
でも、リコは続けて、不穏な言葉も口にした。
「……でも、あたしの『直感』は、そっちには大きいのがいるって。これ、かなり危ないかも」
リコの『直感』は信頼できるスキルだ。
だから、今のリコの言葉を軽く考えてはいけない。
でも。
それは僕にとっては、ある意味では予定通りでしかない。
魔物の領域である大自然に飛び込んで、水源を奪ってきたこの世界の人間の歴史。つまり、水源に魔物がいるのは、必然。
それも、その周辺で、一番のヤツが、いるはず。
「行くよ、リコ」
「……あー、やっぱりかー」
「何?」
「ううん。大きいのは確かにそっちにいるんだけど、テッシンと一緒にっていう『直感』もビンビンしてるから」
何かをあきらめたように、リコはそう言った。
でも、リコに何かをあきらめさせる必要なんか、ない。
「僕が本気出したら、絶対に勝てるから。リコは黙って見てていいよ」
「っ……と、突然、そんなこと言われたら、ますます惚れちゃうんですけど?」
……えっ? 僕に惚れてるって言った? 今? マジですか?
振り返ると、ぽんっと顔を赤くしたリコがそこにいた。
ものすごくリコにキスしたいと思った。
でも、そこでキスできないのが残念な少年である僕だった。ヘタレですみません。
……いつか、勇者になれますように。
そうして、泉の前へ。
幸運だったのは、相手がクマさんだったことだ。
ただし、この前、メイスで頭をかち割ったヤツよりも、たぶん、1メートルくらいは大きい。
動物園のシロクマさんがやっていたように、水場で気持ちよさそうに泳いでいる。いや、泳いでいるというか、風呂に入っているような感じだろうか。泳げるようなスペースはない。
水場は直径5メートルくらいのちょっといびつな円形の泉で、そこから、小川が流れ出している。まさに、水が湧いて出てくる水源地だ。クマさんが楽しそうにしてるんだからおそらく真水で間違いない。
前回よりも大きいハイイロヒグマの短い手足が、水場の泉からはみ出していた。仰向けで風呂に入って、両手足をバンザイしてるおバカな子どもみたいな姿だけど、サイズがおかしい。巨大すぎる。ちっともかわいくない。なんなんだこいつは?
「ね、アレに、本当に、勝てる?」
リコが心配そうに囁いてくる。
「秒殺できるよ」
「……こ、これ以上、そんなこと言ってあたしを惚れさせたら、テッシンから二度と離れないけど、ホントにいいの?」
「僕に付いてきたことを後悔なんてさせないから、ここで待ってて」
そう言われたリコがまた真っ赤になったことを確認して、キスする勇気はないけど、軽くリコの頭をぽんぽんしてから、僕は水源地の泉へと踏み出した。
巨大なクマが僕を一瞥して、泉から身を起こして這い出てくる。ざばっと水が暴れた。
僕が近づき、クマも近づく。
最初は四つ足だったクマが、僕を威嚇するように後ろ足で立ち上がり、前足でもある両腕を大きく振り上げて、よだれなのか泉の水なのか、よくわからない水分を大きく開いた口からあふれさせた。
そのへんの他の魔物なら、それだけで逃げ出すんだろう。
でも、互いの距離が10メートル以内となったのなら。それはもう、僕という敵に、弱点である心臓をわざわざ見せびらかしているのと同じこと。悪手でしかない。
僕は大地を蹴ると、リコが『瞬間移動』と名付けた最速の『身体強化』で巨大グマの懐に飛び込み、そのまま右手の掌底を巨大グマの心臓の位置へと振り抜く。解体をちゃんと見てて本当によかった。
それと同時に、天空を二つに切り裂く雷光を強くイメージして、体内、おもにおへその下くらいにある不思議な何か、おそらく魔力だと思われるソレを、右腕から右手へと走らせる。
バッチンっっっ!!!
一瞬だけ。
青白く眩しい光が、まるで火花のように僕と巨大グマの間で炸裂した。
巨大グマがビクンっと全身を痙攣させながら、僕の掌底に押されるように、仰向けに倒れていく。
そして、僕はそのまま。
仰向けになった巨大グマの腹の上に、仁王立ちで着地した。
まさに秒殺。それどころか、瞬殺。
ここまで隠し続けた『雷魔法』による必勝の一撃。名付けてライジングインパクト。『雷魔法』の雷神と掌打による衝撃を掛け合わせてみました。
さすがにもう高2なので、技の名前を叫んだりはしないけど。いや、さすがにそれは恥ずかしくて。
「あの大きなクマを瞬殺って……て、テッシンが、テッシンが、強くて、凄くて、か、か、かっこよすぎるよぅ……」
リコの小さなつぶやきが『身体強化』で聴力まで高めている僕の耳に届いたのは、リコのためにも、僕のためにも、内緒にしておこうと思います。
僕だって。
これまでにいろんな素敵な姿を見せてくれたリコに、もう、とっくに、本気で惚れてますから。
あー、ドキドキしすぎて鼻血が出るかも……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます