第24話 まるでなまはげのように扱われたとしても、この子と二人ならどこへでも。(1)



 マラゼダの町に滞在中は、毎日、ウサギ5羽とイノシシ1頭、開拓者ギルドに持ち込んで換金し、町の食料事情に貢献した。宿代を考えても、余裕でプラスだ。


「本当にいい腕してんだな……」


 僕たちが差し出した傷の少ないウサギを見て、そう言いながら、渋い顔で銀貨を手渡す開拓者ギルドのおじさんにも慣れてきて、なんだか、逆に話しづらくなってきたので、僕は黙ってうなずくだけにしておいた。

 今さらだけど、中途半端に慣れた人が一番話しづらい。なんでだろうか。


「ああ、明日には、支払いができるからな!」


 そう言われたので、了解した、という意味を込めて片手を上げる。伝わったかどうかは気にしないようにした。隣でリコがぺこりと頭を下げていた。


 ギルドを出て町を歩く僕とリコの手は、つながっている。

 このマラゼダの町には王都のような人込みは全然ないんだけど、手をつないで歩く。いや、不満はない。というか、嬉しいです、はい。


 リコの柔らかさと温かさ、最高ですとも。異論はないし、認めない。たとえおムネさまがやや慎ましやかなものであったとしても、だ。


 ごほん。話がズレました。すみません。


 リコの矢の補充のためにこの町の武器屋に行って、僕は鉈と手斧を買うついでに武器を更新した。いい物を見つけたから。


 メイスはメイスなんだけど、先端の球体に三角すいのイボがいくつも付いててウニみたいになってる凶悪そうなモーニングスターと呼ばれるメイスで、しかも球体にはイボ以外にも槍の穂先みたいなのもまっすぐひとつ、つながっていて、殴るだけでなく、突き刺すこともできるという優れもの。

 銀貨50枚を30枚に値切って購入。支払いは後日、熊の話が伝わってるから、後払いを信じてくれる。


 僕もこれならウサギを刺し殺せるかもしれない。


 ……刺し殺す、なんて、こんな思考ができるようになったのは、まさに異世界生活のせいだろう。


 この町にも広場はあるけど、屋台はない。ああいうのは王都だったから、あったんだろうなと思う。


「あっ、熊殺しだ」

「これ、指差すんじゃないよ」


 なんか微笑ましい親子がいるけど、ちょっとお母さんの方が怯えてるように見えるのは気のせいだよね?


 くすくすとリコが笑った。


「テッシン、怖れられてるねー」

「そんな馬鹿な……」


「きっと、『いい子にしないと、熊殺しに頭潰されるよ!』とかー、『いい加減にしないと熊殺しを呼ぶわよ!』とかー、そんな感じで家庭でのしつけに利用されてるんだよー」


 僕はなまはげか。あ、でも、なまはげって神様だとか、聞いたこともある。リコってば、僕を神の座に祭り上げるつもりだろうか。いや、ないない。


「ないない。ある訳ない」

「でも、あのクマさん、最前線の開拓者が10人以上で挑む相手だって聞いたよ?」


「それは僕も聞いたよ……」

「あたしたち、二人で倒しちゃったねー。実質、テッシン一人で殴り殺したんだけどー」

「……うーん」


 とりあえず、この町にハイイロヒグマを引きずってきたあの日以来、僕はすっかり『熊殺し』の二つ名を頂いた人気者になってます、はい。


 最前線の開拓者が多勢に無勢で追い詰める獰猛な魔物、だった、らしい。

 一撃殺、リコの矢も含めれば三撃殺だったので、どれだけ強い魔物なのか、よくわからないけど。


 でもまあ、僕は人気者のはずなのに、開拓者ギルドの職員さんと春風亭の経営者のご夫婦以外からはどういう訳か話しかけてもらえないんだけど、なんでだろうね?


 ……いや、理解してますよ、もちろん。そりゃ、あんな大きな熊、しかも頭がぶち割られた状態で引きずってきたら、怖いよ。わかってますって。本当は。


 まあ、そのお陰で、春風亭の酒場のおっさんたちも、リコにちょっかいをかけてこないと思えば、大事な人を守れているという点において、不満はないけど。


 そんなこんなで、僕とリコの、こう、信頼度というか、親密度というか、その、ラブラブ度合いというか、そういうものは、着実に高まってると、僕は思ってるんですけどね。


 でも、夜の部屋は、廊下に追い出されるいつものおトイレ儀式の後、ベッドで背中合わせになって寝るだけなんですよね……。


 いや、自家発電するチャンスがないから、どれだけ我慢してても寝てる間にしっかり暴発してて、朝、リコが起きる前にトイレと下着の洗濯ですよ。ほぼ毎日!


 僕の『身体強化』の一番の使い道が『水魔法』の水で洗った下着を絞って脱水することなんですけど、この話でいったい誰を笑わせろ、と? そんな需要、ある?


 翌日、ギルドでたっぷり金貨と銀貨を受け取ると、武器屋の支払いを済ませて、僕とリコはマラゼダの町を出た。

 まだ追手には気づかれてないとは思うけど、『熊殺し』の噂は僕たちの特定につながるに違いない。僕のこの力は、ちょっとおかしい。


 とっとと国境を越えてしまった方がいい。そう思った。


 そういう訳で、フェルミナ王国から南方のノーレナ王国へと抜ける峠道を進んでいく。『身体強化』を使うようなことはない。

 国境には砦があるらしいので、そこから見られて変だと思われるのは避けたいから。


「あ、こっちに行かない方がいいかも」


 しばらく歩いて、マラゼダの町が見えなくなった頃、リコが突然そう言った。


「……ひょっとして?」

「うん。『直感』だね」


「わかった。でも、どうしようか……」

「うーん。あっち、かな?」


 そう言ってリコは森を指差した。


「……結局、山林に突っ込むんだよね。どこまで行っても、僕たちってギーゼ師匠の弟子だね」

「師匠、元気かなー」


「きっと、元気だよ。教わってる時も、ずっと元気だったし」

「そうだよねー」


 普通なら、人間の領域ではない、危険な、魔物の領域である大自然の山林には近づかないのが一番だ。


 でも、僕とリコにとっては、危険な山林がそれほど危険でもない。ギーゼ師匠にいろいろと教わったからというのもあるけど、それだけじゃない。


 特に、リコの『直感』というスキルはすごい。本当に頼りになる。こっちが使い方を間違えて、イノシシのつもりで熊と出会わない限りは。いや、熊ぐらいは楽勝なんだけど。


 その気になれば、危険を避けるように動くこともできる訳で。


 リコが「あ、そっちはダメっぽい」と言う度に、少し方向を変えて進んでいく。





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