第23話 師匠が実は有名人って知らなかったよ、はテンプレか。(2)



「動物じゃなくて、魔物、だからかもね」

「魔物、かー……これ、どうするの?」


「でかいけど、持って帰るか……」

「あー、テッシンなら、大丈夫、なんだよね?」

「まあ、たぶん」


 僕は熊の後ろ足を掴んで、それぞれの足を左右の肩に分けて乗せるようにして、熊を引きずって歩いた。


「ホント、こんなの、軽々と運んじゃうんだもんねー」


 確かに。『身体強化』様様ではある。


 でも、こういうことができるというのは、僕とリコにとっての普通であり、一般的にはあり得ないことだった。


 マラゼダの町の門では、門番はびっくりするのを通り越して、あっという間に5歩は後ずさった。

 しかも、飛びのく感じでかなり遠くへ。それ、門番としてどうなの。いや、この熊、死んでますが、何か?


 開拓者ギルドへ向かう道では、そのへんにいる人たちが目を見開いて逃げ出し、その後、人数を増やして再登場して、またみんなで目を見開かせていた。見世物か。

 アンタたちのその顔の方がよっぽどおもしろいんですけど?


 ギルドの建物の中には持ち込めそうにないので、声をかけようと思ったら、こっちから声をかける前にギルドの建物の中から、職員が飛び出してきた。


「……は、ハイイロヒグマ、なの、か?」

「名前は知りませんけど、熊は熊かな、と?」


「知らずに狩ったのか……」

「買取、いくらになります?」


「あ、ああ……ハイイロヒグマは、討伐証明部位の右手だけで銀貨50枚、本体となると、どうだろうな? あ、頭が潰れてんじゃねぇか。頭が綺麗に残ってりゃ、金貨5枚はあったと思うが……」


「え? 頭、重要なんですか?」


 頭の破壊が一番簡単に倒せるんだけど? リコの弓矢での目潰しも効果的だし。


「ハイイロヒグマの頭は、お貴族サマが、屋敷に飾るのが好きなんだよ」

「……ああ、そういう感じか」


 僕の頭の中では角つきの鹿の頭が壁に飾られてるイメージが浮かんで、それがさっき見た熊の頭にすり替わった。

 あれ? なんか、鹿の方が美的によくないかな? まあ、僕が飾るワケじゃないからどうでもいいけど。


「ギーゼ師匠も、クマのことは教えてくれなかったし、しょーがないよ、テッシン」

「そうだね。あのへんでは熊は見なかったし」


「ギーゼ? 金満ギーゼか? 最前線を引退して王都に戻ったベテランの?」


 ……金満ギーゼ? ひどい二つ名ですね? 僕とリコにとっては師匠なんですけど?


「そのギーゼさんと、僕たちのギーゼ師匠が同じ人かどうかは知りませんけど」

「いや、開拓者の師匠になれるようなギーゼなんて名前のヤツは一人しかいねぇよ」


「あ、そうですか」

「アイツ、王都ででっかい屋敷を建てて、そん中に小さな部屋をいくつも作って、若い開拓者を住ませてんだってな」

「あ、そうなんですね。知らなかったです」


 ……ギーゼ師匠、最前線を引退して、王都でアパマン経営者、やってたんですね? そりゃ、金満とか二つ名付けられるのも納得かも。いや、師匠としては間違いなく、いい師匠なんだけど。


「なんだ、アンタらは住んでなかったのかい?」

「僕たちは宿暮らしでしたね」

「ギーゼ師匠って、有名なんだねー」


 リコ……たぶん、有名なのはギーゼ師匠の悪名だと思うよ……。


「そういや、アンタらはこの町で一番高い宿に平気で泊まれるようなヤツらだったか」

「余計な詮索はしない、が基本ですよね?」


「ああ、悪い悪い。これくらい王都から離れると、開拓者ギルドもいろいろ緩んじまうもんなんだよ」

「……それで、買取は、どうなります?」


「そうだなあ。討伐報酬込みで、金貨2枚での買取か、討伐報酬を先に受け取って、コイツが実際に売れた時の売買価格の6割か、どっちかを選んでくれ」


「6割? 7割になりませんか?」

「6割だ。譲れねぇぞ? 開拓者ギルドってのはいろいろ大変なんだからな?」


 ……田舎すぎて、職員が3人しかいないですもんね。なんか、ご苦労様です。


「それとも、自分で直接売り飛ばす伝手でもあるってのかい?」

「いや、ないです。どうせ、売買価格の6割を選んだら、何日も待つことになるんですよね?」


「まあ、そうだな。早くても10日か、最悪、1か月くらいは考えといてくれ」

「金貨2枚でいいです。それで、この熊の解体を見学させてください」


「金貨2枚も、あー、5日は待ってくれよな? 今すぐは無理だ。解体が見たいってのはかまわねぇが……まあ、町の連中も退屈しのぎになるか。もう集まってやがるしよ。なら、ここで今からやるから、好きにしな」


「5日よりも早くできればそれでお願いします」

「おうよ」


 この人、絶対、5日よりも早くはしないだろうと思いながら、表向き、僕は微笑みで応じた。


 リコがつんつんと僕の右腕の袖を引く。


「何?」

「……テッシン。解体、見るの?」


「ああ、見るよ。大事だから」

「うへー。あんま見たくないんだけどー」


「解体の仕方はもちろん、美味しく食べられる部位とか内臓、高く売れる部位とか内臓、弱点になる内臓とか、ちゃんとどこにあるのか、知っておくことが、次に戦う時の基本になるよね? 狙って傷つけるところと、できるだけ避けるところとか。大事になるよ。解体が苦手なのはわかるけど」


「……うん。そうだね。頑張る」


 ウサギはリコだってそこそこさばいてるけど、まだまだグロ耐性は足りてないらしい。まあ、僕だって喜んで見ようと思ってる訳じゃない。


 ……でも、苦手なことも、理由を説明されたら素直に頑張るリコはとってもかわいいです。はい。


 まあ、こんなことになるなら、もっと動物とか、獣医とかのことも、調べておけばよかったかもしれない。

 もう一度時間遡行させてくれると言われても、したくないけど。ごめんよ、おっさん神様。





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