第17話 下ネタは青春の光を曇らせると知った僕はちょっと泣きたい。(2)



「夕食、また、屋台に行ってみるの?」


「うーん。今日くらい、宿の酒場とか、どうかな?」

「渡くんがいいなら。なんか高そうだけど、大丈夫かな?」


「お酒はダメってことで」

「あ、うん。もちろん」


 一日くらいなら、ちょっとぜいたくしてみてもいいだろうと思う。


 そんなこんなで野薔薇亭へ戻って、部屋に買ってきた武器、防具なんかを置いて、1階の酒場へ。


 完全に一度、宿の外へ出てから、1階の酒場の入口へと入る。宿泊客には不便な設定だけど、酒場だけに用がある客が、泊まってる部屋の方に行けないってのは防犯上、重要な気がする。そういう意味で、高級宿だ。


 そこでステーキとシチューっぽいスープを食べた。


 それでわかったのは、どれもこれも、薄味の塩味が基本で、料理だけは王城の物がはるかにマシ……日本と比べなければ、はるかにうまい、ということだった。

 高級宿に併設された酒場の食事でもコレとは。異世界の食べ物が残念過ぎる。


「うーん。異世界生活って、辛いね……」

「日本が贅沢過ぎるだけかも」

「あー、そうだねー」


 そう言いながら、二人で部屋に戻る。


 佐々木さんが自然な感じなのが、逆に僕を緊張させる。

 ひょっとして、朝の話も昼の話も、佐々木さん、すっかり忘れてないかい? 今から、二人で休むお部屋ですけど?


「……あ、あたし、トイレ行きたい。フロントの人に聞いてくるね」

「あっ……」


 ここのトイレについて教えようと思ったけど、さっと佐々木さんはフロントへ向かってしまった。


 まあ、いいか、と一人、先に部屋へと入る。この高級宿の中なら、何もないだろうと思う。そのための高級宿だ。

 開拓者が使う安宿とか、佐々木さんにとってどんな危険があるか、わからないから。絶対にダメです。


 ドアが開いて、佐々木さんが戻ってきた。


「渡くーん。トイレは部屋にありますって言われたんだけど……」


 佐々木さんが部屋の中を見回した。


「どこにも、トイレ、ないよね?」


 僕は無言で、窓の下に置いてあるツボを指差した。


「えっ?」

「あれ、だよ」

「えっ? えっ?」


 佐々木さんが僕を見て、ツボを見て、もう一度僕を見て、さらにツボを見た。


「……あれは、ツボだよ? なんか弥生土器みたいな感じの?」

「確かに縄文土器には見えないけどね。あのツボがトイレだよ」

「えっ?」


 佐々木さんがまたしても、ツボと僕の間で視線を往復させる。


「だ、だって、お城のトイレは……」


「たぶん、お城のトイレの方が、よっぽど特別なんだと思うよ。水洗にするために頑張ったんじゃないかな、お城の人たち」


 王城で僕たちが使っていたトイレだって、現代日本の感覚からすればかなり変なトイレだったけど、それでも水洗だった。溝に水を流してただけだけど。


「う、嘘っ……だ、騙して、るん、だよ、ね? からかって、るん、だよ、ね?」


 僕は無言で首を横に振った。


「ほ、本当に、アレ、なの……?」


 僕は無言で首を縦に振った。


 佐々木さんはゆーっくりと、僕とツボの間で視線を往復させた。


「が、我慢……は、もう、で、できそうにないし……」


 佐々木さんの顔が、これまでにないくらい、赤くなっていく。


「わ、渡くん、その、ちょっと、外に、出ててもらっても、いい、か、な?」


「あ、うん。そのうち、慣れてもらえたら助かるけど、今は、出ていくね。あ、さっき買った布の小さいのは、トイレットペーパーの代わりの分だから。後で、洗って干すための水とロープは用意しとく」


「っ……あ、あり、がと。あ、あと、耳! 耳もふさいで!」

「あ、はい」


 僕は部屋を出て、パタンとドアを閉じた。


 別に耳に『身体強化』をして聴力をアップさせたりとかはしない。やろうと思えばできるようにはなってるけど。


 一応、言われた通り、自分の耳はふさいでおく。


 なんというか、この待ち時間って、ものすごく微妙なんですけどね。言葉で表現しようがない微妙さがありますよね。


 コンコン、とドアが内側からノックされるというおかしな状況から、ドアを開いて真っ赤な顔をした佐々木さんが僕を見た。

 そして、僕が耳をふさいでいるのを確認して、安心したように息を吐いた。


「入っていいよ、もう、終わったから……」


 耳をふさいでいても普通に聞こえることは、一生、黙っておこうと思う。


「ツボ、見ちゃダメだから! 見ちゃダメだからね?」


 押すなよ、押すなよと言う芸人たちのように、そんなことを言っている佐々木さん。

 僕はノーコメントで、そんな佐々木さんのために、『水魔法』で水を創って水差しを満たした。もちろんツボは見ませんよ。


 トイレのことで動揺してる佐々木さんは、魔法が使えないはずの僕が魔法を使ったことにすら、気付いてない。どんだけ動揺してんの。


「ほら、布、この水で洗って。ロープは、ここに掛けたから、ここで干して」

「あ、うん。ありがと……」


 佐々木さんの顔の赤さは全然、白へと戻る気配がない。これはトイレが原因で城へと戻ると言い出しかねないかも。


 佐々木さんはツボの上で、水差しの水でトイレ用の布を濡らして、ごしごしとすり合わせてから、もう一度水で濡らして、絞って、ロープにかけた。それから手も洗った。


「あ! この布も見ちゃダメ!」


 僕はいったい、どこに視線を向ければいいのだろうか。


 結局、このトイレの一件で羞恥心が限界マックスになった佐々木さんは、ベッドの上で完全に僕に背中を向けて横になった。ちょっとプルプルしてるのはどうなんだろうか。


 僕も佐々木さんと背中合わせでベッドに横になり、そのまま、いつの間にか寝てしまった。


 朝と昼のえっちぃフラグは回収されず、青春の光はいつの間にか消え失せた。

 僕はほっとしたような、それでいてとても残念なような、きわめて複雑な心境に陥った。


 ちなみに、トイレタイムはその人の生活習慣のリズムの中にあるようで、佐々木さんはこの日以降も寝る前にトイレを済ませたため、夜の部屋のダブルベッドに同衾しながら、トイレの恥ずかしさで佐々木さんが僕に背を向け続けてしまい、僕たちが宵闇の中でピンク色のムードになることはなかった。


 ……水洗トイレ! カムバック! ナウ! 今すぐにでも!


 ちなみにトイレ用のツボは、朝一番で窓から外へと中身を放出するのが基本だそうです。いらない豆知識をどうぞ共有してください。

 僕が毎朝、佐々木さんが目を覚ます前にトイレを済ませて、窓から捨ててます、はい。


 気をつけないと、上の階から同じように放出されたものの飛沫を浴びることになりますので、中世社会へ異世界転移した人はご注意を。

 便利な生活魔法とかある世界がいいよね。マジで。


 だから、町の中に動物園みたいな臭いがするのは当然かと。


 でも。


 女の子って、処女を捧げるって口にするよりも、トイレの方がよっぽど恥ずかしいんだね。知らなかった世界の秘密をひとつ知った気分だよ、とほほ……。





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