第16話 下ネタは青春の光を曇らせると知った僕はちょっと泣きたい。(1)



 部屋の鍵を開けてドアを開き、中へ入ると、そこにはベッド、テーブルと椅子、ハンガーラック、それと窓の下にツボがあった。


 それなりに広くて余裕がある。さすがは高級宿……って、ベッド、ひとつじゃん! サイズは大きいけど!


 はっとして佐々木さんを見た。

 佐々木さんはベッドを凝視して顔を赤くしていた。


「……僕、ゆ、床で寝るから」


「え? そんな、悪いよ。ほ、ほら、あのベッド、かなり大きいよね? 二人で寝ても、余裕だと思うからさ……」


「いや、でも、さすがにそれは……」


「も、もう! あ、朝も言ったけど、その、何の役にも立ってないあたしとしては、守ってもらう代わりに、渡くんに初めてを捧げてもいいって、本気で思ってるんだから……」


 これは、危険だ。危険過ぎる。


 ヤヴァイ……やばいじゃなくてヤヴァイ。言葉だけで、佐々木さんの言葉だけで、ナニかが妖怪むっくりもっこりへと変化しそうになってる!


「さ、佐々木さん。その、僕だって、一応、お、男だから、その、あんまり、そういうこと言われたら、が、我慢ができなくなるっていうか、なんていうか……」


「わ、わかってるってば! ていうか、渡くん、ちゃんと男の子してるから! かっこいいと思ってるから! だって、お城の訓練の時とか、けっこー女の子たちの視線、集めてたから!」


「えっ……?」


 そうなの? 何その新情報? どういうこと?


「部屋では率先して筋トレしてたし、朝だってランニングしてたよね? それだけでもかっこいいと思ったし、実際、昨日の夜の高橋ちゃんなんて、渡くんに本気で出て行ってほしくないからマジ泣きしてたし。あと、剣の訓練の時なんて、渡くん、強そうな騎士さんを相手に互角に戦ってたし、あれはほんと、かっこよかったんだよ。弓の訓練をしてた女の子たちはチラチラ渡くんのこと、噂しながら見てたんだから……」


 ホワッッツ? そ、そ、そんなことが?


 え? 僕、知らないうちのモテ期がきてたのか? しかも過去最大規模レベルで? ついでに言えば、お城を出た今、そのモテ期はもう終わりを告げつつあるんだけど!


「渡くんが剣の訓練で負けたところ、見たことなかったよ……」


 確かに、訓練中の僕は、いかに『身体強化』をコントロールするか、ということを重視していて、相手の力量に合わせることで『身体強化』のコントロール力を高めようとしてたから、互角の戦いはあっても、負けたことは、ない……あれ?

 そういえば、本当に、訓練の手合わせで誰一人として、負けた覚えがない?


「今日は朝から一緒にいたけど、この異世界でも、渡くん、なんかヨユーな感じでやっていけそうで、正直、朝よりも、今の方が、なんだか頼りがいのある渡くんに、ちょっとドキドキ、して、ます……」


 目をそらして赤い顔でうつむきがちにそんなこと言われたらもう僕のライフはゼロですよ?

 しかも、ちらっと見えてる耳まで赤いとか、それ、惚れさせトラップですか?

 さ、触ってもいいんだろうか。このかわいい耳を? いや、ダメですよね。


 ……というか、今の僕があるのは、あのおっさん神様が時間遡行を認めてくれて、異世界転移の準備をさせてくれた上に、イケメン神様がそれを知らずにスキルもくれたから、ではあるんだけど。僕の実力だとは到底思えないよね。


 いや、ぼーっとしちゃいそうな言葉が佐々木さんから飛び出たもんだから、現実逃避をしてしまいそうな感じ。


 あ、うん。現実的には、まだ、明日以降のための準備が終わってなかった。

 ピンク色のラブコメちっくな雰囲気出してたらこの先の異世界生活で死ぬ可能性が増える。

 意識を戻せ、戻すんだ、僕!


「……と、とりあえず、部屋は借りられたから、置いておける荷物を置いて、もう一度、いろいろと出かけないと」


「へっ? そうなの? 今日はもう、ここで休むんじゃないの?」


「あ、うん。まだお昼になったばっかりだし、こ、これからのためにまだまだやっておきたいことはあるから」


「そ、そーなんだー。うん、わかった。じゃ、もう一回、出かけよっか。それで、どこで、何するつもりかなー?」


「ま、まずはギルドに戻って、指導者の依頼をかけることと、あとは武器、防具、衣服、かな。いろいろと足りない物は、生活していく中で、改めて買っていけばいいけど」


「指導者の、依頼?」

「あ、うん。ぼ、僕たちに、開拓者として必要な基礎、基本を教えてくれる人を雇いたくて」


「え、なんで?」

「僕らは、現代生活に慣れ過ぎてて、こっちの、常識が足りないから、かな」


「常識……渡くんぐらい、お城でしっかり勉強してても、足りない?」


「知識と実践は違うから。ほ、ほら、例えば、狩った獲物をさばいて肉にするとか、そういうの、したこと、ないよね? 逆にあるよって言われたらドン引くけど」


「ないない、ある訳ないから!」

「だから、そういうこと」

「そっかー。本当に渡くん、いろいろ考えてるんだねー」


 にこりと笑ってそう言った佐々木さんは、やっぱりかわいい。とにかく僕には佐々木さんがかわいいとしか思えない。うん。


 ダメだ、これ。


 男として滾る血潮、僕、本当に我慢できるのかねえ……。






 それから開拓者ギルドへ行き、指導者の依頼をかけた。

 1日銀貨1枚の依頼をかけようとしたら、1日銀貨2枚で10日以上だったら、ベテランのいい人が見つかると受付の男性に言われたので、素直に従った。

 約20万円で10日とか、すんげえ割のいいバイトみたいな感じがする。


 その額が午前中に百均の指輪を売って得た収入で賄える金額だったというのもある。そのくらいの支払いは必要経費だと思う。


「明日の昼頃には、お知らせできると思います。どちらに知らせれば?」

「野薔薇亭でお願いします」


「……ほんとに野薔薇亭にしたのか。あそこは開拓者が泊まるような安宿じゃないのに」

「聞こえてますよ?」


「は、すみません。失礼しました。では、野薔薇亭に連絡します」


「どうも。あと、武器や防具、それと服を買いたいので、ギルドがおすすめする店を紹介してください」

「ああ、それなら……」


 受付の男性は、店の名前と場所を簡単に説明してくれた。


 そこからは、王都の人に尋ねながら、店を探して歩いていく。もちろん、佐々木さんとは手をつないでいる。ある意味で王都デートだ。


 服屋では古着が基本らしい。というか、布を買って家で縫うのが普通らしい。平民ってすごい。昔の日本もそうだったんだろうか。


 僕と佐々木さんは着替えをいくつか買って、布と針と糸も買った。


 防具屋さんでは、二人とも革の胸当てを買った。

 とりあえず、急所である心臓を守ることを優先してみる。というか、この世界だと、ダメージ喰らった時点でアウトだと思うから、紙装甲でも実は問題ないのかもしれない。


 胸当てを着用してみた佐々木さんを見て、どちらかといえば慎ましやかな方なのですね、と思ったことは内緒だ。

 いや、学校にいた頃から知ってたけど、改めてそう思ったって話です。

 でも、女性は胸を見る視線にすぐ気づくというから、気をつけないと。


 武器屋で、僕は剣ではなくメイスを買った。

 剣技がまともにできないのに剣というのはおかしい気がして、『身体強化』と一番相性がよさそうな殴り武器を選んだ。

 力を込めてぶん殴るのが早いと思う。


 佐々木さんは短弓を買った。もちろん、矢筒と矢も。クロスボウは見かけなかった。まだ存在しないのか、一般的ではないのか、どっちだろうか。王城でも見かけなかったけど、それは隠してる可能性もあるし。


 佐々木さんが買った短弓は、お城の訓練で使っていた物とよく似たタイプで、佐々木さんにしてみれば、これが一番慣れた物らしい。


「佐々木さんってアーチェリー部だったから、弓は大丈夫そうだよね」


「そうでもないんだよー、渡くーん。アーチェリーの弓って、もっと機械的だからね?」

「え、そうなの?」


「そうなんです。ママユミが中学でやってた弓道の弓なんかの方が、まだ形だけはこれと似てるかも。大きさは全然、違うけどねー」

「へえ」


 調べなかったことは、知らないことが多い。


 まあ、武器について調べるのは、ほぼあきらめてたし、図書館で本を撮影しても、中身まで読めた物は少ないしね。


 買い物はひと通り、これで終了となった。





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