第15話 女のカンとか、もう、どうしようもないと思うのはたぶん僕だけじゃない。



「何の素材かわからんが、これは鍍金じゃろう。だが、形は珍しく、しかも整っておるし、石もほどよく美しい。細工は見事じゃのう。それに、きれいに磨かれてもいる。銀貨1枚でどうじゃ?」


 少年に連れられてやってきた最初の店で、百均のおもちゃの指輪に銀貨1枚、約1万円の価値が付けられた。


 ……いやいやいやいや、100倍に換金とか、あっちとこっちで交易できたら無双案件ですよ、これは。あと、メインの素材はたぶんプラスチックです、はい。この世界には存在しないだろうという意味で、希少価値はあるに違いない。


「……いや、銀貨10枚」


 ここで欲張ってみる。元々、こういう物の相場は全く知らない。この時点で、相手は内心、ほくそ笑んでいる可能性もある。


「話にならん。銀貨3枚じゃ」


 ……いや、いきなり3倍にしてんじゃん!? めっちゃ買取したいんじゃん? 元から考えたら300倍だし? 何コレ? まだ上がるの?


「7枚」

「4枚じゃ」


「……キミ、次の店に案内してもらえる?」

「なんじゃ? ヨソへ行くつもりか!?」


「3か所は回って決めたいですね」

「なんと、がめつい奴じゃのう。銀貨5枚でどうじゃ?」

「ヨソと比べて、納得できたら、売りますよ」


 ひらひらと手を振って、僕は最初の店を出た。チッ、という店主の舌打ちが聞こえたけど、無視する。内心はビビりながら。でも、この店ではもう売りたくないかも。


 少年を先頭に、また、佐々木さんと手をつないで歩く。やわらあったかい。つまり、柔らかくて、それでいて温かい。うん。女の子ってすごい。


 ……なんか、手をつなぐのが、普通になってきてて、ちょっと怖い。


「……苗場くんが、銀貨1枚は、だいたい1万円って、言ってなかった?」

「言ってたね」


「銀貨5枚って、5万円ってコトだよね?」

「そうなるね」


「百均だよ? 元々100円だよ?」

「うんうん、わかるよ。僕もびっくりしてるし」


「全然そーは見えないよっ?」


 会話はちっともデート的ではないけど。即物的すぎた。


「……渡くんが異世界でたくましすぎるよー」


 真顔で佐々木さんがそんなことを言った。

 だから、僕も、つい。言ってしまった。調子に乗ってしまった。


「……ついてきて、よかった?」

「……う、うん。すごく」


 真顔から急に頬を赤く染めた佐々木さん。いやもう、何コレ。


 ……かわいいな、くそ。僕にどうしろと?


「……さ、佐々木さんは、さ。なんで、僕を一人にしちゃいけないって、思ったの?」


「あー、部屋で夜に話したアレだねー。えっとねー、アレはー、実はウソなんだよねー」

「えっ? 嘘なの?」


「あー、うん。なんか、ごめん。ほんとはー、直感、なの」


「直感? 女のカンってこと? そ、それで僕と一緒に城を出たの?」


 ……そんなことに人生賭けていいのかな? いや、佐々木さんが人生賭けてる自覚があるかどうかは知らないけど。あ、自覚はあるのか。朝は、僕に、は、初めてをあげてもいいとか、言ってたし。


「女のカンって言えば、そうなのかもしんないけどー。この直感は、スキルの『直感』なんだよねー。あたしの選んだスキルのうちのひとつなんだー」


 スキルが『直感』だって? そういうの、アリなのか?

 いや、そういえば『仮病』とかって変なスキルもあったよな。そう考えたら、スキルって割となんでもアリなのか?


 ……つまり、僕が出て行くと宣言した時に、佐々木さんはスキルの『直感』が反応してビビビッときて、僕と一緒に行かないとダメだ、となった、と。そういうことか。ん? あれ? 僕って惚れられてるるるるー、とか、調子に乗りそうな勢いがあったけど、今はここで急ブレーキな感じ?


「スキルのことは話しちゃダメってことだったからねー。だからー、あの時はウソつくしかなくてー」


「そっか。そういうことか」


「でも、今みたいな感じ、かわせとか、百均の指輪を何倍にもして売るとか、そういう渡くん見てたら、これが正解だったんだなーって思うんだよねー。すごいよねー、『直感』ってさー」


 佐々木さんは握っている僕の手を少しだけ強めて、ぎゅっとしてくれた。たぶん、勘違いではないと思う。たぶんね。うん、きっと。


 それから、二軒目では指輪は銀貨7枚を提示され、さらに三軒目では銀貨9枚を提示された。

 これはもちろん、「さっきの店ではいくらだった」という交渉が加えられたことによるもので、ひょっとしたら、二周目に突入すれば、もっと値を吊り上げられる可能性はあった。


 でも、いろいろと面倒なので、この三軒目で売ることにした。

 しかも、追加で4つの指輪を出して、赤、青、緑、黄、紫の5色の指輪を並べて「全部合わせて銀貨50枚で」と言うと、目をきらきらさせた店主がそのまま言い値で買い取ってくれた。

 ただし、銀貨49枚と銅貨100枚にしてもらったけど。たぶん、もっと高く売れたんだろうな、とその時に思った。でも、答え合わせは永遠にできないだろう。


「……なんで百均のおもちゃの指輪、そんなに持ってんの、渡くん?」

「ん? きょ、去年の、文化祭の時の、クラス出し物の景品の余り」


「去年の文化祭? 渡くんのクラスは、何をしてたのー?」

「しゃ、射的……」

「景品が百均の指輪って……サギじゃんねー」


 ……嘘だけど。射的をクラスでやったのは本当。BB弾のモデルガンで。でも、このおもちゃの指輪シリーズは景品の余りではない。もちろん、事前準備で用意した。こんな値段で売れるとはさすがに思ってなかったけど。


「こ、高校生の出し物なんて、そんなもんじゃないかな?」


「まー、そうだねー。あたしはメイドカフェだったけど、紙コップ1杯のオレンジジュースを100円で売ってた。ペットボトルから注いだだけなのにねー。ボロ儲けだったよー」


 確かに、高校の文化祭あるあるだろう。


 指輪を売ったところで少年に銅貨10枚を支払って、そのまま、何か食べ物を売ってる屋台みたいなものを教えてくれと頼むと、どこかの広場へ案内された。

 そして、広場の屋台で売っていた肉串を買って食べた。少年にも1本、おごってあげた。1本、銅貨2枚。およそ200円ぐらいか。


 肉と肉の間に香草をはさんだ肉串で、なんかちょっとネギマみたいだったけど、味付けは激うす塩で、やきとりはタレが好きだった僕にはかなり物足りなかった。


 佐々木さんと立ち食いで肉串を食べるのはなんとなく楽しかったけど。


 少年がいなかったらここにたどり着けなかったかもしれないけど、少年がいなかったら、これは実はデートらしいデートだったかもしれないとも思う。

 デート。至高の響き。でも、たぶん、佐々木さんはそんなこと思ってないよね。


『渡くん。応答できますか』


 頭の中に声が響いた。苗場くんからの『遠話』の通信だ。


 これに返事をするという意識を持てば、『遠話』は可能らしい。どれだけ離れていても。この世界の中なら。


『こちら渡。どうぞ』


『……トランシーバーみたいだね。まあ、そうしないとやりとりも難しいか。今、どこですか、どうぞ』


『今は、王都のどこかの広場で、肉串食べてます、どうぞ』


『肉串……おいしそうで何より。無事でよかった、どうぞ』


『味だけなら、城の食事の方がたぶんいいと思う。何かありましたか、どうぞ』


『特に変化はありません。『遠話』のテストのつもり。どうぞ』


『ラジャー。って、僕たち、念話だと、全然噛まずにしゃべれるね、どうぞ』


『そういえばそうだね。やっぱり、対面だと、うまくできないからかな。それとも、頭の中の問題じゃなくて、口の動きの問題で噛んでしまうのかもしれないね。どうぞ』


『そっちも問題なさそうでよかった。どうぞ』


『また、何かあれば、連絡します。佐々木さんと、楽しんでね。オーバー』


『いや、それは……』


 既に『遠話』は切られていた。なんで、こんなスキルの適性を苗場くんが持っていたのかは謎だけど、ありがたいスキルだとは思う。こっちから話しかけられないのは不便だと思うけど。


 お腹を満たした僕たちは、少年に野薔薇亭という宿へと案内してもらい、さらに銅貨を1枚渡して、そこで別れた。


 そのまま宿に入り、2階の宿の受付で、金貨を1枚、差し出した。


「これで、何日、泊まれますか?」


「王国金貨ですね? お二人で一部屋というのであれば、一番安い部屋で、2か月近くは大丈夫です。ただ、長期の宿泊をお考えであれば、この宿より安いところなら、金貨1枚で1年以上、泊まれる所もあるかと思いますが?」


「いえ、ここで泊まります。部屋は二部屋……」

「一部屋でいいですっ!」


 僕の横で佐々木さんが勢いよく口をはさんだ。


「今さらだよ、渡くーん。ずっと同じ部屋で寝泊まりしてたんだよー?」

「それは他のみんなもいたからで……」


「あたし一人の部屋で、もし、何かあったらどうすればいいのかな? 苗場くんはいろんな危険がある可能性を踏まえて、男女でグループにするべきだって、言ったよね?」


「わ、わかったよ」


「……では、二人部屋をご用意いたします。宿泊には朝食がついています。夕食は、1階の酒場などをご利用頂けます。その支払いも、この中からでかまいませんか?」


「あー、酒場を利用したら、それで」

「もちろん、お部屋まで食事を運ばせることも可能でございます。ぜひ、ご利用ください」


 ずいぶん丁寧な対応をしてもらえた。たぶん、いきなり金貨を出したのが効果的だったのかもしれない。

 だって100万円だもんな。おれだったらビビると思う。金払いの悪い客だと、こうはいかないだろうし。

 ただ、あまり金を見せびらかすのは、悪意を引き寄せる可能性もあるので、気をつけておきたい。


「ふふ、今夜から、二人っきりだねー、渡くーん」


 そう言ってからかってきた佐々木さんの顔がちょっと赤くなってるのを見逃すほど、僕は鈍感ではないつもりです、はい。


 佐々木さんとこれから何をどう楽しむべきか、苗場くん、教えてください!





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