第14話 かわいい女の子を異世界ぼっちにしないように、秘密は守るべきだろう。



 そんなこんなで、やってきました、開拓者ギルド。


 残念ながら、テンプレとかは、ありません。別に、怖そうな人にからまれたい訳ではないので、それでいいです。


 受付の人の聞き取りで、何かいろいろと書き込まれて、30分ほど待ったら、親指サイズの金属のプレートに記号、番号、名前が刻まれた認識票ってのを渡されて、それでおしまい。

 認識票には両サイドに穴があけられて、衣服に縫いつけたり、革紐を通して首にかけたりするらしい。


 残念ながら、ギルドカードとか、魔法的な便利道具はない。ラノベで憧れた世界とは大きく乖離してるよね。そもそもよくラノベにある冒険者ギルドではないし。受付のすぐ横に酒場とかないし。


「服に縫い付けたら、着替えた時はどうすんだろーね?」


 佐々木さんが認識票をつまんで見つめながら、そんな疑問を提示した。


「こっちの世界……というか、中世社会の貧民層は、着替えなんてほとんど持ってないはずだから」


「……あー、それで。ここまで歩いてくる間、なーんか動物園みたいなにおいがするなーって思ったんだよねー」


 ……たぶん、佐々木さんが感じた動物園っぽいにおいの原因は、着替えないというだけではないはずだけど、まあ、今、伝えなくてもどうせいつか気づくだろう。


 僕はもう一度、受付のおじさんに声をかける。


 受付は女性じゃないのかって? そんなロマンの世界ではない。ただのおじさんだ。残念だとは思うけど。


「為替をお願いしたいけど、どこで頼めます?」

「為替? 新人が? そんな金、持ってんのかい?」


「あります。でも、詮索はしない、が基本でしょう?」

「まあ、そうだが……左の奥のドアをノックして、中で頼んでくれ」


「あっちですね。どうも」


 おじさんに礼を言って、指し示されたドアへと進む。


 佐々木さんがパタパタとついてくる。カルガモか。かわいいな、くそ。


「かわせって、何?」


「……佐々木さん、本当に、王城での勉強、サボってたんだね」


「えー、だって、赤点とか、留年とかないし、なんか難しそうだったし。渡くんが、ガンガン質問してたのは見てたけど……」


「為替は、まあ、見たら、わかるよ」


 ドアをコンコンコンとノックすると、どうぞ、と声がかかる。

 残念ながら男の声だ。この中も女性職員ではない。というか、ラノベの女性職員って、ラノベだからであって、中世の女性の仕事って、事務職とか、そういうのはあんまりないはずだから、こっちが普通なんだろうと思う。


 ちなみに、開拓者ギルドの受付とか建物内に、酒場が併設されたりはしてない。まあ、だから、変なのにからまれることもなかったんだけど。


 中に入って、為替の相談をする。

 金貨1枚から対応してくれるのは、王城で習った通りで、今回は金貨10枚の為替をお願いする。

 元々の僕の予定では金貨5枚の為替だったんだけど、佐々木さんから全額、預けられてしまったので、10枚だ。


「手数料として、銀貨10枚ですよ? いいんですね?」


 羊皮紙の為替証書を差し出しながら、職員の男性が確認してくる。為替証書1枚で銀貨10枚、つまり約10万円とは、なかなか値が張る。


「かまいません」


「……若いのにこんな大金を。まあ、金貨を持ち歩くよりは為替の方が安全でしょう。認識票を確認させて下さい」


 職員の男性が、認識票の記号、番号、名前を為替証書に書き込んでいく。


「ここに血判を、親指で。それと、誰かに引き渡す時は、為替の裏面にあなたと渡す相手の認識票の記号、番号、名前を書き込んで、血判を。親指で」


「わかりました」


 差し出されたナイフで左手の親指を少し切って、血判を押し付ける。


 佐々木さんが小さく、うわっ、と言ったのが聞こえた。


「では、金貨を」


 促されて、ぴかぴかの金貨を10枚、並べていく。


「……王国金貨の新貨じゃないですか。どこかの貴族に伝手が?」


「詮索はしない、が基本ですよね?」

「これは、失礼を」


「王国内の開拓者ギルドなら、どこでも為替は引き渡せますよね?」


「金貨10枚となると、小さな町では即金とはいかないこともあるかもしれませんが、まあ、どこでも大丈夫でしょう」


「わかりました。あと、ちょっと教えてほしいんですが」

「何です?」


「値段は1泊銀貨1枚くらいで、それよりも高くてもいいので、安全で、信頼できる宿を」


「……うーん。銀貨1枚なら、どこも安全だとは思いますが……古狐亭か、野薔薇亭でしょうかね」


「案内を頼める相手は?」

「入口近くの、依頼表の読み上げをしてる子なら」


「ありがとう、助かりました」


 僕は為替証書を受け取って丸めて、空っぽになった小袋と一緒に背負い袋へと押し込み、部屋を出た。もちろん、佐々木さんも一緒に。


「……為替って、銀行の通帳みたいな感じ?」


「まあ、似たようなもんかな」


「お城で、ちゃんと勉強してたら、こういうことも、わかってたってコトだよね?」


「むしろ、元の世界での勉強よりも、こっちでの勉強の方が、命にかかわるから、真剣に学んでおいてほしかった」


「文字は頑張ったよ、文字は!」


 はいはい、とさらりと流して、入口近くで、依頼表の読み上げをしている子を探す。


 10歳から12歳くらいの、少年がそこにいた。


「ちょっといいかい?」

「何? 読み上げは1枚で銅貨1枚だよ」

「いや、読み上げじゃなくて……」


 僕は用意しておいた指輪を隠しながら取り出した。百均で買った、おもちゃの指輪だ。手で隠しながら、少年にだけ見えるようにして、見せる。


「何? 指輪?」

「しー。静かに。これを買い取ってくれそうなお店を、3つくらい、案内してほしい」


「店?」

「高く売れたら、売れただけ、報酬ははずむよ?」


「うっ……うーん。高く売れそうな店かあ。案内してもいいけど、高く売れなかったとしても、案内で銅貨10枚。どう?」


「10枚? 欲張りすぎじゃないか?」

「ここで読み上げしてればそれくらいにはなるよ」


 どうだろうか。たぶん、ならないと思うけどな。


「銅貨3枚」

「それはひどいって、にーちゃん。銅貨8枚」


 ……いきなり値下げしてんじゃねーの。やっぱりこっちの世界は交渉が基本なのか。


「うーん。4枚。高く売れたら倍は出すよ?」

「銅貨7枚」

「わかった。銅貨5枚。高く売れたら10枚。これでどう?」


「……しょーがねーな、にーちゃん。それでいいよ」

「そんじゃ、頼む」


 僕はにこっと笑って見せる。うまく笑えてるだろうか。


 いつもそうだけど、この先、二度と関わらないだろうという、そういう相手なら、平気で言葉を交わせるのに。例えばおっさん神様とか、イケメン神様とか。あと、先生とかも、普通に話せる。


 なんで、クラスメイトとは、なかなかうまく話せないんだろうな。慣れれば、佐々木さんや野間さんぐらいには、話せるようになるのに。ぼっち傾向が高いせいだろうか。


 少年を先頭にして、僕と佐々木さんはギルドの入口を出て行く。


 佐々木さんが後ろから僕の手を握る。そういえば、ここに来るまでも手をつないでた記憶がある。


「さっきの、指輪?」

「ああ、うん」


「渡くんが指輪とか、見たことないよ?」

「あれは百均で買ったおもちゃ」


「え、こっちにも百均とかあるの?」


「……ないよ。向こうの百均で買ったおもちゃだって」


 ある訳ないよね? 百均だよ? 大丈夫か、佐々木さん?


 もちろん、異世界転移対策で用意したグッズのひとつ。売れたらラッキーの換金アイテムとして用意してある。


「なんでそんなおもちゃの指輪を……」

「あー、文化祭で?」

「文化祭って……」


 本当のことは言えない。死ぬかもしれないので。ここで僕が死んだら、異世界の勉強サボった佐々木さんが無謀にも異世界でひとりぼっちだ。

 うん。絶対に生きていけないし、なんかひどい目に遭うこと間違いなし。佐々木さんのためにも絶対秘密にしてあげよう。





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