第13話 頭ん中ピンク色になったら危険信号だと思った方がいい。



 1か月は、思ったよりも短かった。


 僕たちの前には、音楽室に飾られてる音楽家みたいな姿の宰相さん。もちろん、護衛の騎士もいる。別に反抗したりはしないけど。


「では、みなさん、この国のために残る、ということで、よろしいでしょうか?」


 そう言って、ぐるり、と僕たちを見回す。


 僕も、みんなを見回して、誰も反応しないことを確認する。

 互いにきょろきょろと目を合わせるが、萩原くんが言ったように、誰も出て行くつもりはないようだった。


「……はい」


 僕は頑張って大きな声を出そうと思ったけど、思った以上に小さな声にしかならなかったので、ものすごく恥ずかしくなって、おずおずと手を挙げた。


「……まさか、出て行かれる、つもりか?」


 そんな人はいるはずがない、みたいな表情で、僕を見る宰相さん。

 周囲のクラスメイトたちも僕に注目して息をのんだのがわかる。


「わ、渡くん!?」

「えっ、ウソ?」


「……渡くん。無謀よ、やめた方がいいと思うけれど」


 野間さん、佐々木さん、杉村さんの順で声をかけてくれる。


「お仲間の勇者様方も、あなたを止めようとしているようですが?」


「……わ、わかってます。でも、僕は、ここを出ることに決めてますから」


「本当に、後悔なさいませんか? 金貨10枚ですよ? ここを出ると、この先、住むところ、食べる物、着る物、働くところ、全て、御自身で……」


「わ、わかってますから!」


 今度こそ大きな声を出して、僕は宰相さんの言葉を遮った。


「僕は、城を出ます。金貨10枚で、十分です」


 僕はまっすぐに宰相さんを見据えた。


 ほんの少しのにらみ合いの後、宰相さんが目を閉じて息を吐いた。


「……はあ。わかりました。では、明日には王城を出て頂くことになります。それで、よろしいですか」

「はい」


 僕がうなずいて返事をする。

 宰相さんもうなずき返してくれた。


「あっ、あのっ!」


 そこで、女の子の声。

 今度はそこへ。声を出した、佐々木さんのところへ、視線が集まる。


「あ、あたしも、出ます! 出て行きますっ!」


 ……えっ!?


 ええええええええっっっっ!?


「キリコっ!? どうしたのっ!?」

「佐々木さん!?」


 野間さんと杉村さんの驚いたような、慌てた言葉は、僕が出て行くと言い出した時の比ではなかった。


「あたしも、城から出て行きますからっ!」


 それでも佐々木さんは宰相さんへ向かって、そう言い切ったのだった。







 そして、翌日。

 僕と佐々木さんは王城を出て行った。


 昨晩は部屋で、野間さん、杉村さん、由良くんから、いろいろと言われ、さんざん説得された。高橋さんも、なぜか泣きながら、残るように言ってくれた。


 最後は、苗場くんが自分の『遠話』というスキルについて簡単に説明して、それを僕とつなげること、そうやって、王城の外を知る仲間を確保すること、それがいつかこの国との間でうまくいかなくなった時に、必ず生きてくるということなど、どもりながら、たどたどしくはあったけど、一生懸命、みんなを説き伏せてくれて、みんなも最終的には納得してくれた。


 正直、佐々木さんについてはよくわからない。


「渡くんを一人しちゃダメだって、思って……」


 とのことらしい。


 ……いや、正直、ちょっと……ごめんなさい、嘘です。かなり、嬉しいんですけどね。


「……それで、どこに行くの、渡くん?」


「まず最初は、ギルド。研修期間の講義で習ったよね? 開拓者ギルドってのがあったでしょ?」


「あ、あー、そーね、あったねー」


 ……どうやら、佐々木さんは覚えてないらしい。


「でも、その前に聞くけど、佐々木さんは、ほんとに、僕と一緒の行動でいいの? 別行動でもいいんだよ?」


「いやいやいや、無理! 無理だって、渡くん!? 異世界、異世界だよ? あたし一人で放り出してどうするつもりなの? 苗場くんだっていろいろと危険だって言ってたじゃん! そのへん考えてよ!」


 そう言いながら、佐々木さんは僕の右手の袖をぐいっと掴む。それが離れないという意思表示のように思えた。


 さらに佐々木さんは、小袋を僕へと差し出し、押し付けてくる。


 ……この小袋、知ってる。僕ももらったヤツだ。


「え、ええと、佐々木さん? それ、渡したらダメなヤツだよ?」


「だって、渡さないと、なんか、渡くん、あたしのこと、面倒見てくれなさそうだし?」


「でも、それって佐々木さんの全財産だよ?」


「だから全部差し出すって言ってんの! なんなら、は、初めてだって、あげたって、いいんだから!」


「はいぃぃっ!?」


 僕は思わず目を見開いて佐々木さんを見つめた。

 どんどん、佐々木さんの顔が赤くなっていく。


「……」

「……」


 ……いや、待て。なんかおかしい。僕がモテるはずがない。


「……ほ、本気、だから」

「……」


 はうっ……。し、心臓が、止まる、かも、しれません!


 いや、ていうか、佐々木さん、あ、まあ、なんだ、しょ、処女なんだね。うん。きっとそうだと思ってたけど。信じてたけど。うん。


 いやー、これ、夢かな? 夢だよね? そもそも異世界転移とかおかしいよね? しかも異世界で、ある程度仲良くなった女の子と二人きりとか。二人きりとか! し、しかも、その女の子が、そんなこと言い出すとかっっ!!


「……あー、なんだ、そっかそっか。あれだ。嘘告。嘘告白って、ヤツだ。あ、あと、罰ゲーム的な?」


「え? 違う違う。なんで異世界で嘘告とかすんの? ないない。あ、そもそも、あたし、告白してないや。えっと、なんていうか、その……」


 モジモジし始めた佐々木さんがなんかすごくかわいい。


「あたしだけだと、この世界を生き抜くのは、たぶん、無理で。渡くんのお世話にならないと、ダメ、だし? 渡くんは、その、ちゃんと、こっちが差し出すものを差し出せば、見捨てない人なんだろうとは、思うし? その、こっちに来る前から、話もしてた男子だったし……なんていうか、いろいろと考えて、渡くんになら、いいかなあ、と、ですね」


「そ、そ、そ、そ、それ、は、あのあの、つまり、ぼぼぼ、僕のことを、佐々木さんが、つまり、その、す、好きだ、と、そういう、こと、でしょうか?」


「あっ、違うの!」


 ……えっ? 違うの?


「す、好きかどうかは、まだ、その、よくわかんなくて。あ、でも、あの、好意は、それなりには、もってるというか、あれ? なんだろう?」


「す、好きなのでは、ない?」


「あ、えと、好きと言えば、好きなんだけど、この好きはちょっと違うやつで。そういう好きとは別で、そういう好きなのかどうかは、まだよくわかんなくて。でも、渡くんのことは、なんていうか、そこはかとなく、好きなワケで……」


 そこはかとなく好きって何? 初めて耳にしましたけど? そこはかとなくってどういう意味だったっけ?


 ……なんだろう? 僕は告白した訳でも、付き合った訳でもないのに、この微妙にフラれた感があるのは?


 いや、少しは佐々木さんが僕に好意を抱いてくれているというのは伝わったんだけどね? それも、しょ、処女を捧げてもいいくらいには……って、あれ?

 僕の個人的な感覚では、それってかなり好きのレベルが高いような? というかそれはもはや好きの最上級なのでは? なんでだ?


「と、とにかく! あたしは渡くんについて行くんだから! は、離さないでほしいんだから!」

「あっ、はい」


 と、とりあえず。

 僕の袖を離す気がない佐々木さんとは一緒に行動するということで。


 頭ん中をピンク色にするのは、一旦キャンセルしとかないとね。異世界の中世社会はたぶん油断禁物な場所だから。


 そうして、僕は佐々木さんから押し付けられた、金貨10枚という全財産が入った小袋を受け取った。え、何コレ、持参金ってヤツなの?


 歩き出した僕の手を佐々木さんが掴んで。


 僕たちは、離れないように、手をつなぎながら王都を歩いた。


 ……ダメだ! コレ、どうしたって頭ん中ピンクになるヤツだろう!?


 女の子と手をつないで歩くとか、小学校低学年までの、先生から強制された時以来の奇跡なんですけど!?





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