第10話 王城での研修期間は自己鍛錬の時間だと思いますが、え? なんで? メイドと?(1)



 結論から言おう。


 交渉は、びっくりするくらい、うまくいった。たぶん、学級委員のどっちか、もしくは、交渉で活躍していた苗場くんとか、ござるの萩原くんが、交渉がうまくいくようなスキルを持ってる可能性が高い。


 異世界で輝くぼっちオタクまたはござるオタク。これ、主人公になれるんじゃ……。


 僕らが召喚された広間にやってきたのは、宰相さんとその護衛騎士だった。

 いきなり、杉村さんから交渉を持ちかけられて、宰相さんもややびっくりした感じではあったけど、穏やかな話し合いになっていた。


 相手が宰相さんだったから、交渉の進みも早かった。かなりの決定権が宰相さんに握られてるみたい。

 王権がそこまで強くないのは、貴族勢力もそれぞれ力があるということなんだろう。


 決まった内容を整理してみると……。


 まず、研修期間とか訓練期間とかって期間は1か月。こっちの1か月は30日とか。1週間が5日で、6週間の1か月だと。不思議。たぶん、神様の数とか?

 まあ、研修期間で学べるはず。元々、この国の方でも、僕たちにある程度学ばせるつもりはあったようで、すんなりと決まった。


 召喚したこの国の目的は、戦争での戦力。ただし、主に、後衛の魔法戦力を期待されてる。戦争と言われて、みんな一斉にドン引きしていたのは、わかる気がする。

 オタグループについてはちょっと違って、やや残念がっていた。たぶん、魔王を倒せ、とかではなかったからだろう。


 ただし、戦争相手の国の中には、魔王、みたいな存在もあるらしい。どちらかと言えば獣人っぽい異種族みたいなイメージに聞こえたけど。

 倫理の教科書の宮本くんがめっちゃ反応してた。彼はケモナーなのかもしれない。宮本くんの倫理、大丈夫か?

 なんか踏み外しそうな気がする……こういう時こそ、その教科書、使ってほしい。


 僕たちの自由を認めるかどうかは、一番もめた。


 宰相さんとしては、戦力の流出は、当然、防ぎたいということだろう。


 ここは労使交渉とセットで進められて、自由を求めて出て行く者と、ここに残って戦う者とで、与えられる金銭を差別化するという方法で決着した。提案は宰相さんだった。


 元の世界には戻れない、少なくとも、戻す方法を知らないと宰相さんはきっぱりと言った。

 それに対して、ござるの萩原くんが、「これは誘拐や拉致でござる」「この国では誘拐や拉致は犯罪にならないのでござるか」とござるござると攻め立てて賠償請求を行い、学級委員男子の由良くんが、「我々に選択権を認めないのなら、ここで全員で死ぬまで戦う。どのみち元の世界には帰れないのだから」と宰相さんを睨みつけた。


 交渉で一番、緊張が高まったのはこの瞬間だった。


 最後は、宰相さんが、「賠償金を得て出て行く者よりも残る者の報酬が高くなるように差別化することは譲れない」と言い、それを僕たちがみんなで多数決をして受け入れると決めて、決着した。


 たぶん、だけど、僕たちを召喚するのに、かなりのコストがかかってるんだろうな、と。そんな風に感じた。


 そして、細かい労使交渉。


 まず、研修期間の衣食住の保障。研修期間終了時に、僕たちに選択権を認める。


 王城を出て暮らす自由を求める者には、金貨10枚。ある程度の生活用品。衣服とか。


 王城に残る者には、年額で金貨30枚。魔法が使えるなら、さらに20枚追加。衣食住は別に保障。1年ごとに契約更改。活躍によっては1年後の再契約での上乗せあり。もちろん、下がることもある。プロ野球か。


 1年後に自由を求める場合は、自由を認めるが、その時点で臨時の金銭はなし。貯金しないとダメ。まあ、エース級に成長したら、年俸アップで翌年も契約するだろう。


 ……それだけたくさんの人を殺すってことを、みんなが本当に考えてるのかどうかは微妙なところだと思うけど。


 金額交渉では、苗場くんがすごかった。

 ちょっとどもりながらも、次々と物価を確認。王城の衛兵やメイドがだいたい年額で金貨5枚に届かないくらいらしい。

 騎士は新人でも金貨10枚、文官だと7枚と少し、ちなみに宰相さんは年額でだいたい金貨100枚、領地収入は別、とのこと。

 まあ、そんなもんだろう。宰相ってすごい。


 王都の高級な宿の安い部屋で、1泊朝食銀貨1枚程度。銀貨100枚で金貨1枚。ちなみに銅貨100枚で銀貨1枚だとか。


 苗場くんが「高級ホテルの安い部屋で銀貨1枚だから、い、イメージ的に1万円ってところか……金貨10枚で一千万円ならそれが賠償金で、の、残る者との差額で自由を買うなら、妥当かも……」とか言ってて、僕にはわかりやすかった。


 そうすると、魔法が使えて、ここに残れば金貨50枚、だいたい年俸5000万円!


 これはもはや、自由を買うか、安定を買うかという究極の選択かもしれない。いや、安定とは限らないけど。どちらかと言えば危険だけど。


 まあ、僕は魔法のスキルを選ばなかったから、今は……魔法を使えないので、心の中ではここから出て行くことに決めてるけどね。でも、たぶん、いずれ……魔法は使えるようになる、はず。そう予想してる。


 神様は、スキルの選択リストを、本人の適性で変わるって言ってたからね。僕には、3つの魔法の適性があるということなんだろう。適性があるなら、たぶん、イケるはず。


 オタグループは金額差で、出て行くかどうか、悩んでるみたい。1年だけ頑張って、それから出て行くのもありか、とか、今地くんが言ってた。


 苗場くんが、王城を出て自由に暮らす者に対して「不当に逮捕、束縛など、しないこと、という条件を」と言って、認めさせたのはすごいと思う。


 確かに、出て行かせて、それから捕まえるというやり方は抜け道になるだろう。





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