第9話 あれ? 意外と倫理の教科書も役に立ったのかな?(2)



「他にも、何か、気付いたことはない? いろんな意見があった方が、みんなの安全につながるかもしれないから」


 再び、杉村さんは、周囲を見回す。


「……あー、発言しても、大丈夫で、ござる、か?」


 自信なさげに、オタグループのござる男が手を挙げた。確か、萩原くん、だったかな。


「萩原くん、どうぞ」


「あくまでも、あくまでも、ラノベの話でござるが……魔王を倒せば元の世界に戻れると言われて、結局、魔王を倒しても戻れない、騙されてる、というパターンがあるでござるよ」


「詐欺じゃない、それ……」


 ざわっと、周囲が一気に、燃え上がる。まさに炎上。

 何よりも重要なのは、元の世界に帰れるのか、帰れないのか、だ。


 僕としては、これまでの二回の神様との話で、元の世界には帰れないと、結論付けてるんだけど、それは話せない、かな? どうだろう?


「みんな、静かにして!」


 杉村さんが叫ぶと、また、静かになっていく。うん。これ、スキルっぽい。あれだけ一気に騒がしくなったのに、ここまで急変するとか、普通はないと思う。


「萩原くん、他にもある?」


「他にも、で、ござるか……」

「あ、僕もいいかな?」


 オタグループが積極的だ。今度は今地くんが手を挙げた。さっき、宮本くんをからかっていた人だ。


 学級委員の杉村さんが仕切っていると、カースト的には立場が弱い彼らも、発言しやすい。それに、異世界転移なんて特殊な状況なら、オタグループの知識の方が役立ちそうな気もする。僕もオタ的な部分では負けてないとは思うけど。


「今地くん、どうぞ」


「たぶん、呼び出した何者かには、どうしても従わないといけないと思う」


「え? どうして?」


「こっちでは、僕たちは衣食住を確保できてないからだよ。だいたい、召喚されたら、衣食住の保障で、その代わり、戦わされたり、働かされたり、する。でも、そうしないと食べていけない」


「正論ね……」


 今度はみんな、真剣に考え込んでしまった。


「……だったら、交渉すればいいんじゃないか?」


 そう言ったのは、男子の学級委員の、由良くんだ。センター分けの眼鏡。なんで学級委員は眼鏡なんだろう。ほっそりしてるけど、背は高い。180センチ近いと思う。


「交渉?」


「つまり、戦う条件、働く条件を、話し合って決められるようにしていくってことだ」


「労使交渉みたいなもの?」

「まあ、そういう感じかもしれない」


「あ、それなら……」


 倫理の教科書を片手に発言したのは宮本くん。なんか和むね。あれ? やっぱり、倫理の教科書、役に立ってない?


「僕たちは、誘拐された……いや、拉致被害者の方がいいかな。拉致被害者として、賠償を求めるし、戦ったり、働いたりするなら、労働条件を決める。それと、呼び出した存在に従わずに、賠償で得たものを持って、この世界で自由に生きる権利もほしいよね!」


「自由に……生きる……?」


「そうそう。せっかく異世界に来たんだから、やりたいこと、やらないと!」

「さっきの、今地くんの話と、矛盾してると思うけれど?」


「あー、そうか。だったら、交渉で、選択させてもらうとか? 呼び出した誰かに協力して、収入を得ていくか、賠償金って形の一時金を得て、それで自由に生きるか」


「たぶん、拙者たちが神様からもらった……みなさん、神様に会ったでござるよね? その神様からもらったスキルはたぶん強力なものでござる。呼び出した存在はそれを利用したいのでござるから、交渉は、不可能ではないと思うでござる」


 ……たぶん、オタグループは、自由を選びたいんだろうな。いろいろラノベ知識でやっていこうって感じか。ま、僕もどちらかといえば、そっち側だけどね。


 ざわざわ、とする中、恐る恐るという感じで、手が挙がった。ぼっちオタクの苗場くんだ。確か、お昼休みに陽キャ女子グループに机を占領されてて、でも、お昼休みの終わりには自分の机だけじゃなくて、授業前に他の人の机まで元に戻してた、いい人オタ系ぼっち男子の苗場くん。


「みんな静かにして! 苗場くん? どうぞ」


「え、ええとですね、交渉内容に、訓練期間というか、研修期間というか、そ、そういうのも含めた方がいいと思います。ぼ、僕たちには、こ、こっちの世界の知識がないので。周辺の地理とか、社会制度、あ、あと、もも、文字とか、お金の単位とか価値とか、そ、相場も。し、知らないと騙されるから。それと、み、みんなも、たぶん、魔法がスキルにあったと思うけど、そ、その魔法の使い方とか、せ、戦闘訓練とかも……」


「確かに、それは必要でござるな。その、研修期間でござるか? それを終えて、この世界でどう生きるか、選ばせてもらえると一番いいのでござる」


「苗場くん、他にもある?」


「ば、ばらばらにならないように、した方がいいと思います。こ、交渉ができて、条件が決まるまでは、ぜ、全員で、一緒に。こ、交渉ができた後も、で、できればグループで。グループも、できれば、女子だけというのは、き、危険だと思います。か、必ず、男女のグループで行動した方が……」


 えー、苗場が女の子と一緒にいたいだけなんじゃないのー、というからかいが陽キャグループからきゃっきゃっと言いながら入って、苗場くんが口ごもる。


「坂下さんは、少し黙って。ここは日本じゃないし、修学旅行でもないから、私は苗場くんの言う通りだと思う。女の子がひどい目に遭うかもしれないのに、そういうことでからかわないでほしいの。じゃあ、とりあえず、みんな、それぞれグループに分かれてみてくれる?」


 杉村さんの言葉で、僕はとっさに佐々木さんと野間さんを見た。


 二人は僕を見て、それから互いに視線を合わせて、もう一度僕の方を向いて、うなずいてくれた。


「渡くん、一緒でいいかな?」

「お願いー、一緒にグループ組んでよねー?」

「あ、ああ、こっちから頼みたいくらいだし」


 ……よ、良かった。事前にこの二人に声をかけておいて正解だった。ここで余りになるのはきつい。きつ過ぎる。


「……私たちも、同じグループに入れてほしいの」

「よろしく頼む」


 学級委員の二人が声をかけてきた。


「もち、いいよー」


 佐々木さんが僕と野間さんの許可もなく受け入れた。いえ、もちろん、反対はしませんけどね。


「あと二人、呼んできてもいい?」


 そう言って、杉村さんはすばやく移動して、苗場くんと、ぼっち女子の高橋さんを連れて戻った。さすがは学級委員。責任感が強い。


 ふと、周囲を見てみると、陽キャ女子グループは陽キャ男子グループと合体してた。そのうち、いろんな意味で合体しそうだ。いや、もうすでに元の世界で合体してたという可能性は高いけど。陽キャだし。偏見か、いや、偏見ではないか。


 そして、オタグループが、女子グループに引っ張りだこになってた。最終的に3人組の女子グループの二つと合併して、9人グループを形成していた。ハーレムか。


 その一方で、ひとつ、男子4人という、どよーんと暗い感じになったグループが誕生していたが、そっちはできるだけ見ないようにした。イケメンではない脳筋系運動部グループだ。あれはあれで、異世界なら頼りになると思うんだけどなあ。


 ……オタグループのあいつら、さっきの活躍で人生最大のモテ期が来たのでは?


 そんな感じで、だいたいグループが決まったところで、閉じられていた大きな扉が開いた。


「ようこそ! 異世界の勇者のみなさま! お待ちしておりました!」


 開いた扉から現れた、なんだろう、音楽室の上に飾られてる音楽家みたいな感じの人と、その護衛という感じの騎士たち。なんだかすごく中世っぽい。イケメン神様によると中世レベルの社会みたいだけど。


 クラスメイトたちは開かれた扉に弾かれたかのように、扉から離れて下がっていく。自然と、クラスが扉に向かってひとまとまりになっていき、その中から、学級委員の二人が矢面に立つように、前に出た。


 これが初めての、僕たち、ミーツ、異世界人。





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