第8話 あれ? 意外と倫理の教科書も役に立ったのかな?(1)
光が収まっていく。
窓のない広間。すぐ近くに、佐々木さんと野間さんがいる。どうやら、教室にいた時と同じような配置で転移したらしい。
「……ほ、ほんとに、転移、した?」
野間さんがきょろきょろと周囲を確認しながら、つぶやいた。
「ママユミも神様に会った?」
「あ、会った」
「てことは、渡くんも?」
「あー……」
そこで叫び声が聞こえた。それは魂からの絶叫のような叫びだった。
「なんでっ! せっかくの異世界転移で、なんで僕は倫理の教科書をーーーっっ!」
オタグループの一人、確か、宮本くんだっただろうか。
そうか。今回の転移では、僕ではなく、彼が倫理の教科書の犠牲者になったか。
みんな、ざわざわしながらも、宮本くんに注目している。それくらいの、魂の叫びだった。視線も集まるだろう。
宮本くんと同じオタグループの男子が、近づいていく。教室と違って、机やいすがないから移動は楽なようだ。
「落ち着くでござるよ、宮本氏」
「そうそう。まだ、慌てる必要はない。転移前の物品だと、破壊不能オブジェクトの可能性だって……」
「はっ! それはっ……」
宮本くんが無造作に倫理の教科書のページを開き、力を込めた。
ビリビリッ……。
「……フツーに破れたんですけど?」
「……残念無念。破壊不能オブジェクトで最強武器テンプレではなかったでござるか」
「ぷっ。使えねー……」
「笑うなよ!? 言い出したのキミだろ!?」
「芸人枠決定?」
「い、嫌だ! それ、異世界転移で悲惨な死に方するポジションだよね!?」
「まあまあ、落ち着くでござるよ」
周囲のクラスメイトもくすくすと笑っている。
……あれ? 意外と、そこまで倫理の教科書でいじられてないな? 前回、そのまま転移しても問題なかったのかな?
いや、僕の場合、オタとはいえグループ化してる彼らとは違って、ぼっちだったからな。あんな微笑ましい感じになるはずがない。
ぼっちが陽キャグループとかにいじられたら軽く死ねるよね?
「まあまあ、夢にまで見た異世界転移でござるよ。倫理の教科書ごときであせる必要はないでござるよ」
「そうそう、僕なんて『火魔法』と……」
オタグループの三人のお陰で全体の雰囲気が落ち着いたので、他のみんなもそれぞれのグループで集まろうと動き始めた。全員ではないけど、不安そうだった人たちは明らかに減った。
結論から言えば、倫理の教科書が僕たち全員の雰囲気を変えてくれたとも考えられる。あれ? 倫理の教科書のくせに意外と役に立ってるのか?
フリーズしていた佐々木さんと野間さんもリブートし始める。
「……神様から、スキル、もらった?」
「もらったもらった。えっとね……」
「ま、待って! 佐々木さんも、野間さんも」
「へっ?」
「えっ?」
僕が制止するように掌を見せると、二人はびっくりした顔で僕に注目した。
女の子二人にまっすぐ見つめられるとか、ドキドキしすぎる。ごほうびだけど、ごほうび通り越して、ちょっと心臓痛いかも。
「す、スキルは、誰にも言わない方が、た、たぶん、いいと思うから……」
「ふえっ? なんで?」
「渡くん?」
「野間さん、ら、ラノベ的には、ほら、こっちの世界の人が、本当に味方とは、限らないし、僕たちを支配して、利用しようとしてるパターンもある、から……」
「ああ、確かに、あるよね。あ、だから、スキルは隠してた方が、対策を立てられなくさせられるってコト?」
さすがはラノベ好きの野間さんだ。わかってくれたらしい。通じる人がいて助かる。
でも、僕たち以外は、それぞれのグループで、おれのはー、とか、あたしはー、とか、スキルの話をしまくっている。
「……今の話、くわしく教えてくれるかな?」
僕たちのところに学級委員の杉村さんが近づいてきて、そう言った。元々、僕たちの近くにいたらしい。教室では僕の前の席だったし。
スカートが長く、暑くなってきたのに重ね着で下着の色も透けてない、メガネでお下げを二つ垂らしたまじめな彼女はカーストとは関係なく、高い学力を有する学級委員としてクラスの上位に位置している。
まとめ役としてのリーダー性が高い女子だ。たぶん、小中高と学級委員なんだろうと思う。偏見かも。
「す、杉村さん?」
「渡くん、さっきの話、すごく大事なことだと思うの。聞かせてくれる?」
「あー、その……」
……だ、ダメだ。佐々木さんや野間さんみたいに、ここに転移するまでにつながりを作ってきた人と違って、すっごく緊張する。
「ええと、杉村さん。私が説明してもいい? 足りないところは、渡くんにフォローしてもらうけど?」
野間さん、あなたは女神か!
「お願い」
「だからね、私たちを呼び出した誰かは、私たちを利用しようとしていると思うの。だけど、私たちが利用されたくないと思ったら、敵対することになるよね? その時に、誰がどんなスキルを持ってるかって、相手がわかってたら、対策を立てられて、戦う時に不利になるっていうのかな? そういう感じだと思う。どう、渡くん?」
「そ、そんな感じ。たぶん、相手は僕たちを何かと戦わせるつもりだと思うから。きっと、怖いから戦いたくないって人も、この中にはいるだろうし……」
「そう、なのね。戦いって……まさか、そんなことに巻き込まれるなんて……」
杉村さんは一度ため息をついてから、全体をぐるっと見回した。
「みんな! ちょっと静かにしてもらってもいいですか!」
さすがは学級委員。凛とした声が広間に響く。
ざわざわが少しずつ小さくなって、やがて、みんなが杉村さんに注目した。
「スキルについては、秘密にした方がいいみたい。まだ、私たちを呼び出した存在は接触してきていないけれど、最初は味方だったとしても、いつ敵になるかはわからないから、自分の能力はできるだけ隠した方がいいみたいなの」
それを聞いて、クラスメイトたちは周囲の人と目を合わせた。
「……でもさー、杉村ぁー。ウチら、もうしゃべっちゃったしー」
「あー、おれらもー、もう言っちまったんだけど?」
陽キャ女子グループからと、陽キャ男子グループから、それぞれ、疑問の声が出てきた。
「……言ってしまったものはどうしようもないから、聞いた人は絶対に秘密にすること。それしかないかも」
「えー、めんどー」
「命に関わるかもしれないから、我慢して」
ぴたり、とざわめきが消えた。そういう真剣さを含んだ声だった。学級委員、というだけではない、そういう強さがそこにはあった。
……まさか、何かのスキルなのかな? ありうるかも。学級委員を続けてきたことで杉村さんが身に付けた適性で、指示とか、指揮とか、そういうスキルもあり得そうな気がする。僕のスキル候補にも『説得』があったし。どっちかと言えば『詐欺』なんかが出てきそうな状態だったんだけど。
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