異能探偵
知らないベットの上でレンは目を覚ました。
ゴーゴーと唸る音。微かに揺れる体。直径三十センチほどしかない丸みを帯びた小窓があったので、見える所まで体を九十度起こすと、白く長い翼が雲の中を泳ぐのが見えた。
飛行機か大きなジェット機の中だとレンはすぐに察した。
他に乗客らしき者は見られない。床に足を着け、ペタペタと裸足の音が鳴らぬよう忍者のように操縦席へと向かった。
「眼が覚めたか? 異能探偵黒瀬憐」
気配でバレたのか、操縦席から渋い声でそう話しかけられた。何もかも知っているかのような偉そうな口調に少しイラっとしたレンはジッと目を細めた。
こちらにしばらく振り向きもせず、彼は操縦席でボタンをいくつか押すと、機体はさらに上空に登り、席を降りた。
髭を長く生やした男は年齢は六十歳かそこらであったが、長身で何かスポーツをやっていたのか、無駄な脂肪などない筋肉質な身体をしていた。
「あんた誰なの? 答え次第だとこの飛行機墜落させるよ」
「私はアラン・ピンカートン。年齢61歳。喋れる言語はだいたい20カ国程度。趣味はノンフィクションストーリーの追跡。余命半年の女の子が助かった話とか、トンネルに生き埋めにされた男たちの生還までの物語とか。特技はドライブかな。深夜の山道、ドリフトの連続で落とした女の子の数はざっと20人。ついでにお金持ち。職業は君と同じ探偵だよ」
「分かった墜落ね」
「おいちょっと待て! ちゃんと探偵って名乗っただろ?」
「そんなの噓でしょ。どうでもいい情報ばっか並べて」
レンは軽く足を曲げて立ち、スッと拳を握りしめる。
「何でそう思う?」
「探偵の組織だったDI7は崩壊、リーダー大野悟の行方も分からない。そしてボクに関する記憶がこの世界の人から消えてる……! 明らかに探偵を狙ったナニカが世界に起こってる。もうボク以外まともな探偵はいないんだ!」
「君はその『探偵の千里眼』のおかげで記憶が消えずにこうして世界の違和感が感じられるように、私も違和感が分かる。いや、正確には記憶を保存してたんだ。定期的にね」
レンはポカンとはてなマークを頭に浮かべた。
「君の傷は勝手に治るのか?」
アランは人差し指をレンの足に向ける。
右足に分厚く包帯が巻かれており、こうして無事立っていられていることに気づいたレンは拳を緩めた。
「な、何で助けてくれたの?」
「もちろん、世界を取り戻すため」
「この飛行機の行先は?」
「この飛行機じゃない。シークレットジェット。自動操縦にステルス機能、全てがファーストクラスで背中の太陽光パネルで無限に飛び続けられる最新ジェットだ。行先はエジプト。知り合いの探偵が多分そこにいる」
アランは腕に巻いていた黒い電子機器の画面を2回触ると、「目的地 エジプト 進路を変更します」と女性の電子声が聞えた。
「ボクやキミみたいなイレギュラーな探偵なんてもういないでしょ……? 探すだけ無駄だよ。それより2人でどうするか考えた方がいいよ」
「世界を一瞬で乗っ取れるほどの敵。この地球規模の謎。仲間が必要だ」
レンは彼に背を向けて先程まで寝ていたベットに入り直した。
「――――これは夢だな」
頭まで隠れるほど深く布団を被って目を閉じた。
「おい! 二度寝か?」
「違う! うるさい! 目を覚ますの!」
「ならシャワーの方がいい。それとも私の見立てでは、」
ぐぎゅるるううるるるる。
レンは布団の中でお腹を両手で押さえた。
「そう。食事の時間だと思うのだが?」
「……日本食がいい」
「はぁ……わがままさんだな~少し変わった探偵ってのは」
そう言ってアランが用意してくれたのはカップラーメンだった。
「あの、どういうこと……?」
「あぁ。3分待つんだ。固めがいいなら2分ってとこだ」
「いやそういうことじゃなくて。日本食は?」
レンは割り箸でカップを叩きながらアランを問いただした。
「日本のメーカーのヤツだぞ?」
「もういいよありがとう」
やっぱりだ。
ブーメランなのはわかってるが、探偵と名乗る奴にろくなやつはいない。
レンは早々に会話を打ち切り、1分も経たぬうちにガサガサの麺を啜った。
「で、この事件の犯人の話だが、僕は世界人口約90億人の誰かさんだと思ってるんだ。名推理だろ?」
アランはナノ粒子を空中にバラマキ、世界地図を描いて見せた。
「探偵辞めたら? ボクの推理の方が賢いよ」
「それは是非とも聞きたいね」
「犯人は宇宙人なんだよきっと。未知の力で人間の記憶を変えたんだよ……」
「なら飛行機に乗ってる場合じゃないな。ロケットに急いで乗換だ」
「あぁ頑張って。ボクは地球の留守番を頑張るから!」
レンはそう言って前に顔を突き出してアランに舌を見せた。
「先が思いやられるな」
「それだけは共感」
シークレット・エージェンツ ミステリー兎 @myenjoy
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