シークレット・ミッション

プロローグ

「はぁっ……! はぁっ……! はぁっ……!」


『緊急警報! 警戒強度段階最大! 侵入者です』


「クソッ…………!!」


 暗くて狭い通路を走っていた。

 右も左も上も下も分からない。どこを走っているのかも分からない。


 白銀のショートカットに肌は人形のように白い、ボロボロの黒スーツが特徴的。端正な顔立ちで美のつく少女の一人の探偵、黒瀬レンは息を荒げながら一心不乱に駆け抜けた。


 ここは、DI7(Detective intelligence)と呼ばれている日本にある大きな探偵事務所のロサンゼルス支部。2040年頃に警察組織に代わった大組織である。

 正確にはというべきだったか、ここはもう探偵という名を被った犯罪組織へと成り替わってしまった。

 原因は分からない。誰が犯人なのかも見当が付かない。何十年という月日が経っていたわけでもない。

 精神や脳みその異常を何度も何度も疑ったが、絶対と言っていいほど自分は正常だった。


 一言で説明するならば。

 目が覚めたら自分の知っている世界が無くなっていたのだ。

 

 場所や人は全く同じ。

 ただ、常識や他の人の記憶が改変されていたのだ。


「これさえ盗めれば……!」


 ガラス箱を壊して手に入れたUSBメモリを強く握り、目の前のガラス窓を強引に割りながら地上に身を投げた黒瀬レンは靭帯を捻っても、たとえ骨が折れていたとしても、足を止めることはなかった。

 

 空港に着いたレンは運行状況を確認すると絶望した。

 大型台風の接近によって飛び立てる飛行機は一機もなかったのだ。

 しかし。

 その絶望は一瞬で無くなった。


 変な話だった。絶望に慣れるというのは。


 滑走路に飛び出したレンはプライベートジェットを盗み、エンジンをかけた。

 豪雨で前が見えない中、スピードを限界まで上げ、空を掴んだ。

 進路は決まってなかった。

 

 ――もうこの世界に居場所などどこにもないのだから。


 高度5000フィートを確認したレンは自動操縦に切り替えた。

 全身の擦り傷や刺傷、銃弾による流血を手持ちの傷薬と包帯で無理やり処置し、そのまま眠りについてしまった。



◇◇◇



 目が覚めると、そこは砂漠だった。

 おそらく暑さと流砂が顔にまとわり起きたのだ。

 乗ってきたプライベートジェットはエンジン切れを起こし、奇跡的にも砂漠のカーペットに墜落。レンは窮地に一生を得たというわけだ。

 

 周りを見渡しても、景色は変わらない。

 砂漠一色の世界にレンは何故か安心していた。

 このままもう一度眠りにつきたい気分だったが、食料と水を求めにジェットを降りた。


 思い返せば、怒涛の一週間だった。


 目が覚めたら、自分の存在そのものが世界から消えていた。

 仲間を訪ねても、自分のことを知らない、誰だの一点張り。

 探偵としての経歴もネット上のすべてから無に帰していた。

 それどころか、黒服の男たちに命を狙われ、一睡も出来なかった。


 最後の頼りとして、DI7に保存されているかつてのリーダーの能力の一部、記憶のバックアップメモリをなんとか盗むことに成功したが、正直精神的にも肉体的にも限界を迎えていた。



「何日ぶりだろう…………ふかふかのベッドなんて…………」



 レンは果ての無い砂漠の中で静かに目を閉じた。

 右眼の能力『探偵の千里眼』。普段は包帯をして隠しているのだが、一週間前からは常時発動中だ。

 レンは果ての無い砂漠の中で静かに目を閉じた。

 最後に視えたものは『光のない真っ暗な闇』であった。





 全てにおいて手遅れであり、全てにおいて勝ち目がない。全てにおいて変わってしまったこの犯罪色のこの世界。


 これは全てが既に完了してしまった地球規模の大犯罪に、かつて名探偵と呼ばれた者たちが平和を取り戻す物語――――。

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