第9話 二人で一人

「みゆきとあやめ」

 いわゆる、

「恭子と真理子」

 は、お互いに似たような境遇で顔もよく似ている。

――ひょっとすると、真理子さんは自分と似ていなければ、秋田のような下衆な男の毒牙にかかることはなかったかも知れない――

 と真理子は思ったが、それは違うだろう。もし、恭子の存在がなくとも、秋田にとって毒牙に掛けやすいと思ったのであれば、最初から狙ったに違いない。

 それは恭子くらい頭の回転が速ければ容易に分かることに違いないが、どうしても、真理子が気になってしまう。顔が似ているということにこだわっているのは、恭子の方だった。

 真理子の方は意外と恭子を意識しているわけではない。同じ相手からひどい目に遭ったという意味での同族意識のようなものはあるが、それ以上の意識はない。それよりもサトシの記憶が何とか戻ってほしいという意識の方が強く、それには恭子の存在はありがたいのではないかと思ったのが、真理子の恭子と一緒にいる理由である。

「観光するのであれば、私も行こうかな? サトシさんにもいろいろ見せてあげたいとは思っていたので、そういう意味では一緒に行けるのは好都合だわ」

 と言った。

 恭子はその言葉を額面通りに受け取り。

「それはありがたいわ。地元の人が案内してくれるのであれば、それに越したことはないよね」

 ということで、まず最初は、

「北の方から行ってみましょうか?」

「井倉洞とか、備中高梁とかかしら?」

 「ええ、そう、新見から下がってきて、最後は倉敷にいければいいわね」

 ということで、少しハードかも知れないが、翌日は少し早めに起きて、行動することにした。

 岡山から総社を抜けて伯備線に入る、新見の手前の井倉駅まで行って、そこから徒歩で軽く歩いたところに、井倉洞はある。

 ここの鍾乳洞の規模は結構大きくて、広さよりも、その立体的な大きさに魅力があるのだという、なるほど、出口は山の上にあるということで、結構歩くだけでも運動になりそうだ。

 途中の足元のおぼつかない場所もちょこちょこあり、三人は、やっと進むことができるくらいのぬるぬるした足元に気を付けながら歩いていた。

 すると、途中でサトシさんが苦しみ出した。

「どうしたの、サトシさん」

 と、真理子は心配しながら、途中の求刑できそうな場所を見つけ、そこに腰かけさせ、左右からサトシさんを囲む形で、二人も腰かけた。

「どうしたのかしら?」

 と真理子は心配しているようだが、

「これは何かを思い出している証拠なんじゃないかしら? 思い出すにはきっと超えなければいけない壁があって、今彼はその壁に手をかけているのかも知れない」

 と恭子は言った。

 中学時代に恭子は、やはり記憶を失った友達がいたのだが、その友達の記憶が少しずつだがよみがえっていった時、ちょうどこんな感じだったことを思い出していた。

――あの時も、生みの苦しみのようなものがあったんだっけ――

 というのを思い出してくると、ただ、オロオロと落ち着かない真理子に比べて、恭子の方が幾分か落ち着いていた。

「ねえ、サトシさん。何かが見えてきたの?」

 と声をかけると、息も絶え絶えにサトシは。

「弟が、弟が、ううう……」

 と言って、唸っている。

「弟さんがどうしたの?」

 と、恭子がまた声をかける。

「こっちを向いたあいつは、真っ赤に染まっていたんだ。こっちに向かってくる。ああ、このままだと殺される」

 と、言って、頭をもたげ、泊らない震えを最小限にしようとしてか、まるで饅頭のように身体を丸めるのだった。

「どうやら、弟さんが自分に向かって襲い掛かっているような様子ね。でも、その弟さんが真っ赤に染まっているというのは、どういうことなのかしら?」

 と真理子が冷静に分析をしていた。

「ひょっとして、誰かを殺したところをサトシさんに見られたんじゃない?」

 と恭子は言った。

「じゃあ、殺したとすれば、秋田ということになるのかしら?」

「そうなんでしょうね。でも、それを兄に見られたからと言って、兄を襲うかしら?」

「それは分からないわ。だって、弟さんが秋田を襲ったのが、兄のためだとは限らないでしょう? もし兄のために襲ったのだとすれば、本末転倒な気がしない?」

「でも、あくまでも、秘密裏に行った殺人だったとすれば、見つかってしまっては、最初からの計画は水の泡なので、殺そうとしても無理もないかもよ?」

「そういう意味でいけば、殺人が計画的であり、その毛格が見られたことですべてが狂ってしまったのであれば、兄であっても、殺しにかかるのは分からなくもないわ。そこで気になってくるのは、さっきニュースでやっていた、秋田の名刺を持って服毒をしたという人、あの人が弟だったとすれば? それなら辻褄が合うんじゃない?」

「そうか。弟が兄のためにすべてを計画し、まずは秋田を殺し、それを見られたことで、兄をも殴ってしまった。もちろん、衝動的なもので、死ななかったのはいいけど、記憶を失わさせたことで、罪悪を感じ、自殺をしようとしたということであれば、納得がいくわね」

 という恭子の意見に、その時の二人は行き着いたようだ。

 そんな話をしていると、サトシの苦しみはいつのまにか止まっていて、

「そうか、そうだったんだ?」

 とサトシは何かを思い出したようだが、

「俺はてっきり、俺が秋田を殺したと思っていたんだ。それを弟に見られて、争いになって、そこで頭を打って、記憶を失ったんだってね。弟が毒を飲んだのだとすれば、それは罪の呵責に耐えられなくなってのことではないだろうか?」

 と言い出した。

「思い出したの?」

 と真理子がいうと、

「何となくだけど、そういう意識が頭の中にあったんだ」

 というサトシに対して、真理子は手放しに記憶が戻ったことを喜んでいた。溢れ出る涙を隠そうともせず。臆面もなく彼に抱き着いてもいた。

 しかし、恭子の方はどうにも納得がいっていないようだった。冷静な目で二人の様子を眺めていたが、

「サトシさん、あなた、本当にそう思っているの?」

 と聞くと、

「ああ、そうだよ。僕は弟があの男を殺しているところを今思い出したんだ。そして、僕にも襲い掛かった。それが真実なんじゃないのかな?」

 というと、

「そうかしら? 確かに秋田を殺したのは弟さんかも知れないわ。でも、最初に殺そうとしたのはあなたではないの? 逆に弟さんはそれを止めに入った。あなたは、その後の都合のいい場所だけを今思い出したのよ。そしてその機会に自分が殺そうとした事実を何とか隠そうと試みた。でも、今あなたの中で、何かが違っていることを分かっているのよね? そう私が現れることは計算外だった。だから今、本当はどうしていいのか分からない。もう少し後になって記憶を戻して、真理子さんだけを説き伏せるつもりだったけど、私が現れたので記憶を呼び起こすのを段階的にしようと思った。今何かを思い出しておいて、そして数日後にはまた別の記憶が思い出される。でもすべてが真実というには、どこかが抜けている状態にして、私たちの考えを逸らそうと思ったのね。それだけあなたは、私と真理子さんが一緒になって考えることを恐れていた。つまり、会わせたいなんて言っておきながら、絶対に会うことはないように計画を立てていたんだけど、まさか自分が記憶を喪失しなければならなくなってしまったことで、その計画は狂ってしまった。だから私の出現をあなたは恐れるあまり、こんな中途半端な気おkの戻し方をしなければいけなくなった。ただ、私が弟の話をしたことで、自分の計画がやりやすくなったと思ったんでしょうね。それは間違いではなかったわ。あなたの本当の間違いは……」

 と恭子はそう言って、少し黙ってしまった。

 それを聞いたサトシはオドオドしながら、

「何が言いたいんだ?」

「あなたの失敗は、私たち女性の気持ちを理解できていなかったことなのよ。あなたは私も真理子さんも、ソープの女だから、うまく心をコントロールできると思っていたんでしょうね。確かにそれは成功していると思う。でも、女性同士の気持ちの交差までは計算していなかった。私が真相に少しでも近づけたのは、あなたに対しての思いが、そのまま真理子さんへの嫉妬に繋がったの。今は真理子さんがあなたを全面的に信用している、だから私は逆にすべてを疑ってみたの。そうするとあなたの計画は結構穴だらけ。結構分かりやすかったわ。真逆を考えればいいんだからね。それが辻褄が合っているんだから、ビックリよね。でもね、もし私があなたを信じていたら、逆に真理子さんがあなたを疑うわ。結局同じことなの。あなたの失敗は、一つの計画に、二人の女を巻き込んで、しかも一緒にしてしまったことよ」

 と真理子は言った。

 事件は、恭子が推理しなくとも、弟の意識が戻ったことで、明らかになった。

 実は秋田とサトシはグルで、秋田に騙されてソープに行った二人を監視するという意味でサトシが雇われた。秋田は、ほとぼりが冷めたら戻ってきて、また悪だくみをしようと思っていたようだが、そのためには二人の女を監視する必要があったのだ。

 弟はそんな計画を知り、兄を罵倒した。秋田を殺して、自分も自殺をするくらいのつもりだったが、サトシは、弟の覚悟に恐怖を感じ、自らが秋田を殺そうと考えたらしい。

 少し曖昧な部分もあったが、事件はこれで解決だ。

 サトシが本当に恐れていたのは、真理子の存在だった。最初にみゆきを見た時、

「あやめ」

 と思わず叫びそうになった時のあの恐怖、相当怖かった。

 だが、逆に秋田の方は、恭子を恐れていた。逆の真理で、真理子を見た時に、

「恭子」

 と言ってしまいそうになった自分が怖かったのだ。

 この事件の失敗には二つがあった。

 一つは、サトシと秋田の間での殺人の動機が曖昧であったということ、結局はハッキリとした動機をサトシが語ることはなく、憶測として二人の間にある異常な性癖ではないかと言われている。

 だが、この事件の根底からの失敗は、この計画において二人の男が恐れていた女性が、そもそも違ったことにあったのかも知れない……。


                  (  完  )


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二人一役復讐奇譚 森本 晃次 @kakku

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