第20話 謎のメイド長――東北出身新人探索者

「ユニーク……それにメイド長?」

「そうです……」


 ここで白雪と名乗った女性はため息をつく。


「……そうでなければわざわざこんな格好はしませんよ」

「……なるほど、ジョブの特性か……」


 例えばユニーク、とまでは行かなくてもそこそこ珍しい侍ジョブは、刀を装備しないといけない。ハッカー、はノートPCが必須で、そのためにヘビーデューティー仕様のノートPCを特注してダンジョンに持ち込んでいる。

 特殊なジョブであれば、それに対応した装備が必要になるという話は男たちの知識にもあった。


「詳しくは私の強みや弱点の話になるのでお話できませんが、この子たちは私が召喚した部下です。なんせメイドなので」

「そういうことだったのか……てっきり子供を連れてるんだとばかり……いや、あの戦闘力で子供のはずはねえな……」

「ご理解いただけたようで、では私はこれで……」


 そう言って、メイド長白雪とお供の3人は北へと去っていく。


「はあ……」

「すげえのが出てきたな……」


 男たちは、茫然として彼女たちを見送るのだった。



「ねえ、あんな感じでいいの?」

「完璧です和之様」「いつもと違~う」「……だいじょぶ」


 当然のことながら、謎のメイド長白雪真央とは、謎のメイド探偵白井和之の変装した姿である。そして、その変装はフランの暗躍によるものであった。

 元々普段は変装メガネを使っており、服装も外に出るときは基本学生服が多い。仮にメガネを外した姿を誰かに見られても、「かわいい男の子」の域を越えないだろう。

 そこで、いっそのこと素顔にカツラで長髪にし、なおかつフランの手による薄化粧をすることで、完璧に「美人な女性」になりきることで、他人であるという印象を与えることにしたのだ。

 なお、探索者の許可証だが、こちらは実際に大阪市内に在住の「白雪真央」という人物が存在する……ようにフランが戸籍を改ざんした。東北の孤児院出身で、今年18歳という設定だ。今の住所は架空だが、そのうち稼げるようになったら実際に小さいアパートを借りようとフランはもくろんでいた。

 そして、ジョブに関しては「メイド長」とすることで小人のメイドがダンジョンについてくることに関して言い訳をすることにした。実際に召喚士や陰陽師、死霊術師などとモンスターを配下にするジョブは存在するので、ユニーク、と言い添えておけばごまかせるだろうという目論見だ。

 そんなわけで、ここ、芦ノ原から遠く離れた地に新人女性探索者白雪真央が登場することになった。


「でも、Cランクって聞いていたから心配だったけど問題ないみたいだね」

「当然です。この程度であれば向こうの世界の森林のモンスターより弱いです」

「へえ、そうなんだね」


 和之がこれまで聞いてきた限りではやはり向こうは危険のようだ。


「じゃあ作戦通りにやっていこうか……」

「はい」


 作戦、とは多くの人目に付くこと。

 そして謎の「メイド長」の姿を宣伝することだ。

 毎回毎回さっきのように絡んでこられたら面倒なので、ある程度の人に広め、そして自然に噂が広まって当たり前の存在になることが目的だ。

 そのために、わざわざオープンな空間で遠くからも姿の見えるここ天王寺動物園中ダンジョンにやって来たのだった。

 もちろん、ここ大阪には他にも多くのダンジョンが存在するという事情もある。ダンジョンは人口の多い地域に多く存在する傾向がある。

 ならば東京は、となるのだが、東京は首都機能があるため常にダンジョンの攻略が盛んにおこなわれている。短期間にダンジョンをボスまで攻略し続けるとダンジョンは一定期間休眠状態に入る。

 首都の機能を維持するために、東京では中心部の大きなダンジョンは軒並み休眠状態を維持されており、一般のダンジョン探索者が活動するのには不適だ。

 そうした休眠状態に維持するために国や大手探索者企業が常に攻略を行っているので、それらの所属でない探索者の活躍の場があまりないのだ。

 ということで、大阪は今日本で一番ダンジョン探索が盛んな地域、ということになる。


 そして、その日は結局ダンジョン内を歩き回って、多くの人と邂逅して和之たちは探索を終えた。当然、誰も傷一つ負っていない。


「じゃあ、お願いね、送還」


 入り口近くに戻ってきた和之は、近くをフラフラしていた小鳥を視界に入れ、ハルカにお願いする。小鳥はハルカの使い魔なので向こうで見えているはず。

 ほどなくして、床に光る魔法陣が現れ、レーネ、カナ、ヴィキはその中に消える。

 そしてその場には和之一人となる。

 さすがに入り口近くなので、多くの探索者がおり、彼らの目にも小さなメイドたちが消えたのがわかり、なるほど、あれは召喚されたものだったのかと納得する。

 これもメイド長としての偽装パフォーマンスだ。

 そして、床に置いた大きな背負い袋を拾って、あたりを見回す。

 人々の注目を浴びているのに気づき、一礼し和之は入り口から外に出る。


 動物園中ダンジョンは人気なので、管理局分室もとても大きく三階建てだ。

 中に窓口やダンジョン入出記録端末だけではなく、二階に大きなフードコート、三回にはシャワーや時間借りできる休憩室などもある。二階にはついでに土産物屋もあり、探索者以外の出入りも多い。

 そして重要なのだが、一階には外部業者の買い取り所が軒を連ねているのだ。

 どれも、管理局内のテナントに入ることができるぐらいの信用がある業者だ。

 和之はそのうち1軒の窓口に近づく。


「いらっしゃい。お客さん、初めてだね」

「ええ、そうです」

「良く俺のところに来てくれた。ちょっとサービスするよ」


 やはり、美人を生かすなら若い男のところ、ということだろう。

 そのことは入る前に目星をつけておくことになっていた。

 ここまで、和之はフランのシナリオ通りに事を運んでいる。万が一にでもボロが出ないように、入念にいろいろな状況に応じてすべきことを叩き込まれているのだ。

 なにせ、この白雪モードでの探索者の活動がうまくいくかどうかで、和之たちの生活が一変してしまうのだ。

 チェックリストの中に、「事前に買い取り所の担当者を見ておくこと」というのが含まれていた。


「では、お願いします」


 ドン、と大きな背負い袋をカウンターの上に置く。

 見た目にたがわぬ重さだったが、今日の時点ですでに9レベルとなった和之は、力も相応に上がっている。

 そう、上がってしまっている。

 何か問題が? いや、大問題だ。

 だってここはダンジョンの外、レベルの影響は本来ないはずなのだ。

 だが、これはいくつかのダンジョンの周囲で見られる現象で、研究の結果、かつてダンジョンだったことがある場所では起きるらしい。

 ここ動物園中ダンジョンも、かつて拡大が起きたことがあり、その結果管理局の建物内では探索者の力が使えるのだ。

 そういうことで、不審に思うこともなく買い取り所の男は荷物を受け取る。


「中のもの全部でいいか? 私物とかは混じってない?」

「問題ありません。それは全てドロップ品ですから」

「結構稼いだねえ……じゃあ整理券出すから終わったら呼び出すぜ」

「はい、お願いします」


 そして、買い取りの待合所で座っていると、当然周囲から注目を浴びる。


「おう、新人か?」

「はい、よろしくお願いします」

「なあ、どこに住んでんの?」

「それはさすがにプライベートなので……」

「新人だよな? 出身は?」

「ええ、東北の方から出てきたばかりで……」


 やっぱり周りに人が寄ってくる和之であった。

 ダンジョン内では、不文律としてあまり長い接触はしないことになっているので、ここぞとばかりに男が寄ってくる。

 すました顔をして応対するように努めるが、だんだんしどろもどろになってボロが出そうになって困っていた時、救いの神が現れる。


「ちょっと、そんなに群がったら二度と来てもらえないよ。せっかく新人なんだから大事にしなよ」


 声をかけてくれたのは、背の高い女性だった。

 知られている探索者なのか、顔を見ても誰も言い返すことなく散っていく。


「ふう、ごめんね。ひどい奴は締めてるんで残っているのは悪い奴らじゃないんだけど……」

「いえ、ありがとうございます」

「いやあ、それにしてもかわいいねえ。それに若い。ようこそ探索者の世界へ、あたしは加藤静江、大阪近辺の探索者じゃ、まあ中堅ってところだ」


 背が高く、そして体格も良いようだ。今は探索から帰ってすでにシャワーを浴びた後なのかいい匂いがする。そして上下ジャージというのだから装備もロッカーに預けた後なのだろう。


「わざわざありがとうございます。これから私も大阪でやっていこうと思っています。白雪真央です」

「へえ、白雪ってのはきれいな苗字だね。またなんかあったらよろしくな」


 そう言って去っていった。

 別に彼女は和之に絡むのが目的ではなく、困っている新人を放っておけなかったようだ。いい人に出会えて幸運だな、と思っていると買取所から呼び出される。


「えっと、これが明細、総額はここね。問題ないか?」


 和之が見ると、20万円に近い金額が印字されていた。

 具体的な額を口で言わないのは周囲で耳をひそめている探索者や同業者がいないとも限らないので買取所としてはいつものことだ。


「はい、問題ありません」

「よし、じゃあサインをお願い。それと探索者証を出して」


 探索者買取所はネットワーク化されていて、探索者証で金銭のやり取りを行うことができる。取り出した探索者証には、これも架空の白雪真央名義の口座が登録されていて、そこに対する振込ということになる。


「はい、じゃあまたよろしく」


 そして、和之は収入を得て窓口を去る。

 その足で外へ……ではなくトイレに向かう。

 危ない。

 つい男子トイレの方に入りそうになってしまった。

 気が付いたものの、女性トイレに入るのには若干抵抗があったが、あらかじめ決めてあったことなので、仕方なく女性トイレに入る。

 うまいことに誰もいない。

 これは女性探索者がやはり割合として少ないことの影響でもある。


――これならこの場で……


 あえて個室に入ることなく、和之は変装を解いた。


「『リカバー』」


 そしてメイド衣装はたちまち普段の服装――ただそれもブルーのワンピースだったし、髪も長髪で女装のままだったが――に変身する。

 そして、その魔力を感じ取ったハルカによって転送陣が発動する。

 和之はその転送陣に足を踏み入れ、屋敷に帰還する。

 だが、その様子を見ていた者がいる。


「へえ……」



「疲れたー」

「お疲れ様です」


 和之は執務室のソファでだらっとしながら、レーネに濡れタオルで化粧を落としてもらっている。すでに長髪カツラは脱いでいるが服装はワンピースのままだ。

 カツラに櫛を入れながらフランが声をかける。


「だが、これで十分な収入を得る見込みは立ったな、ご主人」

「そうだね、バイトもやめることができるかな」


 元々、アルバイトは高校生にはちょっと辛いのだ。

 それは時給が抑えられているということと、時間の自由が大学生に比べると効かないことが大きい。いくら和之のような孤児出身者がそれなりに多くなっているとはいえ、高校生の労働環境が改善されたわけではない。


「当面は、大阪方面で人気のないところを回ろうか」

「あれ? 人目の多いところは今日で終わり?」

「うむ、あとはネットの噂なんかで勝手に広まっていくだろう。だから次からはもう少し気を抜いても大丈夫なはずだ」

「そうか、それは良かった」

「だが、まだ新人だからもう一回連休中に行ってもらおうか」

「今日明日はゆっくりさせて、まだ宿題が残ってるんだ」

「うむ、では……」


 と、このように謎の新人メイド探索者が大阪に出没することになった。

 

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シラユキ君と7人の小人……姿のメイドが現代ダンジョンを探索して洋館で生活する話 春池 カイト @haruike

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