二、夜の館

 女と私、共に無言で館内を歩く。先を行く女に付いていきながら、私は初めての感覚を味わっていた。

 天井に吊るされた行燈のような明かり。見晴国では見たことのないくらいに明るいそれは、等間隔に吊るされて光を放っていた。

 しかし、その間隔が広く照らしきれない部分が多い。よって何回も私は暗闇に足を踏み入れることになり、不思議な怖さを感じざるをえなかった。

 それに加え、足元の感触にもそわそわしてしまう。動物の毛のようなふわっとした布が床には広がっていて、若干の浮遊感があった。

 こちらに関しては謎に夢中になるモノがあり、少し足が沈む感覚を味わうために踏みしめがちになっている。

「……おぉ」

 ここは見晴国とは異なる国の文化が詰まった館の中だ。天井、床に関わらず、至る所に見たこともないような調度品や装丁が見て取れる。

 金色が輝く装飾の施された服を身に着けた男の絵、人の丈と同じくらいありそうな両刃の刀、謎の壺、これは……十字架か。

 とにかく様々なモノが飾られていて、この空間の雰囲気を混沌としたものにしている。

 私は芸術に詳しい方ではないが、明らかに価値があり、値段が張るモノばかりであることは分かった。

 興味深くはあるが、迂闊に触れてしまえば目の前の女にふんだくられそうなので、細心の注意を払っておく。出来るだけ中心を歩いて女の背中を追った。

 それから何度か曲がったのち、女が歩みを止める。追いついて女を見れば、こちらに一瞥だけくれて扉に手をかけた。

「コハリ師様をお連れいたしました」

 女はそれだけ言うとすぐに扉を開ける。さっと目の前で扉を抑え、中へどうぞと視線で示してきた。

 主の前では一応の体裁は整えるらしい。この場のみ、ひとまずは安心と言えるだろう。

 室内に足を踏み入れる。まず視界に入ったのは、先ほどまでとは比べ物にならないくらいに大きい照明。

 さらに、とてつもなく縦に長い机も目立つ。四辺に椅子が備え付けられており、大人数で集まって話し合いでもする場所なのか、と思った。

 そして長机の向かい――丁度私と対を成す位置に一人、先ほど見た絵と同じような服装の男が立っていた。大きな硝子がはめ込まれた壁を背にしており、月光が室内に注ぎ込んでいて幻想的だ。

「コハリ師様、お待ちしておりました。此度は私どもの依頼を引き受けてくださり、誠にありがとうございます」

 男は私に向かって慇懃な態度で出迎えの言葉を口にすると、静かに頭を下げる。

 胸に手を当てるのは異国の礼儀作法なのだろうか。

「デーラント・シサー侯爵、本日はお招きありがとうございます。……誠に恐縮ではございますが、様はやめてはいただけませんか。私はただのコハリ師でございます」

 見晴国式のお辞儀で頭を下げ、「コハリ師と、お呼び頂ければ」と続ける。

「そうか、では夢殿と。私のことはデーラントでいい」

 どうやら侯爵は変わった性格の男らしい。一瞬で柔らかな雰囲気を作って言う。こちらとしてはやりづらいので困るのだが……

 チラッと後ろの女を見れば、先ほどよりも険しい視線を送ってきている。

 これは「名前呼びなど失礼な……」ということか。それとも「主の言うことを聞け!」ということなのか。

「……では、デーラント様と」

 迷った末、それだけ口にする。すると侯爵は満足そうに笑みを浮かべ、「そちらに腰かけてくれ」と言った。

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下コハリの手帖~見晴国怪異譚~ 桃波灯紫 @sakuraba1008

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