第4話

君たちはまだ、その世界のひな鳥だ

自分一人ではうまく飛べない。

それでも、成長するにしたがって、うまく飛べるようになるだろう。

自分の能力をうまく発揮できるだろう。


君たちには、大切な人はいるかな?

お父さん、お母さん、おじいさん、おばあさん。きょうだい、友達

大切な人を思う気持ちも、大切だ。

それがあれば、必ず、その力をコントロールできる。

その人を思うと、胸が温かくなるだろう?

その気持ちを、いつも持ち続ける事だ。

そして、自分の能力を、より高める事を誓う事だ。

君たちが、他と違うのは、君たちが、他の人のために使う能力を持ち合わせているからなのだ。

万人のためになる。

それが、君たちの使命なのだよ。

だから、他の子と、違うと感じるかもしれない。

皆の輪の中に入れないと感じるかもしれない。

それは、仕方のない事なんだ。

それでも、君たちは確かに愛されていて、必要とされている。

それを忘れないでほしい。

君たちは、他の子よりも劣っているわけじゃない。

優れているわけでもない。

ただ、乗り物が違うのさ。

遊園地に行って、観覧車が好きな子もいれば、ジェットコースターが好きな子もいる。

高い所が好きな子もいれば、狭い所が好きな子もいる。

もっと大きく、広い目を持てば、君たちと同じような世界を持つ子供はたくさんいるはずだ。

君たちが、出会ったようにね。

決して珍しい事ではないのだけれど、子供の世界はまだ小さい。

その小さな世界の中で、絶対数の少ない中で、自分だけが一人になっている様な気がしているだけさ。

その、思い込みを取っ払ってみれば、世界はとても広くて、案外、小さなものだ。


乗る乗り物が違うだけで、君たちは同じ世界にいる。

ジェットコースターから見える風景も、観覧車から見える風景も、どちらも価値のある物だ。

それを認め合えれば、世界はもっと豊かになる。

君たちがその、最初の子供であるように、祈っているよ。

君たちは、私たちの小さな頃にとてもよく似ている。


ああ、本当に

普通の人間でいるという事は、なんと難しいことなのだろう。


二十年後


喫茶店にて


「ホント、あの四人にはしてやられたって感じよね」

そう言ってアイスコーヒーのストローを動かしているのはアヤカである。

「俺らの貴重な時間を返せって感じか」

バンリはホットのブラックコーヒーを飲んだ。

「まぁまぁ、あれがあったから皆と出会えたんだし、ボクは感謝してるよ?」

そう言ったのはエイタだった。

「私も、あの時間が無かったら……今、生きてなかったかも……」

そう言って青ざめて口元をハンカチで隠した。

「あああ、カナさん、落ち着いて。ほら、そろそろハーブティーが飲めるよ」

そう言って慌ててエイタがカナのカップにハーブティーを注いだ。

「遅れてゴメン!」

そう言って、後から走って来たのはダイスケである。

「遅いぞ」

そう言うバンリに、昔と変わらない笑顔を見せて、ダイスケは大きな封筒をテーブルに置いた。

「面白い物見つけたからさ、皆に見せたくて」

 アヤカは動物学の研究者、バンリはエンジニア、カナは画家、エイタはオペラ歌手になっていた。ダイスケはサッカー選手になっていた。全員が世界を飛び回って仕事をしていて、五人そろえる事はあまりなかった。その日は貴重な一日になっていた。

「で、面白い物って?」

「これこれ、」

そう言ってダイスケはパソコンからプリントアウトしたらしい、何枚かの画像を出した。

「トーマス・アルバ・エジソン、レオナルド・ダ・ヴィンチ、それと、平賀源内」

「アル、と、レオ、」

カナが言った。

「で、源内?」

エイタが首を傾げる。

「平賀源内には様々な名前があるんだ。そのうちの一つが、

バンリが説明する。

「李山」

アヤカが言った。

「あの時の三人はこれだったのか」

ダイスケが言った。

「俺は、あの時に気付いていたけどね」

バンリが小さく付け足した。

 実は、五人はあの時のことをあまりよく覚えていなかったのだ。お互いのことは覚えていたが、その時居た、お茶会の相手のことはよく覚えていなかった。うっすらと記憶の片隅に在るのだが、顔や名前がはっきりしない。

 それが、最近になって記憶が戻ったように、顔と名前を思い出したのだ。記憶力の良いバンリにはそれが不愉快だったのだろう。

「本当に、あの汽車は時空を超えたんだねぇ」

アヤカがしみじみと言った。

「そういえば、あの、最後に現れた黒い帽子の人……」

カナが言う。彼だけは名前が分からない、だが、もう分かっている気がした。あの汽車に乗っていて、黒い帽子、黒いコートの……

「宮沢賢治!」

その時五人は、汽笛の音を聞いた気がした。

 五人は顔を見合わせて笑った。

 あの日、どうして自分たちがあの場所にいたのか、それは今でも解けない謎だ。それでも、確かなことは、あの日の出来事があったから、自分たちは今ここに在るのだということ。

 あの日の約束のように、世界を変えられるのか、それは分からない。しかし、自分たちがここに在ることで、何かが変わったのかもしれない。少なくとも、あの日を境に、自分たちの世界は、悪くはないもの、に、なった。そして、大人になった今、あの頃見ていた世界が、本当に小さかったのだと思う。そう、彼らが言っていたように。その小さな世界で泣いたり、笑ったり、落ち込んだり、退屈を感じたり。そういうことも、きっと大事なことなんだろうと。それがあったからこそ、自分たちはその殻を破ろうと必死になった。あの時、あの場にいた誰もが感じたことは、自分たちで、自分たちの生きる世界を輝かせることができる、ということだ。もちろん、その気があれば、そいう条件付きだが、自分たちは十分にその気があったと言える。

 そして、今もあるのだ。

 自分たちが、正に、先駆者となるために。日々、闘っていると言える。何よりも、この世界を、つまらないもののままにしてしまいそうな、自分自身の心の弱さと。


昔は孤独があった。

今はもう無い。

どんなに離れていても、繋がっていると思えるから。

大切な誰かに。

同じ志の仲間に。

光り輝く、心躍るような未来に。


「じゃあ、そろそろ」

「そうだね」

「また、会おうね」

「そりゃ、もちろん」

「またね」

そう言って、まるで学校の帰りに分かれるように分かれる。

 それが、彼らの決まりだった。

と、

「おっと、」

席から立ったバンリに、一人の男の子がぶつかった。見るからに元気が余っていそうな子供だった。子供は謝りもせずにじっとバンリを睨んでいた。お前の方が邪魔だと言わんばかりに。

「今、オレの方が先にここを通ろうとしたんだ。そこにお前が出て来たのだから、お前の方が謝るべきだろう!」

子供はびしっとバンリを指さして言った。

「す、すみません!」

母親と思われる女性が、バンリの方が年下だということも構わず深々と頭を下げる。

「いや、理屈は通ってる。俺も不注意だった。すまん」

バンリがそう言って頭を下げると、男の子は一瞬、きょとんとして、それからにっと得意気に笑った。その後で、ぺこりと頭を下げた。

「こんなところで走ってたオレも悪かったです。ごめんなさい」

それを見て驚いた顔をしている母親を尻目に、バンリは男の子の頭を撫でた。

「普通でいるって、難しいよな」

そして、周りの仲間達を見回すと、皆、同じ顔をしていた。そして、一斉に、

「でも、それが、お前の色だ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

金の卵、藍の子供 @reimitsuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ