救世主になる者たちの話

冬越みかん

第1話 はじまりはじまり!

 少し肌寒い昼過ぎ、殺風景な道を車で進んでいる。道路は少し舗装された程度で2台分の幅しかない。外れればすぐにがれきの山ばかりだ。

 本来は最新設備のそろった建物の中が仕事場なのだが、今回ばかりはそうはいかなかった。これまでの私の研究の集大成が詰まったアタッシュケースを運ぶというものだ。でなければ装甲車を一人で乗ることもなかっただろう。こればかりは他人に任せることはできなかった。お気に入りの音楽で無理やり気持ちを盛り上げ、輸送先の本部に向け車を走らせていた。


 道を進みしばらくすると、なんだか嫌な予感がした。まわりがやけに静かに感じ、ハンドルを握る手が強張る。

 その瞬間だった。瓦礫の山が少し崩れたかと思えば、そこから無数の人影が現れた。人影たちは皆一様に緑色の肌に不気味な体つきをしており、唸り声に近い言葉を発している。まるでゴブリンそのものだ。

 ボウガンのような武器を持った一団が車を囲み、一斉に矢を放ってきた。タイヤはパンクし、フロントガラスや車体が串刺しになる。咄嗟に身を屈めたものの、散らばったプラスチックやガラスの破片が車内を飛び散った。護身用の銃を太もものホルスターから抜き出し、射撃がやむタイミングを待つ。

「ギャァア!」「ギギ!」「グルゥ!」『ドゴォオオオン!』

 ひと際大きな音がした後、外の音が小さくなったのを見計らい扉を蹴り飛び出る。すかさず拳銃を構え射撃体勢に入る、しかし怪物たちは遠くに逃げ出しており、なにかから怯えるように走り出していた。彼らが怯える先に目を向けると、怪物と格闘する一人の男がいた。

「おるぁあ!どっかいけぃこの野郎!散れ散れ!」

 瓦礫から拾ったであろう鉄パイプを振り回し戦っている。

「ふー…。よし追っ払った!」

 怪物たちがいなくなったことを確認し、男は満足そうに深呼吸をした。

「あなた、何者?」

 構えを解かずに男に問う。

「ん?……女?……人だ!人だ人だ!」

 私を見るなり男が嬉々として飛びかかってきた。

「え?なになになに!?」

 ので。

「フンッ!」バキィ!!

 蹴り飛ばした。

「ブギィ!!!」

 思いのほかいい場所に入ったのか、男は景気よく吹き飛びそのまま地面に突っ伏した。

「フー……あ、やっちゃった」



「うーん……頭がガンガンする…」

「起きたわね」

 車があった場所から離れたがれきの陰で男の荷物を調べていると、気絶していた男が目を覚ました。

「ありゃ?ここどこ?ってなんで縛られてんの!?」

 状況が呑み込めずに混乱しているようだ。

「質問は3つ。正直に答えて」

 銃を突きつけ、脅すように問う。

「1つ。あなたは何者?」

「え?マジで何?わからんのだが!?」

「質問に答えなさい」

 撃鉄をさげる。

「ひゃひぃ!答えます!」

 男は深呼吸をし、心を落ち着かせた。

「お、俺ちゃんは神宮寺白陽じんぐうじはくよう、です。年齢は17歳の高2です…」

「……2つ。なんでここにいるの?」

「ええと、気づいたら…?」

「はぁ、じゃあ最後。はどこで見つけたの?」

 男のカバンから見つけた小さいガラス玉を見せた。異様な雰囲気を放つそれは、ビー玉サイズの透明な球体だった。内側には唐草模様に近い模様が常に動きながら映されていた。

「え、知らない。なにそれ」

「本当に?」

「ほんとほんと。俺ちゃん嘘つかない」


 見当違いの回答ばかりで頭を抱えていたところ、白陽を名乗る男がこちらに問いかけてきた。

「なぁ。思い出したんだけどさ、嬢ちゃん俺ちゃんが追っ払ったモンスターに襲われてたやつだろ。なんで襲われてたんだ?」

 呆れた。あいつらのことも私のことも知らないのに、この男は飛び込んできたのだという。恐怖を感じないのか。

「答える義理ある?」

 こいつがまだ敵じゃないと確定したわけではない。警戒は解かずに距離を置くようにする。

「いやぁ追っ払うために瓦礫の山崩したからさ。ケガとかしてねぇかなって」

「助けた恩でも売りたいの?」

「ちげぇよ!あの時俺ちゃんが見て見ぬ振りしたら寝覚めが悪くなるからってだけだよ」

「…………そう。でも拘束は解かないわよ」

「あぁんひどい!」

「とにかくここを移動します。あんたの話じゃ倒したわけじゃないんでしょ?ならすぐに追手が来るわ」

 私はアタッシュケースと白陽の荷物、拘束している縄をつかみ、街のほうへと足を進めた。





 車道を進むと見つかる可能性があるため、整備されていない場所を進んでいるのだが。

「はぁ……はぁ…はぁ」

 余りにも足場が悪すぎる。おまけに捕虜を捉えながらの徒歩なので余計に体力を消耗する。

「なぁ~この縄ほどいてくれよ~。あんたも俺のこと引っ張りながら逃げるのは大変だろ~?」

 悪魔の誘惑だ。ここで耳を貸して縄をほどこうものなら逃げ出すに違いない。

「別に逃げねぇよ~。俺ちゃんの荷物、嬢ちゃんが持ってんだろ?」

「…」

「頼むぜ~」

 疲れなのかそんなことにも思考が回らなかった。それもそうだ、こちらにはこのがあるのだ。いくらなんでもそれを置いて逃げたり襲ったりはしないはず。

「わかったわ、逃げないのなら拘束を解きます」

「やったーい!」「それと!」

「?!」

「私は嬢ちゃんなんかじゃない!平塚春香ひらつかはるかよ」

「お、おう」

「返事!!」

「はい!わかりました!春香さん!」

「よろしい」

 拘束を外す。白陽はしばらく動かしていなかった手足をくるくると回し動作を確かめている。そのあとは少し周りを見渡し動く様子はない。本当に抵抗する気はないようだ。

「さんきゅー。で、この後どうすんの?俺ちゃん行くと来ないからお前さんについて行くしかないんだけどよぉ」

「救助隊と合流できるように街のほうまで向かうわ。救難信号は発信できたけど、本部と連絡がとれる所まで近づきたいの」

「なるほど、だから歩いてんのか。車も穴だらけだしな」

「生きてるだけマシよ。おいて行かれたくなければサッサと歩きなさい」

「へ~い…ちょい待ち」

 白陽が呼びかけてきた。

「なに?」

 ホルスターに手をかける。

「一歩下がって」

 いきなり何を言い出すかと思えば、意味不明なことを。しかし何かを隠している様子は依然として感じられなかった。

「…」ザッ

 指示の通り一歩後ろに下がる。

 その瞬間だった。ガラガラと大きな音を立てながら先ほどまでいた場所が崩れ落ちた。

「っ!」

「危なかったなぁ。なんか崩れそうだったからよ」

「……ありがとう」

「礼はいいよ」

 私たちは町のある方角へと進み始めた。


 しばらく歩き、日がだいぶ傾いてきたころ。


「…あんた、何も聞かないのね」

「ん?なんのこと?」

「このガラス玉のこととか、私のケースのこととか」

 私は本部に連れて行ってから尋問なりなんなりすればよいが、この男からしてみれば右も左もわからないだろう。

「それ?」

「どういうこと?」

「今の俺ちゃんは襲われてたあんたを助けたい。それだけだ」

「冗談でしょ?」

「こんなしょーもない嘘つくか。たしかに、あんたがナニモンでここがどこかもわからない。けど、そういうのは後でいいんだよ。優先順位はだいじだぜ?」

「そういうものかしら」

「そういうもんだよ。とりあえず生きる!まずはそれからだ!生きてりゃ何とかなるわい!がっはっは!」

 いまいち掴めない男だ。でも、悪い気はしない。

「詮索しない男は好きよ」

「誰だって見せたくないものはあるもんだよ」

 そんなことを話していると、遠くに数台の車と武装しているであろうしゅうだんがみえた。

「救助隊よ!」

「まじ!?」

 向こうもこちらに気づいたようで、こちらに手を振りながら向かってきた。

「助かったぁ!」

「でもアンタ拘束されるわよ」

「え!?また!?」

「素性が知れない奴を逃がすわけないでしょ。まぁ私も助けられたわけだし、掛け合うだけ掛け合ってみるわよ」

「律儀だねぇ。でも助かるよ、ここまでありがとうな。一人のままじゃどうなるかとおもったぜ」

 しかし、救助隊が私たちにたどり着く前に。

『ドグォオオオオオン!!』

 轟音と共にはじけ飛んだ。

「…うそ」

 音の中心には怪物がいた。車を襲ってきたゴブリンではない。人型ではあるが、大きく鋭い爪と手足。荒々しく逆立った毛並みに牙の見えるマズルは、さながら人狼のようだった。

『おやぁ?案外あっけなかったねぇ』

 人狼の怪物からやけに若々しい声がきた。

『僕のかわいい部下がケガしたんだよねぇ。ケースも奪えずに帰ってきてさぁ。だから少し、ほんのすこぉしイライラしてるんだよぉ』

 救助隊の一人を踏みつけながら怪物は語る。

「なぁ、ケースって」

「言わなくても分かってる」

 怪物が襲ってきた理由は明白だ。私が運んでいるこのアタッシュケースを狙ってきた。ゴブリンたちが車を襲撃したのも同じ理由だろう。

『どこにあるのかなぁ。教えてくれれば命はとらないよぉ』

「なんの話だ!その足をどけろ!」

 残りの救助隊たちは持っていた小銃を構え、怪物に向け一斉に発砲する。

『効かないねぇ、こんなものはさぁ!』

 しかし怪物の体には一切傷がつかない。それどころか爪を構え、射撃中の隊員に一気に距離を詰める。

『ほらぁ!!』

 屈強な隊員たちが腕を一振りしただけで吹き飛んでいく。車は紙を破くように引き裂かれ、悲鳴が木霊した。遠くからでも骨のきしむ音が聞こえるようだ。

「お、おい。どうするんだよこれ」

「うるさい。今考えてるから黙って」

 爆音が聞こえてきた瞬間、怪物の死角になるよう隠れたため場所はばれていない。だがこのままではあの救助隊が死んでしまう。

「…でも」

 今回の護送任務は私のすべてが詰まっている。ここで素直に出ていきケースを渡せば、すべてが水の泡になる。怪物はケースを渡せば命は取らないと言ってはいるものの、所詮は口約束だ。守るとは思えないし、今までの私の研究に釣り合わない。ここは見捨てて逃げるべきだ。隊員たちも命の覚悟をしてこの仕事をしているだろうし、それが一番合理的だ。

「……いや、無理ね」

 だがそんなことはどうでもいい。私は今、彼らを助けたい。研究なんて知ったことか。そもそも人を助けるための研究だ、そのために犠牲とするなら結果は同じだろう。

「いい、よく聞いて」

「な、なんだよ。急に改まって」

「私は今からあの怪物のところへ向かう。ケースを交渉材料にして彼らを助けるように交渉するわ」

「んなことできるわけねぇだろ!交渉っつーのは対等な状態だからできるもんだ!」

「分かってる、だから本命は時間稼ぎ。街も近いし、運が良ければ治安維持の部隊が来てくれるかも」

「負ける可能性が高すぎるだろ。赤の他人だぜ、無視すりゃいいのに何でそこまでする」

「………こればっかりは性分よ。自己犠牲かもしれないけど、私がしたいことだから。あなたはこのケースを持って逃げて」

 そう言い渡し私はケースと白陽の荷物を返し、呼吸を整える。

「あんたはもう自由よ。どこへなりとも行きなさい」

「ふ、ふざけんな!そんなことするならこれは受け取れねぇぞ!」

「もう遅いわよ」

 私は飛び出し、大声で叫んだ。

「そこのでかいの!!ケースが欲しいんでしょう?」

『なんだぁ?きみぃ」

「そこの人たちを開放しなさい!そうすればケースの場所を教えるわ!」

 私は一歩ずつ、怪物との距離を近づけた。







 春香が自分を犠牲に俺を逃がした。

 どうしてこうなった?

 つい先刻まで俺はふつうの住宅街を帰路についていたはずだ。それが何でか廃墟のど真ん中に倒れていた。スマホも繋がらず、周りに人の気配もない。数時間たって不安が押し寄せ、このまま死ぬんじゃないかと思った。

 そんな時だった。彼女に会ったのは。

 ちょうどゴブリンじみたやつらに襲われていた。漫画やアニメなら、ここで颯爽と登場し華麗な救出劇を披露するのだろうが、あいにくそんな勇気はなかった。びくびくしながら逃げようとした時だった。車窓に見えた彼女の瞳がやけに印象深かった。決して諦めない意思が宿った瞳。あれを見た途端、心のうちに湧き上がるものがあった。自尊心や自己顕示欲なんかじゃない、もっと原始的なもの。自分への失望だ。『このままでいいのか?今のお前はそんなにみじめなのか』そんな思いが沸き上がり、気が付けば動いていた。瓦礫を崩し、集団の大半を散らした後に残った奴らを後ろから奇襲した。今にして思えばよくもまぁこんな作戦がうまくいったものだ。

 春香は助けられたと言っていたが、それはこっちのセリフだ。どうしようもなく不安だったのを助けられ、俺が勝手に彼女について行っただけだ。ずっと自分のためにしか行動していないのに、感謝される筋合いはない。

 だから。

 このまま見過ごせない。



『なるほどぉ、そこにあったかぁ。いいよぉ、こいつらは助けてあげるよぉ』

「本当ね」

『こいつらはねぇ!』

 怪物は春香の首を片腕でつかみ、グッと力を籠める

『君、開発主任の平塚春香だろぉ。ケースも君の発明品だろぉ、なら君をつぶせばもう僕たちの脅威はなくなるよねぇ!』

「やっ…ぱり……そう来たわね…」

『僕はやさしいからねぇ。最後の言葉ぐらいは聞いてあげるよぉ』

 春香は声を振り絞る。

「あん…た…たち……にげな…さい……!」

 声を聴いた隊員たちは、倒れた仲間を連れぼろぼろのまま後方へと下がってく。

「…っ!すまない!」

「い…い…から……はやく…」

『おやおや薄情だねぇ!まぁ仕方ないかなぁ、ぼくには勝てないからねぇ!』

 怪物はつかんだ腕を持ち上げ、春香と宙に浮かせる。

「(ああ、私もこれまでね。ろくでもない人生だったけど、最後ぐらいはマシになったかしら)」

『それじゃあ』

 もう片方の腕を振りかぶり、爪を立てる

『さようならぁ!』

「ちょっと待てぇい!!!!」

 怪物が彼女の胸を貫く寸前、叫び声が響いた。

「お前の目当てはこれだろ?」

 俺はアタッシュケースを掲げ、怪物に問いかける。

『君、誰だい?』

「俺ちゃんの名前は神宮寺白陽!!お前にケンカを売りに来た!!」

「なん…で…」

 春香がこちらに視線を向ける。

「ほしけりゃぁ!!とって来いやぁああああ!!!」

 持っていたケースを明後日の方向に思い切り投げ飛ばす。意外と飛距離が伸び、かなり遠くまで飛んで行った。

『な!?』

 怪物は突然のことに驚き、春香を離してすぐさまケースを追いかけていった。

「今だっ!」

 その隙を逃さず、すかさず彼女を抱きかかえ怪物とは反対に走りだした。

「げほっ!げほっ!」

「大丈夫か?!すぐ逃げるぞ!」

「あ、あんた!バカ!何しに来たの!?」

「何って。言ってんじゃん、俺ちゃんは助けたかったから助けたの!」

「それをバカっていうのよ!!」

「はいはい話は後で聞くからね!今はひたすらランナウェーイ!!」

 春香を抱えたまま、街のほうにひたすら足を動かす。

「っちょちょ、ちょっと待って!アタッシュケースは!?」

「ああ、あれなら」

 ケースのを見せながら答える。

「ほれ。ここにあるぞい」

 それは腕に着けるデバイスだった。音叉のような形状のU型のスロットがダイバー用腕時計についているような見た目で。いかにも漫画アニメに出てきそうなデザインだ。

「あ、ああ、あああ」

「ほかにも色々入ってたなぁ。説明書はわかるとして、この棒何?細っこいオルゴールのシリンダーみたいな」

「あんた、ケースから出したの!?」

「じゃなきゃ投げねぇだろ、ほれ持ってろ……来るっ!」

 何かの予感を感じ、身をひるがえす。すかさず先ほどの怪物が飛んできた。

『君ぃ、おちょくってくれたねぇ!!』

 壊れたケースを投げつけ、怒りをあらわにする。

「やっべもう来た!春香のお嬢、さっさと逃げろ!」

 春香を下ろし、怪物に対する。

「(もうこれ以上は逃げれねぇ。ケースの中身は春香のお嬢に渡したし、あとは時間稼ぎでもできれば…って、さっきのあいつと同じことしようとしてんな。)」

「無理よ!あなたじゃ勝てない!少しでも当たればただじゃすまないわ!!」

「やる前から負けること考えるバカがいるかよ!あんな奴の攻撃なんざ全部避けたりゃいいだろうが!」

 まっすぐ怪物の目を見据える。

「こうなりゃ意地だ!逃げて逃げて逃げまくって!そんで勝ってやらぁ!!!!」

 負けられない。負けたくない。この怪物にも、自分にも。


 その時、ポケットに入れていたあのガラス玉が輝きながら飛び出した。ガラス玉は宙を舞い、怪物を勢いよく弾き飛ばす。

『ぐぅっ!なんだいそれはぁ!?』

 ガラス玉は春香に渡していたデバイスとシリンダーの上空で強く光り、砕けた。砕けた破片が粒子になり、ブレスとシリンダーに入り込んだ。

「こ、これは…!」

 何も刻まれていなかったはずのシリンダーには唐草模様に似た刻印が刻まれた。

「っ!白陽!これを使って!」

 春香はその様子を見て、何かを確信したように渡されたデバイスとシリンダーを投げ渡す。

「おっとあぶねぇ!ってなんでこっちに渡してんだ!これ持って早く逃げろって言ったじゃ…」「いいから!」

 食い気味に俺の言葉を遮り、春香が叫ぶ。

「今のあんたならそれが使えるはずよ!そのブレスを腕に着けて、スロットに起動したシリンダーを装填して!」

「お、おう!」

 言われた通りにデバイスを左腕に装着する。

[シンクロブレス、起動しました]

 機械音声が鳴り、画面に明かりがつく。

「しゃべった!でもなんとなくわかったぞ!」

 一緒に渡されたシリンダーのギア部分を押し込む。

[シンクロ・【窮鼠】」

 すると機械音声と共にシリンダーの刻印が光った。そのままシンクロブレスのスロットに差し込む。

[コネクトアップ・【窮鼠】]

 機械音声が鳴り、装填を確認した。

『もしかしてそれが例の新装備かなぁ!』

 はじかれて倒れた怪物が起き上がり。装着したブレスを狙う。

『そいつを渡せぇ!』

 怪物が飛びかかる。

「竜頭を押して音声入力!ワードは何でもいいから!」

 すかさずブレスの竜頭を押し込み叫ぶ。

「共鳴武装!!」

 ブレスから銀色の雲が噴き出し、体を包む。ガキンという金属音がなり、雲に接触した怪物の爪はその勢いを消した。

[【窮鼠】・シンクロアップ]

 雲がドーム状になり、次第に体の形に添うように縮んでいく。

「…はっ!」

 雲を払うように腕を振ると、隠された姿が現れた。

「装着完了!」

 全身を覆う直線的な金属のアーマー。肩の大袖や胸元にある栴檀板の形状から武者のようなシルエットをしている。頭部はまるで鬼のようなマスクをし、特徴的な日本の角が鍬形として表れている。

「やっぱり、あいつ装着できた……」

 絵物語から出てきたようなヒーローの姿がそこにあった。

『なんだその恰好はぁ!』

「さぁ?俺ちゃんもさーっぱり。でもこれなら勝負できそうだぜ」

 こぶしを握り締め、構える。

「今の俺ちゃんは、しぶといぜ」

『ほざけぇ!!!!』

 素早い一撃が襲い掛かる。

「しゃあっ!」

 寸でのところで躱し、隙をついて拳を怪物の腹部に叩き込む。

『ぐうっ!』

 ひるんだ瞬間を逃さず、上段蹴りを繰り出す。よろけて頭を屈めたこともあり、蹴りは脳天にクリーンヒットした。怪物は軽く宙に浮く。

『ちぃ!』

 追撃を食らうまいと、怪物は宙で身をひるがえし距離をとるように後方へ下がる。

『なんだよぉ!ちょっと格好が変わったぐらいでぇ!』

 怪物は逆上し、足に力を籠める。

『いい気になるなよぉ!』

 瞬間、怪物がいた場所の地面がくぼみ突風が吹いた。

「ふんっ!」ガキンッ!

 本気を出したであろう怪物の攻撃を耐えた。しかし勢いがついていたために受けた直後に少しよろけて後方に向け足を地面に引きずった。防御姿勢を解き反撃をしようと構えたが、怪物の姿がどこにもない。

『甘いよぉ!』

 背中を鈍い痛みが襲う。

「がはぁっ…!」

 痛みの方向に拳を突き出すが、空を切る。再び鈍い痛みが襲い掛かる。今度は反撃の余地もなく、あらゆる方向から怪物が襲い掛かってくる。

「(は、早すぎる!受けてからじゃ遅すぎる、攻撃を流す技量が必要だがそんなもの…)」

 お手玉のように弄ばれながら、逆転の一手を思索する。ないものねだりに等しいが、何かしなければお陀仏だろう。

『―――聞こえる?』

 悩んでいるとマスク内から春香の声が聞こえた。

「うわぁ!なに!?幽霊!?」

『違うわよ。今遠くからモニターしてるから状況は分かってる。私が直接通話でサポートするから、聞きながら戦って!』

「無茶言う!」

『今はとにかく距離をとって。そうしたら使ってほしいものがあるの』

「りょ、了解!やって……みる!」

 怪物の速度は徐々に上がっている。次第に壁際に追い詰められていく。

「もう少し、もう少しだ」

『これで終わりだよぉ!』

 とどめを刺そうと正面から突っ込んできた。

「場所が読めてりゃこっちのもんだ!食らいやがれ!」

 これを読んでいたため、わざと壁に追い詰められた。攻撃の方向が読めれば、回避や防御が格段にしやすくなる。とはいえ速度が落ちるわけではないため、タイミングを合わせられるかは別の問題になる。

「これが俺ちゃん渾身のパリィじゃいッッ!!」

 だがそこは運がいいのか予想が当たったのか。裏拳の要領でうまく弾き体制を崩す。そのまま思い切り蹴とばして怪物を足場にするかのようにジャンプで距離をとる。

『今よ!ブレスのコンソールからウェポンを呼び出して!』

 ブレスの画面横にあるボタンを操作し、ウェポンウィンドウを開く。ウィンドウには一つしか項目がなかったため、それを選択し竜頭を押し込む。

『二度も同じ手をぉ!』

 流石に油断をしていなかったのか、怪物は俺を逃がさぬように距離を詰める。

[サモン・SCW-006 共鳴刀:鳴銀なりがね

 ガイダンス音声と共に左腰に空間の歪みが現れた。俺はそこに右手をかざし、空を掴むように抜刀する。

 空気すらも切るその切れ味は、音もなく突き出された爪を切り落とした。カランと乾いた音が鳴り、静寂が響く。

『は?』

 振りかざしたその手には機械仕掛けの刀が握られていた。鍔はなく代わりに金属製の機械がついており、シンクロブレスと同じような挿入用のスロットがある。刃渡りは少し長めで反りが薄く、いわゆる打ち刀と呼ばれるようなものだ。

「――――セイッ!」

 片腕持ちから両腕持ちに切り替え、振り下ろした刀を切り上げる。銃弾をも通さない怪物の分厚い毛と皮をたやすく切り裂いた。

 息をつく間もないほどの攻撃の連鎖は、確実に怪物を追い詰める。

『(な、なにが起こっている?!)』

 反撃を試みる怪物だが、出そうとした手はすべて速度が乗る前に撃ち落される。

『こ―――こんなこと――――ありえないぃぃいいいい!!』

「やかましい野郎だぜ!さっさと寝やがれワンころ!」

 思い切り振り下ろし、怪物のガードもろとも押し切る。

『そいつの首を狙って!』

 春香の声に従い、怪物の首に注意を向ける。そこには首輪のような機械の枷がついていた。耳をすませば怪物の声も聞こえ、先ほどから話していた怪物の声だと思っていたものはこの首輪から聞こえていた。

「なるほど?あの首輪が本体ってか!」

『材質が異常に硬い…。強い力で一気に砕かないと』

「んなもんどうやんだよ!俺ちゃん割と頑張ってるぜ?」

『ブレスの竜頭を二回押し込んで。ここはとっておきで行くわよ!』

「え!?こう?!」

 言われた通りに竜頭を押し込む。

[【窮鼠】・オーバーシンクロ]

 ブレスから音声が流れ、アーマーが熱を発し始める。大袖は冷却装置のように揺らぐ空気を排気している。

「おーけー大技ってやつか!」

 刀を構える。刃を下に向け、受けるための姿勢をとる。

『僕はぁ…!完璧なんだぁ!!!』

 怪物が吠える。ぼろぼろの体を無理やり動かし、噛み殺そうと大きく口を開け襲い掛かる。

「【窮鼠】――――――!」

 血の混ざる唾液が滴る牙を刀で受ける。ぶつかった衝撃と向かって来る力を体を回して受け流し、そのまま相手の勢いを利用して思い切り刀を首に目掛けて振りぬく。

 次の瞬間には激しい金属音と火花が散り、怪物の首輪がはじけ飛ぶ。回る体を踏み込んで止めると、アーマーの排気口から勢いよく蒸気が噴出された。

「―――――鼠返し…!」

 納刀するように刃を腰に収めると、刀は霧散するように消えた。それと同時に怪物が膝から崩れ落ちる。

『ギギ―――ボ―――ユル―――』

 首輪の残骸から何かが聞こえたが、よく聞き取れない。

「マジでこの首輪が本体だったのかよ…」

 倒れた怪物に目を向けると、手足の先から光となって消えている。

「ぎゃあ!なんか消えてってる?!俺ちゃんもしかして殺っちゃった!?」

『そうじゃないわよ。元々いた場所に帰ってるだけ」

 無線の声がすぐそばから聞こえた。

「終わったんだから武装解除しなさい。それ取ったらできるから」

「こうか」

 ロックボタンを押してスロットからシリンダーを引き抜くと、纏っていた鎧が鈍い銀色の液体となってブレスに吸い込まれた。

「いやぁ助かった!一時はどうなるかと」

「じゃあ渡したの返して」

「あ、あくまで貸してただけなのね」

「あたりまえでしょう?それに一体どれだけの時間と資金をかけたか…」

「わかったからちょっと待って……ほれ」

 付けていたブレスを外し、持っていたシリンダーと共に渡す。

「はいありがとう。じゃあしばらく寝てて」

「はい?『バチィ!』アババババ!!」バタン

 首筋にしびれる感覚を受け、視界が暗くなった。うつろな目で周りを見ると、遠くから次々と機動隊らしきシルエットがやってきている。そんな光景を見ながら、俺は地面に倒れ眠りについた。





「対象の拘束、完了しました。遅れてしまい大変申し訳ございません、平塚。ご無事で何よりです」

「対応の遅れに関してはある程度許容します。私が無理を言って行った行動ですから」

「それより周囲の警戒と拘束した者の移送を急ぎなさい。私の予想が正しければ、これは【ノア】の仲間の犯行です」

「な…!?まさかそんな…」

「私はこれから支部局長にこのことの報告をします、治療はそのあとで。移動用の乗り物を用意して」

「はっ!ただいま!」

「ああ、それと」

「はっ!まだなにか」

「その寝てる奴、丁重に扱うこと。一応助けられた身なので」

「…わかりました。では車のご用意ができましたのでそちらに」

 春香は車に乗り込み、深く座り込む。その手の中には、唐草模様のシリンダーが握られていた。




 続く

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 春香のレポート


【SCW-005 シンクロブレス】

 特殊形状変化金属【シンクニウム】を次元拡張技術を使い内部に格納。装填されたシリンダーから情報を読み取り、装着者に最も適合した形状のアーマーを生成する当局の技術の粋を結集させたマルチデバイス。

 簡素な通信機能のほか、専用の拡張空間にアクセスできる機能も保有している。

【Synchronize-Code-Weapon】シリーズの一つ。

 使用には高い適合率といくつかの条件が必要となる。

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