Episode-06 文化祭一日目1
文化祭一日目。
いつもよりだいぶ早い時間に登校した夏輝は、そのまま教室には向かわずに地学準備室に向かった。
最後の確認をするためだ。
さすがに文化祭初日ということもあり、夏輝自身もかなり早めに学校に来たのだが、それでももう人は多い。
とはいえ、特別棟までくると一部の部活が借りている教室以外はやはり静かなものだ。
やや便の悪い特別棟は利用しやすい広い教室も多いのだが、やはり会場としては人気がない。
天文同好会もあまり人が来ることは期待できないかもしれない。
それはそれでのんびりできていいか、と地学準備室に着くと、扉に手をかけてから、そういえばまだ解錠してなかった、と手を放し――その勢いで扉が開いた。
どうやらすでに鍵が開いていたらしく、ややゆっくりと開かれた扉は、あまり音も立てずにスライドし――
「ふぇ!?」
誰もいないと思っていた準備室に人がいた。
「あ――」
いたのは、当然といえば当然だがもう一人の天文同好会の会員である明菜だ。
そういえば昨日、どちらが先に来るか分からないから、と彼女にもスペアキーを渡していた。夏輝が電車が遅延する可能性もあったからだが、どうやら彼女もずいぶん早く来たらしい。
しかし、その恰好が――。
「ふぇええええええええ!?」
「ご、ごめん!!」
大慌てで扉を閉じる。
だがそれでも、目に入ってきたその光景は鮮烈過ぎた。
上下とも下着だけだった。
おそらく準備室で着替えようとしたのだろう。
ちょうど、衣装の下袴の様なものを履きかけているところだったように思う。
「お、おちつけ、今日は日の出は五時三十分過ぎ、月の出は……」
自分でも何を言ってるのか意味不明になっているが、とにかく今見た光景を忘れ――るのは到底不可能に思える。
それでも頭をぶんぶんと振っていると、ややあって扉が開き――。
現れたのは、もう着替え終わったのか、織姫の衣装をまとった明菜だった。
ただ、その表情は涙目だ。
「き、きーくん、来るの七時半じゃなかったの……?」
確かに昨日、最後の準備確認も兼ねてそういう話をした。
「い、いや、その、電車の時間の都合でこの時間になっただけで……」
現在時刻は七時十分。約束よりは大分早いが、これは快速電車の時間の都合だ。
そして明菜は自転車の距離なので、まさかこんなに早く来てるとは思わなかったのである。
「うう……せっかくだから着替えてお出迎えと思ったら……こんな早く来るなんて」
「その、ホントにごめん」
しばらく真っ赤になっていた二人だが、やがて明菜がふぅ、と大きく息を吐いた。
「まあ……他の人じゃなくて良かったけど。きーくんなら、まあその、いつか見せるだろうし」
「ちょ、それは……」
だからそういう事を言うのをやめてほしい。
「きーくん?」
倒れ込んだ夏輝を明菜がのぞき込むが――
その後軽く五分ほど、夏輝はうずくまっていることしかできなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「きーくん、結構似合ってるよ」
着替え終わった――着替えてるところ見られたから自分にも見せろという明菜を何とかなだめすかしてからだったが――夏輝を見て、明菜が小さく拍手する。
織姫と彦星のペア衣装。
その手の貸衣裳屋を巡った際見つけて、星にちなんでならこれで、となった。
ちょうど男女のペアであるのも都合がよかったというのもある。
店員によるとデザインとしては奈良時代の服らしく、かなり本格的に作られたもので、ごく普通の衣服として着ることもできるようなものらしい。
夏輝の服は下はもんぺのような形状で、上は裾の短い着物を羽織り、腰を紐で結んでいる。服自体はかなりゆったりとした作りだ。
頭に拳小程度の布で包まれた追加の髪に見えるものを首紐で固定している。
これは
色は全体的に青系統。
明菜の服は上は袖が非常に広くゆったりとした着物で、下は
それに羽衣に見立てたショールのようなものをかけている。
髪はさすがに長さが足りないのでウィッグなのだが、特殊なウィッグで、
ただそれより、普段栗色の髪の明菜が完全に黒髪になっているので、それが夏輝には何よりも新鮮に思えた。
「明菜も似合ってる。髪の色が違うのが……なんか新鮮だし」
「ちょっと私も新鮮な気分。普段とどっちのがいい?」
「それは……やっぱり普段かな。たまにイメチェンはいいけど」
正直に言うなら甲乙つけがたいが、やはり彼女のあの瞳に合うのはあの髪の色だ。
ただ、今の状態でもとても不思議な雰囲気になっていて、ややもさっとした自分では横に並んでも見劣りするのではないだろうか、と思えてしまう。
「そっか。……この衣装なら、抱き合ってもいいよね。年一回の逢瀬を楽しむ衣装だし」
「その理屈で言うと、七夕以外ではダメじゃないか?」
「いーの」
いうと、明菜が抱き着いてくる。
衣装の作りがかなりしっかりしていて、普通の服として何ら問題がない――というか普通に洗濯機も利用可能――ため、着崩れるということもない。
普段と違う雰囲気に、夏輝はいつも以上に動悸が早くなっているのを感じる。
「なんかすごいドキドキしてるのが分かる。でも、私もよ」
押し付けられた胸から、わずかに明菜の動悸も伝わってくる気がした。
このままいると変な気分になりそうだったので、お互い離れる。
少し顔が赤いのはお互い様か。
普段と違う服装のため、いつもと勝手が違う。
「さて、そろそろ……いったんクラスに行くか」
「う、うん。そうだね」
時間を見ると八時五分前、というところだ。
とりあえず二人は手をつないで、クラスの方に移動を開始した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「うわーっ。明菜すごい可愛い。織姫って聞いてたけど、めっちゃいいじゃん」
「夏輝君もいいねぇ。っていうか二人で世界作ってる感じ?」
クラスに着くと、もう結構な数の生徒が登校していた。
ただ、その状況はかなりカオスだ。
男子は西部劇ガンマン風やら、コック風、メイド服、チャイナドレスなど色々いる。
ただ、圧倒的に目を引いたのは――巨大なクマだった。
「……賢太、か?」
「おぅ」
その巨大な顔が外されると、中から賢太が出て来た。
国内の有名なキャラクターの着ぐるみだ。というか多分だが、これはおそらく本物。
「……よく持ってこれたな」
「まあ、実は親に車出してもらった。さすがにこれ持って電車は無理だ」
「うわぁ……可愛い」
明菜が嬉しそうに頭をぺたぺたと触っている。
微妙にユルそうな顔のクマはかなりの人気キャラクターで、明菜もいくつかグッズを持っていた。
子供から大人まで幅広い人気を獲得しているキャラクターだが、それの等身大以上と思われるこの着ぐるみは相当に目立つ。
「しかし暑くないか?」
「まあ……なんとかな。一応中に小型扇風機くらいは入れてる。頭は広いから意外にそこまで圧迫感もないしな」
まあ体力もあるし大丈夫なんだろう。
そうしているうちにスケジュールの確認となる。
開場は九時。
夏輝と明菜はそこからの一時間と、終了――十六時――前の一時間はクラスの担当で、あとは自由でいいとなっている。
なので、天文同好会は十時から展示を解放する予定だ。
「そういえば、夏輝の両親は来るのか?」
「ああ。一応母さんは来ると言ってたが時間は聞いてないな。明日かもしれないし」
「春香さん来るんだ」
「ああ。さすがに明菜のところは……無理だろうが」
「うん、さすがにね」
アメリカから来るのはさすがに無理がある。
まあ親が来ない人は別に珍しくもないというか、実際去年は夏輝も両親どちらも文化祭には来ていない。
クラスの準備をしている間に――時間が過ぎたらしい。
校内放送が、カウントダウンを開始する。
教室から正門の方を見ると、結構な人だかりが集まっていた。
招待制とはいえ、人によってはご近所などに声をかけるのも許されているし、近隣の住人も認められている人もいるらしい。
そして――文化祭一日目が始まった。
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賢太のコスプレはリラッ〇マです(マテ)
ナツキとアキナの天体観測-After 和泉将樹@猫部 @masaki-i
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