Episode-05 文化祭前日

「ふぅ。こんなもんか」


 地学室のあちこちに飾られたパネルを見て、夏輝は満足げに頷いた。


 明日は文化祭一日目。天文同好会は定番だがパネル展示を行うことにしている。

 ただ、普通に天文知識だけではつまらないのと、せっかくだから利用できるものは利用しよう、ということで――。

 夏輝の自宅にある大型プリンタ――両親の仕事用――を使って、これまでの観測会の写真を大判印刷してパネルにして所狭しと飾っている。

 使った写真は全てスマホなどで撮影したもので、専用機材を使っての写真はない。

 つまり天文同好会に入れば、このくらいは撮影できる、というものばかりだ。


「あらためて並べてみると、やっぱすごいねぇ」


 明菜も感心したように地学室を見渡している。

 実際、ちょっとした星の写真館状態である。


「これなら、星に興味を持ってくれる人来るね、きーくん」

「そうだな。しかし俺も、正直スマホで撮った写真をここまで引き伸ばしてもちゃんとしてるとは思ってなかった。正直スマホがすごいとは思う」


 B5のノートサイズ程度までなら、まず問題なく拡大できた。

 星の写真は滲んでしまっては意味がないので、さすがにそれ以上となるとちょっと厳しいが、それでもB5サイズなら十分過ぎる。


「ところできーくん、衣装合わせは終わった?」

「う……まあ、一応」


 クラス企画であるコスプレ駄菓子屋。

 せっかくなので星に関連したコスプレを、という明菜の提案でコスプレ衣装を検討した結果、夏輝と明菜が扮することになったのは、七夕の衣装である。

 季節は少しずれるが、実質天文同好会が二人しかいないので、それなら七夕伝説よろしく織姫と彦星で、となったのだ。

 なので服装としては古代日本風。

 明菜は髪がさすがに長さが足りないのでウィッグを付ける。

 むしろ彼女本来の栗色の髪ではなく黒髪になるため、見た目の印象がとても違って――緊張した。


「事前に見たくもあるけど当日の楽しみにもしたいし……うーん、悩ましい」


 ウィッグだけはさすがに事前に合わせたが、夏輝も明菜の織姫姿は見ていない。

 衣装それ自体はコスプレ用というよりは普通の縫製で作られた服で、普通に着ることができるような作りなので、基本的に当日はその恰好でいる予定だ。

 クラスの実行委員にはコスプレの題材だけで伝わるものはそれだけ伝えればいいことになってるので、まだ誰も二人の衣装姿は(本人以外)見ていない。


「まあ今日持ってきてないからな。クラス準備は大分融通してもらったし、当日は賢太と二条さんも手伝ってくれるっていうから、ここも交替で何とかなるだろ」


 基本展示だけの天文同好会だが、天体観測の解説会というのを何回かやることにしている。少しでも興味を持ってくれれば御の字だ。

 その時間だけは、夏輝の天体望遠鏡を実際に出してきて触れてもらう予定である。


「そういえば、賢太君のコスプレって何なの?」

「ああ、あいつ、なんか知り合いの伝手でクマの着ぐるみとか言ってたが……暑いだろうになぁ」


 九月下旬は、まだまだ気温は二十度台後半だ。

 夏服の季節であり、相当に暑い。着ぐるみなど着ていたら相当に暑いだろうに、あえてそれを選ぶ賢太には呆れるやら驚くやら。

 もっとも、身長が百九十近い賢太だと、むしろ迫力がありすぎるのでは、と思えてしまうが。


「とりあえずこっちの準備はほぼ終わったし、クラスの方を手伝うか」

「そうだね。学級委員としてはさすがに何もしないってわけにはいかないし」


 天文同好会の準備があるので、クラスの準備は相当融通してもらった。

 そのおかげで、こちらの準備はとても順調にいった一方、クラスは今が準備の佳境らしい。


 クラスに行くと、まさに修羅場、という状況に近かった。

 コスプレでテーマを決めずにやったこともあって、近未来からファンタジーからファンシーなものから、訳の分からない状況になっている。

 収拾つくのか、と思ったが、ある程度テーマを固めてコーナーを作って、という感じになっているらしい。この辺りのデザインセンスは美術部所属のクラスメイトがやったらしいが、意外にまとまりがあるようにも見える。


「お、夏輝と明菜さん、いいところに」

「ああ、同好会こっちは準備ほぼ終わったから手伝いに来た。なんかあるか?」


 するといきなり伝票を渡された。


「明日の売り物、受け取りに行く余裕がないんだ。作業振り分けはもう終わってるけど、買い出し担当がいなくてな。結構多いから、二人で頼めないか」


 店の名前の書かれた受け取り票だが、夏輝はこの辺りの店はほとんど分からないので明菜に見せる。明菜は知っていたようで、頷いている。


「うん、大丈夫。このお店なら分かる。二人で持ってこれる量?」

「多分……最悪、すまんが往復してくれ」

「学校から十分くらいの距離だし、大丈夫。いこ、きーくん」


 明菜に手を引かれて、教室から出ていく。

 少しだけ羨望やら嫉妬やらの視線を感じなくもなかったが――とりあえずやり過ごした。


「……結構多いな、これ。一回じゃ無理か」


 伝票を見ると、細かい駄菓子類がかなり多く記載されている。

 あまり駄菓子などを買うことはないが、一回では難しいかもしれない。


「うーん。まあその場合は二往復するしか……あ、みーちゃんだ。おーい、みーちゃん」


 明菜の声に顔を上げると、ちょうど二条香澄が校門から出るところだった。


「あれ。みーちゃんは文化祭準備は?」

「うちのクラスはもう終わっちゃったのよ。お化け屋敷なんだけど、細部まで凝る子が残ってる以外は、今日は終わり。なんか手際よくやったみたいでね。明菜は帰るところ……じゃないわね。カバンないし」

「うん、買い出し。あ、みーちゃん、時間あるよね?」

「ええ、まあ……」

「じゃ、手伝って。そしたら、一往復で何とかなりそうだし」

「は?」

「お願い、ね?」

「……荷物持ちってこと? まあ、いいけど」


 明菜があっさりと彼女を篭絡していた。

 この場合篭絡していた、という表現が多分一番正しい気がする。


「そういえば……あらためてだけど。あの時は悪かったわね、秋名君」

「ああ……いや、まあ別に気にしてない。君だって、明菜を思えばこその行動だったというのは分かってるし」

「……ああ、なんかやっぱり紛らわしいっ。私も夏輝君でいい?」

「も、もちろん」

「ホントにどうなってるの、あんたたちの名前」

「それ私たちに言われても、だけど」


 クラス内では呼び方を無理やり統一したが、他のクラスには当然だが浸透していない。なのでこういう時には困ることになるが――まあ名前呼びするのが一番無難だろう。


「まあこの名前だから最初に興味持ったってのはあるからなぁ。でも実際、面白いし。後々の名前問題は……ともかく」

「後々の……?」

「どうやってもどっちかが面白ネームになっちゃうでしょ?」

「……ああ……そ、そうね……」


 なにやら呆れ気味だった。

 やはりそういう話をするくらいには、二人は仲が良いのだろうと分かる。


「二条さんは……」

「ああ、私も香澄でいいわ。みーちゃんとかは勘弁してほしいけど」

「えー。可愛いのに~。ほら、きーくんもぜひ」


 明菜をそう呼べないのに友達をそう呼べとか、さすがにどうなんだ、と思うが。


「じゃあまあ香澄さんで」


 明菜が不服そうに唇を尖らせるが、それは無視する。


「香澄さんは、明菜とは長いの?」

「ああ、そうね。中学で同じマンションに引っ越してきたのよ。で、最初のクラスが一緒だったから、それからかしら」

「賢太とは?」

「そ、それは……その、昔近所にいて、その」

「あのね。幼馴染みたいなんだけどね。一度離れてまた戻ってきたら、中学は違ったけど塾が一緒で、それで高校一緒だって。運命的だよね」


 明菜が楽しそうに説明する。


「なるほど。賢太も彼女がいる、としか言ってなかったからなぁ。てっきり高校からかと思ったら、中学からか」

「い、言っとくけど中学最初からじゃないわよ。付き合い始めたのは三年からだから」

「それでも……まあ結構長いか。まあ賢太、誰かは言ってなかったけどいつも嬉しそうに惚気てたからなぁ」

「は!?」


 むしろその香澄の反応が予想外だった。


「な、なにそれ」

「いや、いつも可愛い彼女がいるとか、楽しそうに話してたぞ。お前も早く彼女作れよ、とか余計なお世話だったが」


 そのくせ全然紹介してくれないから、別の学校の女子かと思っていたら、同じ学校だったというのだから実は少し驚いた。


「でもね、二人はまだキむぐっ」

「あんた、何言ってるの!?」


 明菜が口を抑え込まれていた。


「……?」

「気にしないで。なんでもないから。明菜、あんたも明け透けに言いすぎ!」

「えー。でも後で言ったら同じだよ?」

「本人を前にして言うんじゃない~~~」

「ぎ、ぎぶぎぶ」


 明菜がヘッドロックを極められている。

 女子同士なのでとりあえずスルーすることにした。

 なんとなくだが、下手に踏み込むと火傷する気がする。


 そうしている間に目的の店に到着した。

 伝票を渡すと、すぐ商品が出されてくる。

 段ボールに入れてくれているが、それが二つ。

 重さはそれほどではないが、一つはかなり大きい。


 結局、夏輝が一人で一つ。大きいのは明菜と香澄が二人で持つことにした。


「みーちゃんに来てもらって助かったね」

「まあ、俺が大きい方は持てなくもないが……助かったのは確かだな」

「まあいいけど。あとでジュースくらい奢ってよね」

「そのくらいなら、もちろん」

「ああ、そうだ。十月の観測会の予定だけど、六日の金曜日に予定してる。賢太には確認取ってるけど、香澄さんもいいかな?」

「まあいいけど。泊まり?」

「申請は一応……そうなってる。今回は土星と木星と、あとプレアデス星団が見れる見込み。……晴れてくれればだけどね、もちろん」


 天体観測は何よりも天気が大事だ。

 雲一つない快晴が理想だが――天気だけは文字通り神頼み。


「まあ明菜、結構な晴れ女だから、いけるんじゃない?」

「そうなの?」

「そういえば……よくそういわれてるかも」


 言われてみれば、確かに今年になって観測会で雨天や曇天は一度もない。

 去年までは天気で中止することもよくあった。


「だとしたら本当にありがたいな。明菜がいれば安泰というか」

「ふふふ。天文同好会の女神と呼んでもいいよ?」

「……ホントに呼ぶぞ、女神様」

「ご、ごめんなさい。調子に乗りすぎました」


 思わず二人で吹き出した。

 ふと気づくと、それを香澄が半ば以上呆れたように見ている。


「……なんていうか、あんたら息をするようにいちゃつくわね」

「え。いや、別に今はそういうつもりは……」

「そーだよ。今のは普通の会話でしょ?」


 さすがに今のは友人同士の会話だった……と思う。


「うん、内容はそうかもだけど、雰囲気がね。観測会でもそれだったら、次から考えるからね」

「そんなぁ。みーちゃんが冷たい~」

「ちょ、こら、力抜かない。落ちるでしょうが」


 明菜が脱力したので、危うく段ボールが大きく傾きそうになる。


「あ、あぶな……。と、とりあえず学校戻ろう、うん」


 その後は無事学校まで戻り、夏輝と明菜はそのままクラスの飾りつけを手伝って、夜六時過ぎには帰宅となった。

 明菜の家は駅を越えた向こう側にあるので、駅までは二人で並んで歩いて帰る。


「色々大変だったけど、文化祭楽しみだね、きーくん」

「だな。同好会の方も――少しは興味持ってくれる人がいてくれるといいんだが」

「大丈夫だと思うよ。まあ、二人きりになれる場所が減りそうなのは……ちょっと残念だけど」


 とはいえ、冗談抜きで間違いを起こさないためにも、もう少し人はいた方がいい。

 最近、放課後でも明菜に触れたくなる衝動に駆られるのは否定できないのだ。

 二人きりでいたいと思う反面、自分の欲望を抑えられなくなるのは少なくとも現時点では問題がありすぎるので、そういう意味でも会員は増えてほしい。

 別に本当に二人きりになりたければ、学校の必要は全くない。

 それよりは、星に興味を持ってくれる人が増えてくれる方が、夏輝にも明菜にも嬉しいのは確かだ。

 さしあたって、今度の観測会で賢太と香澄が星の魅力に気付いてくれることを期待しよう。


「まあ、そういうのは……他でもいいし、な」

「ん?」

「何でもない。じゃあ明菜、また明日」

「うん。きーくん、また明日ね」


 明菜と別れて電車に乗る。

 ふと見上げると、東の地平に月が昇り始めている。

 

(昼間の月を観測出来たらよかったんだがなぁ)


 あいにく、文化祭の日程の月はきっちり夜に昇るので、観測は出来ない。

 それができれば、天体望遠鏡の体験までできるのだが。


(ま、それでも楽しいだろうしな)


 今回は遠方を見てもらう予定だが、それでも楽しいと思えるとは思う。

 懸念があるとすれば――むしろコスプレが似合わない場合だ。

 一応そこまでひどくない、とは思うが――。

 そこに一抹の不安を感じつつ、夏輝は電車に揺られながら家に帰るのだった。

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