三日後の誘惑 2 (クロスロードの鳥)

帆尊歩

第1話 三日後の誘惑 2 (クロスロードの鳥)


私はこの交差点を見下ろす鳥、人は私をクロスロードの鳥と言う。

昔、偉い市長だかがブロンズで私を作り、ここに設置した。

以来、様々の人間を見て来た。


今日も様々な人間がこの交差点を行き交う。

一人の男性が立っている。

うん、彼はこの間の、、、

なぜあんな所にに立っている。

人間の考えることなど、ブロンズの鳥の私には推し量ることは出来ない。

なぜなら、人間と言うのはまったく不可解な生き物だから。



お父さんを許しておくれ。

あの時のお父さんは、ああするしかなかった。

お父さんの目の前で転んだ女の子。頭では分かっていた。君ではないことを、でもお父さんの心では、あの子は君だった。

そこに躊躇も打算も、思考もなく、体が動いていた。

まさか自分が死ぬとは思わなかったけれど。

せっかく君とやっと話が出来ると思ったのに。

高価なプレゼントなんて関係がなかった。

そんな物がなくても君はお父さんと食事をして、様々な話をしてくれようとしていた。

それは分かったよ。

だって親子だから。やっとこれでと思ったのに。でもお父さんは、あそこで見て見ぬ振りは出来なかった。だってお父さんが君を思うのと同じように、この子のことを思う人がいる。その悲しみも分かる。だからお父さんは動いてしまった。

すまない。

本当にすまない。

でも見ず知らずの子を助けたなんて思わないでおくれ。

自分とどっちが大事なんだ、なんて思わないでおくれ。

誰だって誰かにとって、かけがえのない人がいるんだ。

だから本当にすまない。お父さんは後悔はしていない。

お父さんがしたことで悲しむ人が減った。

でも君と母さんを悲しませたことは、本当にすまなかったと思っている。なんとでも言って良い、自分勝手だとか。でも分かって欲しい。誰かに取って大事な物をお父さんは守った。


私は、クロスロードの鳥。

人には見えない物だって見ることが出来る。

思い出した、あの男はそうだ。見ず知らずの少女を助けて、この交差点で命を失った男だ。

守るべき物があっただろうに、自分が守らなくはならないものを捨てて、別の物を守ってしまった。

全く人間とは不可解な物だ。

それぞれに役割があるだろうに。

守らなくていい物を守り、本来守らなければならない物を守らない。

全く人間とは不可解なものだ。

でも、そんな不可解な出来損ないが、私は嫌いではない。

うん、男の横に一人の少女が立っている。

あの娘は。

その男に助けられた娘ではないか。

そんなところに立って何をしている。

すぐ横に、自分を助けた男が立っている事も知らずに。



私はこの交差点で死にかけた。

状況から見て確実に私は死んでいた。

ほんのここから数メートルのところ。

恐い、恐くて恐くて仕方がない。

だって私が死にかけた場所。

本当は見ることはおろか、この交差点にだって近寄りたくない。

でも私は見なくてはならない。

一人のおじさんが私を救ってくれた。

そして私の代わりに命を落とした。

あの日私は、具合が悪くて、ここでめまいを起こした。

そして転倒。足をくじいてしまい、立つどころか、動けなくなってしまった。

私に迫ってくる車。

意識が飛んで危険なんて物も分からず。ただ私は目をつぶった。

でも次の瞬間誰かに突き飛ばされた。

そして、突き飛ばした人が代わりに車と接触した。

後は何も覚えていない。

知らない名前を呼ばれた記憶がある。それはこの人の娘さんの名前だったと言う。


父と母は、おじさんの家族に謝罪と感謝を伝えに行った。

本来は私もだけれど、父と母は、私を行かせなかった。酷い話だけれど、私の中に罪の意識を芽生えさせないためだという。この先ずっと、私はその重荷を背負って生きていく。そんな子にはさせたくない。重荷は自分たちだけでたくさんだと。

私の代わりに命を落とした人。

おじさんの代わりに命をもらった私。

その負担を私から排除するために

でも、だからこそ私はここに来た。

それを忘れないために。


おじさん、私はあなたに感謝しています。

でも謝罪はしない。

私が謝罪してしまったら、おじさんがしてくれたことを否定してしまうから。

ありがとう。

命をくれて。

人生をくれて。

大事にします。


あなたの娘さんに謝罪します。

感謝はしない。

娘さんに感謝をしたら、娘さんからお父さんを奪ったことを、肯定してしまうから。


私はこの交差点にいる鳥。

この少女は、なぜこんなにもこの交差点を見つめる。辛いことは見ないようにする方が良いだろうに。

全く人間とは不可解な物だ。お互いを見ることも出来ないのに。三日間の二人はこの交差点に立っている。あたかも三日間で何かの救いを得られるかのように。

救いを得る、欲望のために。


全く、人間とは不可解で、不完全な物だ。

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