三日後の誘惑 1(クロスロードの鳥)
帆尊歩
第1話 三日後の誘惑 1 (クロスロードの鳥)
私はこの交差点を見下ろす鳥、人は私をクロスロードの鳥と言う。
昔、偉い市長だかがブロンズで私を作り、ここに設置した。
以来、様々な人間を見て来た。
今日も様々な人間がこの交差点を行き交う。
一人の少女が立っている。
あの少女は何をしてるのだろう。
人間の考えることなど、ブロンズの鳥の私には推し量ることは出来ない。
なぜなら、人間と言うのはまったく不可解な生き物だから。
また、私はここに来てしました。この交差点に。
ここに来ることは、私自身を苦しませる事だと分かっているのに。
パパが一ヶ月前にこの交差点で死んだ。
ママは悲しいはずだったけれど、あまり悲しめなかった。
入れ替わり立ち替わり、取材の人が押し寄せたから。
パパは英雄に祭り上げられてしまった。
そしてママは、英雄の妻に祭り上げられた。
パパは、今私が立っている歩道の数メール先で命を落とした。
パパは、ここで私と同じ女子高生を助けて死んでしまったのだ。
事はありきたりだ。なんてことのないことだった。
女の子は何かの拍子でつまづいて、その場所に倒れ込んだ。足をくじいて、すぐに立てない。運悪く、そこに車が来た。
パパは、その女の子を私に重ね合わせたらしい。
危ないと叫んで呼んだ名前は、私の名前だ。
女の子はかすり傷、パパは死んでしまった。
女の子の両親は私とママの前に土下座をして、謝罪と感謝の言葉を言った。
車の運転手も被害者に近い。安全運手をしていたドライバーにとって、ありえないところで、倒れ込んだ女の子は避けようがなかった。
パパは英雄になり、ママはその妻。
私に取っての不幸は、あんなに毛嫌いしていたパパが死んでしまったことだった。
もう少し時間があれば、関係が修復されたかもしれない。
もう少し時間があれば。
あの日は三日後に、私の誕生日を控えていた時だった。パパは私の気を引くために、高価なプレゼントを用意した。
そして一緒に食事をする予定だった。
いいかげん、パパとの関係を修復しようと思っていた。だから私は、毛嫌いしていたパパと二人きりで、食事なんてと思っていたけれど、高価なプレゼントに目がくらみ、約束をした。と、自分に言い聞かせた。
パパは、三日後の私とのデートに舞い上がり、その誘惑に身を任せこの交差点に立った。その時だ、あの子が転んだのは。
パパは、私へのプレゼントを買った帰りだった。
パパのバカ。
何でいなくなるのよ。
やっと、私がパパと向き合おうと思ったのに。
何で私をおいて。
あの三日後の食事で、きっと最初は私のツンケンしてしまったと思う。でも、もっとパパと話をしようと思ったから、だからデートしようとしたのに。
こんなことなら、もっとパパに私のことを聞かせれば良かった。
こんなことなら、もっとパパの事を聞かせてもらえば良かった。
一番悲しいのは、パパがいなくなって、どれほど、私がパパと話したかったか。
どれほど、くだらない話をしたかったか。
どれほど、一緒に出掛けたかったか。
それを知った事。
私はバカだ。パパがいなくなるまで気付かないなんて。
パパのバカ。
パパのバカ。
何で一人で逝っちゃうのよ。
何で見ず知らずの女の子なんか助けるのよ。
思わず浮かんでしまった思い。
それは女の子の死を望む思い。
ふと誰かの視線を感じた。
私は恐る恐る顔をあげる。
そこには交差点を見下ろすブロンズの鳥。
鳥は、首をふっているようにみえた。
ブロンズなのでそんな事は絶対にないのに。
「そんな事を思ってはいけないよ」と言っているようだった。
私は下を向いて、一粒の涙をこぼすと顔を上げて、ブロンズの鳥をみた。
「ごめんなさい。そんな事は二度と考えません」そんな思いで見つめる。
ブロンズの鳥は、微笑み、頷いたように見えた。
私はこの交差点を見下ろすクロスロードの鳥
私はここで様々な人間を見て来た。
あの少女、思い出したぞ、ここで同じくらいの少女を助けて死んだ男の娘だ。
悲しいだろう。
でも、少女が死ねば良かったなんて、そうすればパパは死ななくて良かったなんて思ってはいけないよ。
人の不幸を望めば、君の心も辛くなる。
そんな事をパパは望んでいない。
だから、強く生きるんだ。
パパを誇りにして。誰に対しても、私のパパは、たとえ見ず知らずの人であっても、助けるような。そんな人なんだと、誇りにしていくんだ。
少女は、私の方を見て力強く頷いた。
そこに涙は見えなかった。
どうやら私の思いが伝わったようだ。
どうしても悲しくなったら、またここおいで。
クロスロードの鳥の私は、ずっとここにいるからね。
まったく、私は交差点を見つめるブロンズの鳥。ただそれだけなのに、なんでそんなフォローまでしなければならない。
全く人間というのは、弱々しくて、不可解な生き物だ。
三日後の誘惑 1(クロスロードの鳥) 帆尊歩 @hosonayumu
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