三日後の誘惑(クロスロードの鳥)

帆尊歩

第1話 三日後の誘惑  (クロスロードの鳥)

私はこの交差点を見下ろす鳥、人は私をクロスロードの鳥と言う。

昔、偉い市長だかがブロンズで私を作り、ここに設置した。

以来、様々の人間を見て来た。


今日も様々な人間がこの交差点を行き交う。

一人の青年が立っている。

あの青年は何をしてるのだろう。

人間の考えることなど、ブロンズの鳥の私には推し量ることは出来ない。

なぜなら、人間と言うのはまったく不可解な生き物だから。



三日後、僕は彼女とこの交差点で待ち合わせをした。

待ち合わせは三日後なのに、三日後の出会いと言う誘惑に勝てなかった。

約束は三日後だから、今日の今、ここにいても彼女が来るわけもない。

でも彼女に会えると言う誘惑を、三日も待てなかった。

そもそも僕はどこにも行くべき所はなかったし、帰る所も分からない。

ここで彼女を待っているのが、この誘惑に勝てる唯一の方法だ。


思えば僕は孤独だった。

生まれた時から、会話は必要な物に限られていた。

だから会話を楽しむなんてことが分からない。

ただ一人で生きてきた。

ただ生きるためだけに生まれてきた。何も貢献しない、役にも立たない。

でも迷惑も掛けない。


あの時、彼女は僕をのぞき込んだ。

美しい顔だった。

燐とした強さと、そして慈愛に満ちた母のように僕を見つめた。

それでいて、その顔はかわいらしかった。

美しいと可愛いは両立しないと僕は思っていたけれど、その顔は美しいくせに、かわいらしかった。

「大変だったね」と彼女は僕に言う。

そう言われても僕には何のことか、分からなかった。

「また三日後に会いに来るよ」そう言って彼女は去って行った。

それから僕は彼女に会えると言う誘惑に勝つことが出来ず、来ないことが分かっていてここにいる。

そう彼女が来ると言ったのは。三日後だ。



私は彼に、三日後に会いに来ると約束した。

友人は、なぜそんな約束をしたと私を問い詰める。

「彼がかわいそうになって」

「それで三日後に会いに行かなければ、その方がかわいそうでしょう」

「会いに行けば良いだけの話」

「本当に会いに行くの?」そう言われて、私の心は揺れる。

一時の感情、同情。

同情。

私が彼に?

そんな、私は何様なんだ。

同情というのは上からの見方だ、そんなに私は偉いのか。

彼よりの偉いのか?

私は交差点を眺められる所から、交差点を見つめる。

彼はいない。

当然だ。

約束は三日後だ。

私は彼にひどいことをしているのか。

三日後に会うなんて、そんな期待を彼に持たせて。

イヤ嘘では無い。

でもそれは同情なのかもしれない。

彼がかわいそうという。

もし私が三日後に会いに行かなければ、彼は落胆するだろうか。

あるいはまたその三日後を思い描くだろうか。

もし今回行けなくっても、次の三日後、イヤそれがダメなら、さらにその三日後に会いに行けばいい。



もし三日後に彼女が来なかったらどうしよう。イヤ彼女に限って、約束を違えることはない。でも、急に体調を崩したら。

親しい人の不幸があったら。

どうしても外せない用事が出来たら。

そんな事考えるまでもない。

三日後に来なければ、またその三日後に待っていれば良い。

そこで来なければそのまた三日後。

それでいいじゃないか。


三日後私は、交差点に来た。

でも彼に会えるところではない。

交差点が見える場所。

彼は知らないだろう。私がこの交差点に来ている事を。

だって彼は、小さな写真だから。枯れかかり、朽ち果てた花に囲まれた、小さな写真。

辺りにはプルトップが開けられた缶コーヒーやジュースが置かれているが、無数のアリがたかっている。

彼は数日前のひき逃げ事故で命を落とした。

私はあまりにかわいそうで、その写真に手を合わせた。

また三日後に会いに来る約束をして、その場を後にした。

一時の感傷や同情で交わした約束だけれど、それは私の胸に突き刺さった。

でも会いに行く勇気は出なかった。

だから、毎日こうして彼の写真がかろうじて見える場所で、彼に会いに来ている。

でも、彼からは見えないだろう。

彼はどう思っているのだろう。

約束を破ったとんでもない女と思われているかもしれない。

でも、恐かった。彼の写真に手を合わせると、彼の無念さ、恐怖、苦しみを分かち合ってしまいそうで恐かった。

だから彼には近寄れない。


どうやら彼女は今日は来ないようだ。

きっと何かの用事が出来たんだろう。

まあいい、別に急がない。また三日後だ。

どうでもいいのだ。

どうせ僕はここから動けない。

行く場所も帰る場所もない。

でも彼女を待っている時はなんて幸せなんだろう。

待つことがこんなに楽しいものだなんて。

だっていつかは彼女が来てくれる、そう思うだけで三日後が楽しみだ。


私はこの交差点を見守るクロスロードの鳥。

そうか青年は、この世の生き物ではなかったか。

それにしても人間とは本当に不可解だ。なぜ待つことが楽しいんだ。

全く不可解だ。

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三日後の誘惑(クロスロードの鳥) 帆尊歩 @hosonayumu

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