我が星では

遠藤世作

我が星では

 街から離れた高い丘の上。そこに小さな、銀食器を作る工房がある。そこを営む男の名を、仮にサトウ氏とする。

 サトウ氏には他に主だった仕事があり、銀食器製作は趣味が高じて始めた副業であった。彼は最初、週末になると友人の作業場を借り、毎回そこに出向き作業をしていた。しかし、その場所を幾度も借りているうちに友人に申し訳なく思うようになり、また銀食器の売り上げが思いのほか上がったことで、彼は自身の工房を持ちたい欲が出てきて、数年前、銀食器の売り上げにちょっとの貯金を足して、ついにこの丘に自分の工房を建てたのである。

 多少交通の面で不便はあったが、サトウ氏はこの工房をえらく気に入っていた。依頼は郵便で受けているから、人が訪れることはまずなく、邪魔の入らない静かな環境。見晴らしのよい丘からの眺めは、そこらの別荘地にも引けをとらないように思え、だからサトウ氏は依頼がない日だろうと工房に赴いたし、そういった日はコーヒーを飲み、本を読んでのんびりと過ごしたものだった。

 その日も、依頼のない日だった。彼は家から持ってきた雑誌を読み終わって伸びをすると、壁にかけた時計に目をやって呟いた。


 「うん、そろそろ寝ようかな」


 時刻は9時。まだ早いかという気もあったが、たまには早めに寝るのもいいだろう。シャワーはもう済ませていたので、あとは寝床に行くだけ。安いが愛着のあるベットに潜り込み、微かに聞こえる虫の声を子守唄にサトウ氏の意識は沈む……はずだった。

 ドォォォンと、轟音が響く。工房全体が揺れ動き、梁は軋み、飾られたカトラリーがガチャガチャと音を立てた。離れようとしていた意識が慌てて身体へと戻ってきて、サトウ氏は飛び起きる。


 「何だ、今の音は」


 地震とはまた違う揺れ。事故だろうか。しかし、ここらは車も少なく事故が起こりやすいような道でもない。なら、航空事故か。飛行機やヘリが、近くに落ちてきたのだろうか。


 「とにかく、何が起きたか確かめなくては」


 ランタンを手にして、外に出る。音の位置は丘の裏手を下った場所のようだ。裏手は道が整備されていなくて車では通れないから、歩いて確認しにいく。

 しばらく歩くと、音の原因は分かった。原因は分かったのだが──正体が分からない。なぜならそこには、円錐の形をした銀色の物体が煙を上げていたからだ。近づいてみるとかなり大きい。表面は凹凸がなく、ツルツルとしている。


 「これは何なのだろう。落ちてきたのは確実のようだが」


 サトウ氏が首を傾げていると、不意にその三角の一部分がスライドして、中から誰かが出てきた。

 だがこの人物、どうも地球人ではないらしい。体つきは地球人とほとんど一緒だが、全身銀色のスーツを着て、目つきが何とも無機質。人間離れしたような雰囲気を持っている。


 「あなた、もしや宇宙人……」

 「ああ、そうだ」

 「なんてことだ。初めて見ました。あなたは地球の言葉がわかるのですね」

 「いや、それは違う。この胸ポケットに入った小型翻訳機が、あらゆる言語を翻訳し我々の耳に入れ、またあらゆる言語に翻訳してあなたたちの耳に届けるのだ。しかし、今はそんなことどうでもよい」


 そう相手は素っ気なく答えた。というか、思わぬ墜落に焦っていたのかもしれない。そのまま、宇宙人は乗っていた宇宙船をぐるっと回る。損傷がどれほどかと確認しているらしい。そして一周したあと、彼は頭を抱えて座り込んでしまった。


 「あの、どうされましたか。何か問題でも」

 「どうもこうもない。終わりだ。私はこのまま、この辺鄙な地球という星で野垂れ死ぬのだ。船が故障してしまった。もう動かせない」


 その落胆ぶりは、目も当てられぬものだった。何とかしてあげたいと、サトウ氏は聞く。


 「それはご愁傷様で……修理などは、出来ないのですか」

 「一応、この船には自動修復装置が付いている。しかし、それには材料がいるのだ。それは我が星、ヌア星にはありふれたもので大量にあったが、ここにはあるのかもわからない」

 「どんな材料なのですか」

 「君に言っても、わかるかどうか。この船と同じ材質。銀というもので……」

 「銀!銀でいいのですか」

 「もしかして、あるのか?」


 ヌア星人は、降って湧いた希望に縋るような態度になった。サトウ氏は、自分が異星人を助けられることをちょっと自慢気に思いながら、胸を張って言った。


 「あるも何も、私は銀を取り扱って仕事をしているのです。いま、工房から取ってきましょう」

 「ああ、何ということだ!ありがとう、地球の見知らぬ人よ……」

 

 こうして、サトウ氏は工房から銀を持ってきた。しかし修理には結構な量が必要だそうで、これだけでは足りないらしい。せっせこせっせこと、地球人とヌア星人の共同作業でやっと目標の量に達する。それは、工房から銀がすっからかんになるほどだった。


 「ありがとう、ありがとう。何とお礼を言ったらいいか」

 「いえいえ、困った時はお互い様ですから」

 「何と素晴らしい人だ。そうだ、お礼をさせてくれ。これは、我が星において最上級の贈り物だ」


 ヌア星人は懐から、小さな箱を取り出した。手のひらサイズで、一箇所ボタンが付いている。


 「さっき君の工房を見たとき、必ずこれが必要だと思った。気にいると思うから、ぜひ受け取ってくれ」

 「これはこれは、どうもありがとう。大切にします」

 「ボタンを押すと、説明の音声が流れる。君の星の言葉に翻訳してあるから、不便はないはずだ。では、さらばだ、地球の人。君のことは忘れない……」

 「ええ、お元気で……」


 こうして一夜の、夢のような出会いは終わった。もしや、本当に夢だったのかもしれない。しかし机の上にある箱は、いまの出来事が現実であることを示していた。


 「いやぁ、善行はするものだ。それにしても、この箱の中身は何なのだろう。私に必要な、最上級の贈り物と言っていたが……」


 銀がなくなってしまったので当面の間、銀食器は作れない。その分収入も減ってしまうだろう。が、それを補って余りある物を手に入れた。一体、何をくれたのだろう。もしや小さな工房だと、大金を生み出してくれる装置だろうか。それとも、もっと大きな工房を建設する機械。いやいや、もしくは希少な鉱物をくれたのかも。

 どんどん膨れる期待を胸に、サトウ氏は震える指でボタンを押す。すると箱はパタパタと展開して、その展開とともに、機械音声は高らかに喋り進める……。


 『この度は、我が社の超高級カトラリーをご購入いただきありがとうございます。皆様のご存知の通り、我がヌア星で食器は有史以来銀製品のみ、他の材料から製造するのは不可能だと言われてきました。しかし今回、我が社はついに新たな材料から食器を作ることに成功したのです。軽く、柔らかく、安全性抜群。その名をプラスチックと言います。このプラスチックは、我が星では大変貴重な石油を用いており──』

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我が星では 遠藤世作 @yuttari-nottari-mattari

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