第9話 畜生道と衆道

「それにしても、整形をしていたというのはビックリだね」

 と清水刑事は言った。

「でも、その弟という人物の話。どこまで信憑性があるんでしょうね」

 と辰巳刑事は言ったが。

「いや、確かに弟の言った男性は、以前警察に詐欺としてマークされ、その際に一度捕まっているという。弟は、だから兄が整形したっていうんだけど、なんかちょっと腑に落ちない気がしないか?」

 と清水刑事は言った。

「どういうことでしょう?」

「だって、詐欺で一度警察に捕まっているわけだろう? だったら、やつは何から逃げるために整形をしたんだい? 考えられることは二つ。一つは詐欺をした相手に命を狙われているのではないかという危険性を感じて、保身のための整形だったという考え方。そしてもう一つは、警察には一度捕まっていて。写真も撮られている。だから整形することで、また懲りずに詐欺を働くと考えると、すでに警察に保管されている顔写真とは違うのだから、違う新たな詐欺だということで、警察には手口という意味からもミスリードさせられる。警察が犯人をその男だと思って捜索するが見つからない。それはそうだよね? 何と言っても男緒は整形して別人に生まれ変わっているんだからね。でも、よしんば警察が被害者に写真を見せて。被害者が違うというと、新たな犯罪として、今度は自分本人への容疑が向くことはない。そのあたりを狙っているとすると、やつはまだ何かの犯罪に関係していたのかも知れないということだ」

 と清水刑事が言った。

「ということは、その新たな犯罪がこじれたのか、そのあたりが原因で殺されたとすれば、何かこの事件でやっと納得のできる道が見えてくるような気がしますね」

 と辰巳刑事は言った。

 被害者の名前は近藤周作という。弟の話でいけば、

「僕は弟と言っても、腹違いの兄弟で、父親が女性にだらしがなかったということで、実は僕と兄さん以外にも他に数人の兄弟がいます。面識のある人もいますし、見たことのない人もいます。私が把握しているだけで、三人はいます。そのうちの一人は女性なんですけどね」

 と言っていた。

 ちなみに弟の名前は、山村壮六というそうで、名字が違うのは、当然腹違いだからであった。

「整形手術までして一体この遠藤という男は何がしたいのだろう?」

 とまた辰巳刑事が言った。

 しかし偶然ではあっても、被害者の身元が分かったのはよかった。誰であるか分からなければ、捜査もしようがないというものだった。

 被害者の名前は近藤周作。そして、名乗り出てきた弟は山村壮六という腹違いの兄弟である。それを元に二人のことをいろいろ捜査を始めるということで、やっと警察としての舞台に上がることができたというわけであろう。それまで一人の奥さんが偽証して行ったという事実もあったが、そのことが遠回りにならないほどに、まだ何も分かっていなかったのだ。ただ、あの奥さんは何が言いたかったのか、そのうちに分かることになるのだろうが、それでもいいのか、辰巳刑事の頭の中で引っかかっていた。

 清水刑事はそこまで深く引っかかっていたわけではないが、きっとその違いは辰巳刑事のまっすぐな思いである勧善懲悪という意識が働いているからではないだろうか。

 一つのことが分かるとさすがに警察の捜査力は力を発揮する。近藤周作という男には山村壮六以外にもたくさんの兄弟がいるようだった。それは山村壮六という人物の証言通りだったのだが、この間の奥さんの証言もあるので、そnウラはしっかりと、そして確実に取るようにしていた。

 壮六の言っていた通り、確かに女性も一人いるようで、その人を捜査していると、辰巳刑事は驚愕の事実にぶち当たった。

「これは、まったく別人の写真を持ってやってきた。あの奥さんじゃないか」

 と写真を見た瞬間にビックリさせられたが、ひょっとして、あの時虚偽の証言をした奥さんと被害者が、何らかの形で繋がっているのではないかと思っていたが、まさか異母兄弟だったなどとは思ってもみなかった。

 ここまで繋がっているのであれば、今度は彼女が持っていたあの男性の写真がどのような人物なのか興味が出てきた。まさか、あまり関係のない人間の写真を勝手に持ってきたわけでもないだろう。そう思うと俄然、

「あの時、どうして写真を預かるかしておかなかったのだろう?」

 と感じた。

 しかし、あの時は彼女がちゃんと捜索願を出すものだと思っていたので、後で見ればいいという思いと、実際にあの奥さんの言葉に信憑性がなかったこと、それゆえ、この事件との直接的な絡みがまったく見えなかったことで、次第に意識から離れていくのを感じた。最初はあれだけ彼女のことを意識していたのは、彼女の目的を分からずとも、その意志に近づこうと、無意識に感じていたからではないかと思った。それが、彼女の無意識な思惑だったとすれば、末恐ろしさを感じた。

 さらにもう一つ、彼らの本当の父親はウワサであるが、実は若狭教授ではないかということだった。そのウワサに初めて辿り着いたのは、例の奥さんのところまでたどり着いてからであって、奥さんを訪ねてみた時、奥さんは行方をくらませていた。

 旅館に住み込みで勤めていたのだが、三日前から仕事を突然辞めて、

「田舎に帰る」

 ということだったようだ。

 宿の方も入れ替わりが激しいことで、それほど気にすることもなく、

「いつものこと」

 と言っていたそうであるから、彼女のことなど、いちいち意識などしていなかったことだろう。

 だが、後になって宿の人は、あっけなく辞めて行った彼女に少し苛立ちを持っているようで、その苛立ち解消のつもりで話してくれたのが、本当の父親の話だった。

「若狭教授って、あの俳句の権威の教授ですよね?」

 と辰巳刑事がいうと、

「ええ、そうですよ、彼女は若狭教授の娘さんなんですよ。それも奥さん以外の女性が生んだこともですね。何でも若狭教授の奥さんは子供が産めない身体だったということで、いっぱい表に女がいたということですよ。何人にも手を付けて。子供を産ましているんでしょうね」

 と言っていた。

「どうやら、奥さん以外が妊娠したんだから、女性たちも堕胎すればいいものをしないという心境になるようなんです。その真意は分かりませんが、今まで自分たちが歩んできた墜落人生を、ひょっとすると、あの卑劣な男の血が混じっているということで、歩ませてみたいという気持ちがあったのかも知れませんね。世の中に対する復讐なのか、何も考えていない父親に対しての抗議の意味なのか、堕胎する人がいなかったせいで、何人もの異母兄弟ができたというわけです」

 と、旅館の女将は憚らず大声で笑っていた。

 まるで悪魔の嘲笑である。

 それを聞いた辰巳刑事は、ごくりと喉を鳴らし、

「狂っている」

 と口にしていた。

「世の中には、畜生道という言葉があるが、そういう状態もあったかも知れない。要するに、近親相姦のことだよ。彼らがお互いに自分たちの出生を知っていて、そのことで自分が孤独だと分かり、まわりの血の繋がっていない人を信じられないということもあり得ないとはいえないよね。特に彼らのような人たちは、他の人であれば、少々の仕打ちを受けても、それは愛のムチのようなものではないかって完全には思えなくても思おうとする努力くらいはするはずだよ。でも、、自分たちの出生がよく分からずに、教授がその時の感情で産ませた子供が自分だと知っていれば、決してまわりの人が自分たちにしている仕打ちを愛のムチだなどとは思わない。絶対に苛めであり、そこからは逃れられないと思い込むんだろうね。そうなると、人は信じられない。信じられるのは血の繋がった人たちだけだということになる。彼らには世間の冷たさに比べれば、畜生道の方が、よほど暖かく感じられるんだろうね」

 と清水刑事は言った。

「でもさ、近親相姦って、いったい何が悪いというんだろう?」

 と勧善懲悪な辰巳刑事が言った。

「それは、病弱な子供ができたり、障碍者ができる可能性が遺伝子的に高いという遺伝的な発想から来ているんじゃないのかな?」

 と清水刑事が話した。

「でもですね。歴史的に近親相姦が普通だった時代だってあるんじゃないですか? あの天皇家だって、過去の歴史で皇位継承や系譜図などを見ると、結構近親相姦って多くないですか? それが、戦前までは、万世一系の日本国の君主ですよ」

 という。

「確かにそうだね。でも、選世界的に近親相姦には、忌まわしいという呪われたというような意味もある。一種のタブーだよね?」

「私はそれがおかしいと思うんですよ。小説などを読んでいると、近親相姦をして生まれた子供が知らずに、また近親相姦を重ねてしまうということで、自害したりその復讐のために殺人を犯したりというのがネタになっているはないですか。ただのタブーで、まだ障害のある子が生まれてきたわけではないのに、知らなかったこととはいえ、近親相姦のために身籠ったことを苦にして、自分の子供を道連れに自殺をするなどというのは、あまりにも悲しすぎはしないんですかね? 皆、その自殺をしょうがないと言って、許すことができるんですか? キリスト教などの自殺を認めない宗教の中では、自殺をすることと、近親相姦で身籠った子供を産むことと、どっちが罪深いことになるんでしょうね? 私が本当に疑問です」

 と、辰巳刑事は憤りをどう爆発させていいのか、戸惑っているようだった。

 清水刑事は今の辰巳刑事を見ていて。

――辰巳君らしいな――

 と感じた。

 勧善懲悪の辰巳刑事だけに、自分が納得のいかない悲劇を、いくら世の中のタブーだからといって、簡単に認めてもいいのだろうか?

 もし、近親相姦が悪いことだとしても、それは行為を行う前の自制の意味に使われるまでのことであり、起きてしまったことを、

「タブーを犯した」

 ということで罰するところまでは、本当はなかったのではないか。

 もし、それをタブーとして定着させたのであれば、それは過去の人たちの思惑が重なり合ってのことではないかと思うのだった。

 人間は嫉妬という忌まわしい感情がある。自分の好きな人を他の人に取られた。それが実は好きな人の兄弟で、しかも二人はまぐ遭ってしまう。そういう自分にとっての悲劇を、取られた側から考えると、どうにもたまらなくなってしまい、タブーだという話を広げるだろう。そんな人がたくさん増えれば増えるほど、近親相姦に対して忌まわしい思いを植え付けようとする。

 そう考えると、人類の歴史に、近親相姦はかなりの確率で深まるのではないだろうか。同じ遺伝子の間で結び付け合うというのは、近親相姦がタブーではないという世界であれば、逆に当然のこととなり、もし遺伝子が濃くなることをよしとする世界であれば、今とはまったく違った世界が出来上がっているかも知れない。辰巳刑事はそんな考え方を持つようになったのだ。

「少し話は違っているかも知れませんが。衆道というものもあるじゃないですか。これに関しては、近親相姦よりも厳しくはない。むしろ、女性というものを蔑視していた時代があったからこそ発達した時代だったと思うと、衆道の方が、近親相姦よりも、一般的にも思える。実際に最近では、小説のジャンルの中に、ボーイズラブなどという名前で、美徳かされたものもあって、今は美学に近いものがある。僕などは、悪いですが、気持ち悪いとしか思いませんが、一体人間の感覚ってどうなっているんでしょうね?」

 と吐き捨てるように辰巳刑事は言った。

「とすると、辰巳刑事はこの事件の裏に潜んでいる謎があるとすれば、それは畜生道であったり、衆道であったりという考えがあるんですか?」

「それに違いモノがあるとは思います。そこから、何らかの殺意のようなものが生まれていると思うと、今まで分からなかったことも見えてくるような気がするんですよ。もちろん、ハッキリとはしていないんですけどね」

「ところで、この間から少し問題にしていることとして、実際の実行はと、教唆があるような話をしていたと思うのだが、それについてはどう感じるね?」

 と聞かれた辰巳刑事は、

「そうですね。いろいろ分からない部分は、教唆している人がいると思うと、納得のいく部分はあると思います。例えば。扉をあけておくというような意味や、明かりを明るくしておくというのも、主犯の意識していないところで行われていると思うと、考えられなくもないんですよ。ここが教唆と共犯の違いであって、同じ目的をお互いに話し合って、最初から役割を決めておくのが共犯なんですね。でも、ここでいう教唆というのは、実行犯はひょっとすると犯行をごまかそうといういう意識はなく、もっとシンプルに場当たり的な殺人を犯していて、犯人が望んでもいないことを教唆する人が忖度して行っているということですね。つまり、犯人にとっては思ってもいなかった一種の天の助けとでもいえばいいんでしょうかね」

 というと、少し頭を捻りながら、

「そんなにうまくいくものなのかな? 相手が何を思って殺人を犯しているかというところまでその教唆を行っている人には分かっているのかということだよね? 例えば、誰かを殺したとして、どうしてその人を殺さなければいけなかったのか、つまり動機が分かっているかどうかもあるよね? 相手を殺すことで単純に自分が利益を得られるだとか。その人がいなくなってくれたおかげで、自分が死ぬ思いをしなくてもよくなったというような苛めや迫害を受けていた場合もある。または、その人が死んでくれれば、自分に莫大な遺産が転がり込んでくるなどの理由があった場合は、少なくとも自分が捕まってしまうとせっかくの計画が水の泡なので、教唆の必要はないかも知れないけどね。それにお互いの立場や状況を考えると、ただ教唆というものが実行犯にとっての天の助けなのかどうか。分からないよね? ひょっとすると、ありがた迷惑だと思われるかも知れないということもあるんじゃないかな?」

 と、清水刑事は答えた。

「そうですね。相手のためになると思ってやっても、相手を苦しめるだけになってしまうことだってないとは言えない。警察官が殺人の教唆についていろいろと考えるのは、下手をすると、それこそが罪なのではないかと思うくらいですよ」

 と、辰巳刑事は言った。

「ところで私が一つ気になるのは、この事件で表に出てきているのは、詐欺を行って一度捕まっているのに、また整形しているということは、殺された男は、何かの犯罪を計画していたということになると思えば、殺されたのはその返り討ちではないかという思いを抱くことができると感じたのと、その男や、訴えてきた女。そして、詐欺に関わる集団ということで、すべてが父親の若狭教授の因果が子に報いということになるのではないかと思うことなんだよ。こうやって考えると、あっという間に事件はまったく見えなかったところから急にいろいろ結びつきが見えてくる。まるで、殺人現場の明かりがそこだけ明るすぎたのと同じイメージじゃないかい? これも偶然で片づけられるものなのだろうかと感じるんだ」

 と清水刑事は言った。

「私は今変なことを考えているんですが、意外とこの事件って、すぐに解決するんじゃないかって思っているんですよ。というのは、こうやっていろいろ考えていることが、そのうちにすべて現実となって表れてきて、あれよあれよという間に表に出てきて。自分たちが考えていることが、間違っていなかったということに行き着くんだけど、それを知ってしまうと、何かやるせない気持ちに陥りそうに思う。これはどういう心境だと言えばいいんしょうね?」

 と、辰巳刑事は言った。

 実はその考えは清水刑事にもあった。ただ、実際に起こっているのは殺人事件であり、殺人事件ともなると、そう簡単な楽観視はできない。あらゆる場面を想定するという意味で、この考えもその中の一つだと思えば納得がいくが、殺人事件の捜査というのは、たくさんの状況の中から、少しずつ考えられないものを省いていく減算法である。ただ、まったくないところから集めてくる情報は加算法。

「犯罪捜査というのは、加算法から減算法で導いていくものだ」

 と常々言っているのは、清水刑事ではないか。

 そんなことを考えていくと、次第にこの事件がまるで夢ではないかと思えてくる不思議な感覚に陥っていた。

「やはり、この事件の裏には、何か誰か本当に殺したい人がいて、その人への殺人をごまかすために行われた可能性があるということでしょうか?」

 と、辰巳刑事は言った。

「その本当に殺したい人いうのは、殺害動機のある人がたくさんいて、その人たちの気持ちが一つになることで、成立したという考えだね? 例えば、詐欺行為や偽善団体などの行為で騙されたり、親の身勝手な欲望で、生まれてきたこともたちが不幸になってしまうということだね。だから、その一人を殺し、その罪を本当に殺したい相手に擦り付けるかのような状況を作り出して、まずは社会的に抹殺し、最後には本当に抹殺する。そんなやり方だろうね。それこそ、ハゲワシ集団の主旨を逆に使うようなものだ」

 と清水刑事がいうと、

「ひょっとしてハゲワシ集団というのは、そんなかつての映画をほしいままにした芸能人が、かつて自分の知らない間に世間の中に誰かその人や、さらには世間に対して恨みを持つ一人の復讐者を生み出したことで、その人の手助けをするための詐欺行為なのかも知れないという考えもできるわけですね」

 と辰巳刑事がいうと、

「私もそう思うんだ。だから、今回の事件は、そのあたりの理屈を分かるか分からないかで決まってくる。どんなトリックや、アリバイやなど関係悪、動機というものが分からなければ、絶対に行き着かないという真相。それが今回の事件の裏に潜んでいる秘密なんじゃないかって思うんだ」

 と清水刑事は言った。

 この事件はよく分からないことが多く、逆に表に出てきていることを積み重ねていくだけでは、違った道が見えてくる。あたかもそういう発想から作られている事件で、ある意味、

「細部まで計算された犯罪だ」

 と言えるだろう。

 しかし、その細部を素直にだどっていけば、見えてくるものもあるはずだ。

 これだけのシナリオを描いた人間が、一人で考えたのか、数人の合作化は分からない。この事件の骨格を考える時、

「主犯と、共犯が存在しているのではないか?」

 という考えに行き着くと、

「主犯と共犯ではなく、共犯と思っている人は、実は教唆」

 であり、主犯の預かり知らないところで事件をごまかそうとしているかのような糸を感じる。

 そう思って行くと、その先に見えてくるのもとして、

「自分たちの知らない裏の犯罪が介在しているのではないか」

 と思えてくると、今度は、目に見えている事件が不可解であり、逆に分かりやすいところもあることから、本当の犯罪はこれではなく、裏に潜んでいることではないかということであった。

 見えている殺人は、複数の中の一人が、現状この男が生きていると自分が生きていくうえで困る。つまりは彼が困っているということは、集団での犯罪に支障をきたすということになる。腹違いの子供がたくさんできてしまったことでの、どうしようもない男が生まれてしまったという悲劇でもあった。逆にこのどうしようもない一人の義兄弟を葬るということを考えた時、すべての計画も組み立てられたと言っても過言ではないだろう。そして、彼を殺すという正当性を保たせるために、

「だったら、彼を殺すことをこの計画の一部にしてしまえば、この犯罪がさらに完璧になるわけだ。どうせ、あんな男は生きている価値もない人間なんだ。それだったら、俺たちの計画のために、最後の最後くらい初めて人間らしく殺してやればいいんだ」

 ということで、意見は一致し、さらにやつの殺害計画が、この犯罪計画をさらに強いものとしたに違いない。

 清水刑事はそのあたりの話を、辰巳刑事に話した。

 辰巳刑事も納得する話であったが、

「じゃあ、犯人たちは、どのあたりまで、警察が看破してくれればいいと思ったんでしょうね?」

 と辰巳刑事は言った。

「どうなんだろうね? 辰巳刑事にもある程度は分かっているとは思うんだけどね」

 とニコニコしながら、清水刑事は話した。

 清水刑事としては、ある程度事件の輪郭が見えたことで、満足しているようだ。

 本当であれば、自分の手で逮捕し、検挙というのが一番なのだろうが、清水刑事には自分に検挙はできないと思っていた。それは、警察の捜査力では、犯人たちの計画に追いつくことができず。彼らの思い通りに事件が進展していくような気がしている。それを警察がどうすることもできないことに対しては憤りを感じるが、同じような憤りでも今までに感じていたものとは明らかに違う。

 それはきっと納得の上での憤りなので、自分として承諾できるものだという考えであった。

「やつらの行動は、畜生道や衆道のような、タブーに対しての挑戦でもあり、抵抗でもあったんだ。さらに、ここで断ち切ろうという強い意志もあった、そういう意味で、私はどうしても、彼らを憎むことはできない。どんな結末になろうともね」

 と、清水刑事は一人呟くように言った。


 それから数日して、自殺の名所と呼ばれているところで、若狭教授の死体が発見された。そこは、飛び込みの名所なのだが、若狭教授はなぜか車の中で、服毒自殺だった。

 殺人事件としても捜査されたが、殺人となるだけの証拠も何もなく、結局自殺として処理された。

 だは、少しして、その名所から、一人の遺体が上がった。かなり時間も経っていて、腐乱も激しかったが、何とかDNA鑑定で、被害者が特定された。

 その人は、スポーツ大会運営代行業の幹部の一人だった。どうやら、若狭教授とは仲が良くなかったようなのだが、聴き取りから、若狭教授をその幹部が恨んでいるのが分かったという。

 その後の警察の捜査が、

「犯行は若狭教授によるもので、それを苦にして若狭教授は自殺をした」

 という結論となった。

 証拠もそれにそぐうように後からどんどん見つかった。まるで、分かっていたかのようなストーリーだった。

 それを清水刑事も辰巳刑事も、それぞれにまるで他人事のように見ていたが、二人はそれぞれに事件の行方を気にしていた。ただ、あくまでも他人事にである。

 さらに、今回の彼らが捜査していた毒殺事件も、分かりそうで分からないという不可思議な状況を残したまま、迷宮入り事件となった。

 もちろん、二人には分かっていたストーリーであったが、これもやむなし、

「こんなことだったあるさ」

 としか、まわりには言えなかったのである。

「未解決事件なんて、しょせん、こんなものではないのかな?」

 と、誰が言ったか、そよぐ風に訊いてくれ……。


                  (  完  )

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未解決のわけ 森本 晃次 @kakku

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