最終話 嘘だらけの世界で僕は

 まず目にしたのは白い天井だった。窓から射し込む強い日差しにやられて目を細める。知らない天井で夢の続きかと勘ぐったが、どうやら違うらしい。ベッドに横たわっているのは僕だし、『夢から覚めた』ことを無意識的に感じ取った。


 じゃあなんで僕はここで眠って……


「──っ」


 轢かれた事実を思い出し、ぼんやりとしていた頭が一気に覚める。


 僕はまだ未来みらいの安否を確認できていない。決定事項である交通事故は僕に起きたが、あの後に未来みらいも事故に巻き込まれた可能性だってある。どうしてこんな当たり前のことを思い付かなかったんだ。


 焦燥感に駆り立てられ、すぐに起き上がろうとする。しかし右腕に力が入らない。視線を向けるとそこに見慣れた腕がなく、白いギプスが存在感を放っていた。肘をちょうど九十度に曲げており、まるで骨折したみたいだ。


 いや、コレ折れてるやつでは?


 そりゃあそうだ。交通事故で思い切り轢かれて無傷なわけがない。試しに足を動かそうとするが、こちらも何かに動きを制限されていた。


 ……命があるだけマシか。


 腹筋を使ってなんとか起き上がる。そこで状況を確認しようとして、ベッドの傍らに座っていた少女と目が合った。


智也ともや?」


 つい最近聞いたはずなのにどこか懐かしい声。未来みらいの顔を見た途端、先程までの焦りはすっかり消えていった。どうやら無事だったらしい。


 安心した僕に対し、未来みらいは大きく目を見開く。そして一瞬、瞳が潤んだかと思うと目尻から一筋の涙が流れた。


未来みらい?」

「よかった、本当に……よかったぁぁ」


 もう限界だったのだろう。涙声になった未来みらいが僕の胸に向かって飛び込んできた。


「うわっと……」


 どうすればいいか分からず硬直してしまう。そんな僕を置いて未来みらいは僕の胸に顔を押し付けた。


 何がどうなってるんだ?


 嬉しい反面、恥ずかしさが込み上げてくる。一度引き離そうとも考えたが、今やるべきことは未来みらいを落ち着かせることだ。自由な左手で優しく背中を撫でる。


「そんな泣くことないだろ?」

「だってぇ、目覚めないと、思って……」

「大袈裟だなぁ。ちょっとした事故に遭っただけだよ」

「大袈裟なんかじゃない! 全然公園から帰ってこなくて、そしたら血まみれで倒れてて……私、何もできなくて」

「心配かけてごめんな」


 まるで子供をあやす親になった気分だ。それでも未来みらいは全然泣き止まない。ずっと僕の胸で声を押し殺しながら泣いている。


 その姿に僕の心は満たされた。未来みらいを守れたという達成感。それは『予知夢』からか、今も記憶に残っている『先程の夢』からなのか。今の僕には判別がつかない。


 もしもあの夢の内容……いや、それだけじゃない。『予知夢』を含めた夢が現実だったとしたら……


 そんなことを考えて、すぐにやめる。僕が生きてるのは『予知夢』の世界ではない。今この瞬間だ。あの夢が現実だとしても何も変わらない。


 夢の僕の言葉を借りるなら、そう。


 例え、ここが嘘だらけの世界だったとしても、僕は未来と笑いたい。それができる世界なら十分だ。

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嘘だらけの世界で僕は君と笑いたい 西影 @Nishikage

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