第10.5話

 枯れ木ばかりの公園でベンチに座っている男がいた。待ち合わせをしているのかと考えて、どこか様子がおかしいことに気付く。俯いていて顔色を窺えないが悲哀に満ちた空気を感じ取った。


 そんな男の前に明人あきとが現れる。


「今日も見舞いに行ってきたのか?」


 男は反応を示さない。ずっと俯いて顔すら合わせようとしなかった。数秒待ち、再度明人あきとが話しかける。


清水しみずさんの意識はまだ回復してないってよ」

「……お前に言われなくてもわかってる」


 ――夢だ。


 覇気のない声を聞き、直感的にそう感じた。しかし男が顔を上げたところで確信に変わる。あのベンチに座っているのは僕だった。どうやら僕と明人あきとが会話している夢を第三者目線で見ているらしい。


「なんで未来みらいだったんだ……」


 その声は震えていた。初めて見る光景のはずなのに自然と状況が理解できる。未来みらいはクリスマス・イヴの事故から未だに目を覚ましていない。現在は徐々に衰弱していて、回復の兆候が見られないとのこと。未来みらいの両親は覚悟をしておいてほしいとも言われたらしい。


 ……本当に、初めて見る光景なのか?


 記憶を補完するようにどんどん情報が流れ込んでくる。いつもは自然と受け入れる情報なのに、今回は夢と意識しているせいか不可思議に思えた。


「なんで、僕なんかを助けたんだ!」


 悲痛な叫びは僕に『予知夢』の記憶を思い出させる。車に轢かれそうになった僕を未来みらいは突き飛ばした。そのまま未来は病院に送られ、今も目を覚ましていない。


 いや、それは本当に『予知夢』の記憶なのか? 僕はクリスマス・イヴに未来みらいと公園に行き、その後どうなった?


 何かがおかしい。『予知夢』と現実の区別が曖昧になっていく。入り混じる記憶に戸惑う僕なんて気にせず、明人あきとは夢の僕に話しかけた。


清水しみずさんを助ける方法があるかもしれない……」

「……いくらお前でも、次そんな冗談言えば殴るぞ」

「マウスで魂の抽出、保存に成功したらしい。そして意識を失ってすぐのマウスに魂を戻すと蘇生したという話もある。これを人間に応用できたら……」

「それに何年掛かるんだよ」


 苛立ちの籠った呟きが明人あきとの言葉を切り捨てた。未来みらいにとって今が一番危険な状態なのだ。数年後に生まれるような治療法の話をしたところで意味がない。


 そう判断したのか夢の僕が立ち上がる。足は出口に向かって進んでいた。


未来みらいが生きてるうちに治療法と認められないと意味がない。それ以前にそんな胡散臭い実験に協力するやつなんて、どこにも……」

「――被害者家族で協力を志願している人たちがいる」


 明人あきとの言葉で夢の俺の歩みが止まる。


清水しみずさんの両親もその一人だ。もし、娘が死んでしまったらその魂だけでも生かしてほしいとね」


 その言葉に目を見開く。ずっと頭の片隅で引っかかっていた何かが取れたようにクリアになった。


 僕はこの光景を見たことがあった。


 ――僕は、この記憶を経験していた。


 次に発せられるのは今の僕になるきっかけの言葉。それがきっと『予知夢』を見る原因になった言葉。


智也ともやも、清水しみずさんみたいな人を助けるために医学部を目指さないか?」


 瞬間、謎の浮遊感に襲われる。ゲームのバグのように地面をすり抜け、二人を置いていくように落ちていった。真っ暗な世界に放り込まれる。


 どこだ? なんて考える時間すら与えられない。


 着地したと思った時には病院の一室にいた。夢の僕は患者服を着ており、ベッドで仰向けになっている。しかし顔つきが明らかに違う。ベッドの横で立っている明人あきとも同様だ。学生時代と比べ大人びている。そんな明人あきとも白衣を身に着けた姿を見るに医者になれたのだろう。数十年の時が経過したんだと記憶が勝手に補完された。


 どうやら夢の僕は未来みらいに行う予定の治療と同じものをこれから受けるらしい。


「本当にいいんだな」


 明人あきとが話しかける。それは「後には引けないぞ」と言っているようにも感じた。まだこの治療は世間に出回っていない。それゆえに危険が付き物だ。そのリスクを被験者の僕はより理解しているはず。


 それでも夢の僕は怯むどころか、真剣な眼差しを明人あきとに向けていた。


「言っただろ。僕は未来みらいのためだけにここまでやってきた。未来みらいの魂を仮想世界に住まわせるなら、僕だってそっちに行く」

「相変わらず清水しみずさん一筋だな」

「嘘だらけの世界で、未来みらいだけが本当っていうのも酷だしな」


 夢の僕が笑い、つられて明人あきとも笑みを零す。


「もう仮想世界の準備はできてある。あとは清水しみずさんと智也ともやの魂を仮想体に定着させるだけだ。極力似せてはいるが仮想体と現実の脳の違いにより、記憶や意識でなんらかの欠落や変化が……」

「その実験も兼ねてるんだ。心配すんな。重々理解してる。早く始めてくれ」

「……分かった。後は俺に任せてくれ」


 そこで視界がぐにゃりと歪んだ。もう何度も感じたことのある夢の終わり。最近はここで夢の中と気付くことも増えてきた。


 それでも未だに胸のつっかえは取れない。


 本当にコレを夢と片付けてもいいのか?

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