第10話

 楽しい時間ほど早く終わるとはよく言ったものだ。煌びやかだったイルミネーションを見終わり、僕たちは月明りのない帰路を辿っていた。火照った頬が夜風に当たり心地いい。それでも左手に残る熱は冷めることはない。イルミネーションを見終わっても互いの手を離さなかった。


「……あっという間に一日が終わっちゃったね」

「そうだな。楽しかった」

「私も……」


 未来みらいの声が寂しそうに聞こえてくる。それだけ今日を楽しんでくれたのだろう。イルミネーションを見ていた時より歩みは遅いし、心なしか未来みらいとの距離も近くなった気がする。


 ――好きだ


 なんて言えたら、どれだけよかったか。デートの最中何度も口にしそうになり、その度に止めた。断られる可能性を考えたら怖くなった……というわけではない。もちろん少し怯えてはいるが、それ以上に今の僕にその言葉を言う資格はなかった。


 このままじゃ、僕は未来みらいを幸せにできない。


 明人あきとと何度も話し合った『予知夢』の対策はどれも不完全なものだ。轢かれた道に足を踏み入れない、又はその時間帯まで安全圏で待機すること。『予知夢』での関係性(予知夢では未来と既に付き合っていた)を変えること。


 そして何より、未来みらいを独りにしないこと。


 しかし、どれも結局は安全を確保できていない。以前にあった包丁での事故と違い、今回の『予知夢』は他人が引き起こす交通事故。どれだけこちらが警戒していても、向こうから迫ってきた時点で終わりだ。


 未来みらいを守るために僕は何ができる?


「……未来みらい、少し寄り道しないか?」

「――! うんっ!」


 寂しそうだった顔から一転して、明るい声を返される。どうやら、未来みらいもまだ帰りたくなかったらしい。僕も家付近に近づきたくなかったから好都合だった。周囲を警戒しつつも進路を変えて公園に向かう。


「ここも久しぶりに来たね」

「小学校以来か?」

「そうだね。よくボールで遊んでたなぁ」


 今では通話やメッセージばかりで話しているが、昔は二人でよく遊んでいた。外で遊んだり、どちらかの家で集まってゲームをしたり。両親の仕事の都合でお泊り会をしたこともあった。


 懐かしいな。さっきまでも未来みらいと話していたが、この場所にあてられて昔の出来事が蘇ってくる。導かれるように近くのベンチへ。繋いでいた手は離れるが、肩と肩が触れ合う距離に座った。


「今日は楽しかったか?」

「うん! プレゼントも、写真も、大事にする!」

「それならよかった」

智也ともやはどうだった?」

「僕は……」


 つい、この先のことを考えてしまう。タイムリミットはあと少し。数時間後かもしれないし、数分後、もしかしたら一分も満たない時間かもしれない。未来みらいは今日のデートのことを言ってるのに、僕は素直に「楽しかった」と口にできなかった。


「ごめん、ちょっと自販機行ってくる。未来みらいはここで待ってて」

「それなら私も……」

「いや、未来みらいはここで待ってて」


 強引に話題を切って公園を後にする。けど、こうするしかなかった。僕にはこういう方法しか思い付かなかった。


 自販機の光へ近づく。しかし飲料が目的ではない。自販機は通り過ぎて家路に就く。その足は未練があるからか、いつもより重たい。


 明人あきとは言っていた。


『予知夢には変えられない結果があると』

『だったらその過程で対策を打てばいいと』


 ずっと疑問だった。変えられない結果に対策を打つという発想を明人あきとがするのか? 聡明な明人あきとがこんな矛盾したような話をするのか?


 否、普段の明人あきとなら言うはずがない。もし言うとするならば。


「僕を前向きにするため……だったんだろうな」


 口から白い息が零れる。人間を動かすのは絶望ではなく希望。それを理解しているからこそ、明人あきとの言葉には僕を奮い立たせるものが含まれていた。きっとあの激励がなければ今日も家に引き籠っていたはずだ。


 それを選ばなかったことに意味を持たせられるかどうか……。


 答えはすぐに返ってきた。ちょうど家が見えてきたところで光が僕を包み込む。そこで全てを察した。


 今回の『予知夢』の決定事項は『車で轢かれること』だった。その事実に安心したような、悲しいような。ここでも僕は『予知夢』のように今を受け入れてしまっているらしい。


 だって仕方ないだろう。僕は一度だって『予知夢』に抗えていない無力な存在だ。今回の『予知夢』を見て何も解決策はないと諦め、絶望した男にどうこうできる代物じゃない。抗うこと自体が傲慢すぎたのだ。


 だから僕は『予知夢』には抗わない。


 を打ってやる。

 

 未来みらいだけでも助かるように僕だけ事故に遭う。それが僕にできる最善手だった。後はしぶとく生き残ってくれたら万々歳だけど……。


「ごめん」


 誰にも届かないような言葉を呟く。それは約束できない。


 全身に広がる衝撃と共に僕の意識は光の先にある闇へ消え去った。

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