ゴリラとは神である

橿原 瀬名

ゴリラとは神である

 深夜の公園で、ゴリラが詰将棋つめしょうぎをしていた。

 本を片手に、一人で将棋を打っていたのだ。

 俺にとって、それはひどく興味を引かれる光景だったので、思わずゴリラに近づき、話しかけた。


「何をされてるんですか?」

「詰将棋です」

「どうして夜の公園で詰将棋を?」

「星空の下で詰め将棋をしていると、宇宙を感じるんです」


 なるほど、ゴリラは星空の下での詰め将棋を通して、宇宙を感じる生き物なのか。俺はまた1つ、賢くなったな。



「――ああ、つまるところ。ゴリラとは、神だったのですね」

 俺は感動に打ち震えながらそう言った。目からは思わず、歓喜の涙が溢れだす。



「あなたは何を言っているんですか?」



 ゴリラはあきれていた。けど、それでも構わない。だって、知的活動を通して宇宙と繋がり、その真理を理解する存在。


 それは即ち神であり、彼にどんな反応をされようと、俺の信仰心は揺るがない。



「ゴリラ様。あなたは宇宙の真理に、気付いているのでしょう?」

「まあそれについては、そうです。宇宙とは、1つの生命であり、全ての生き物の魂です。私たちは、1つの宇宙であり、宇宙の一部であり、宇宙の心です」

「ああ、ゴリラ様。やはりあなたは、俺の神なのですね」



 俺はゴリラ様にひざまずき、手を組んで祈りを捧げた。やっと会えた。やっと巡り会えた。俺の宇宙における存在意義、即ち仕えるべき神に。



「ゴリラ様。どうかに、ただ一言こう命じてください。『ゴリラのみを信仰し、その言葉のみに従いなさい』と」

「そんなことはできません。私とあなたは、対等な存在だ。同じ命だ。どちらかがどちらかを神として信仰するなど、間違っている」



 ああ! ゴリラ様はなんと素晴らしい!

 やはり、人徳まで備えていたか!


 俺の中の信仰心が、さらに高まっていくのを感じる。しかし、彼は俺の神になろうとはしてくれない。


 どうすればいいのだろう?


「では、ゴリラ様。私はあなたのために、何ができるのでしょうか?」

「私と将棋を指しましょう。それだけでいい」

「なるほど。星空の下であなたの導きを受ければ、私も宇宙の真理を『感じる』ことができるのですね」



 ゴリラ様は困った顔をしていたが、そんなことはいい。俺は宇宙になりたいし、彼を信仰していたい。


 ゴリラ様は俺の神なのだ。神でなければならない。神でないゴリラ様など俺は受け入れられない。



「ゴリラ様、さっそく将棋を指しましょう」



 俺は恍惚感に浮かされながら、そう言った。今の俺は、それはもう愉悦に満ちた笑みを浮かべているだろう。


 俺たち二人は、将棋盤を挟んで座ると、さっそく対局を始めた。すると対局の前に、ゴリラ様が遠慮がちに俺に質問をしてきた。



「……1つ、聞いても良いですか? 」

「なんでしょう」

「「貴方はなぜ、初対面のゴリラを、神として信仰しようと思ったのですか?」

「それは私がショートケーキだからです」

「えぇ……」



 ゴリラ様が困惑なさっていた。俺は慌てて、自分の言葉を補足する。



「いえ、違うのです。私にとってショートケーキとは、誰かを笑顔にする特別な存在なのです」



 私はゴリラ様に、自分がなぜショートケーキを名乗るのかについて説明をした。


 私の誕生日はクリスマスだった。


 けれど、母は誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントを必ず両方用意してくれた

 その上、ある程度は高いおもちゃでも、例えばゲーム機や変身ベルトでも、ちゃんと両方買ってくれたのだ。


 ショートケーキも好きなだけ食べさせてくれた。金持ちの家に生まれたワケでもない俺にとって、クリスマスは特別な日だったのだ。


 だからずっと俺は、ショートケーキになりたかった。母の愛のような、無償で与えられる幸せの化身。


 自分が恵まれて育った分、他の人に幸せを分け与えられる人間になりたかった。


 だから、俺は会社を起こし、大国の国家予算並みの金を稼ぎ、慈善事業をやりまくっているのだ。


 しかし、世界中の人を幸福にするにはまだ足りない。宇宙の真理を知る誰かが必要なのだ。全ての人が彼に従えば、誰もが幸せになるような存在。すなわち、神が。



 ――そんな感じのことを、ゴリラ様に話した。



「……その流れでサンタさんとかお母さんじゃなくて、シャートケーキに憧れる人は初めて見ましたね」

「え? つまりゴリラ様はバナナになりたいと思ったことがないのですか?」

「ありません……」



 あるのが当たり前みたいに言われても困る。ゴリラ様の目がそう語っていた。



「そうですか、ゴリラ様。それでは一緒に、バナナのショートケーキを食べませんか?」

「なんで……?」

「そんなの決まってるじゃないですか」



 俺はそこで言葉を区切り、間を開けてからこう続けた。



「――友人になりたいからですよ。神になってもらえないなら、まずは友達になろうと思いましてね。誕生日パーティーに呼ばれるような、大切な友人に」

「それならまあ……いいですよ。連絡先を交換しましょう。L○NEやってますか?」



 こうして、俺とゴリラ様は友達になった。




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