Monster Empire

緋咲 もり

プロローグ

はっきり言おう。「この国は腐ってしまった」と。


およそ3000年前、この国はまだ共和国だった。


この国のシンボルである「太陽樹」、それが祀られている広場である「太陽樹広場」。

今残っている、共和国時代の建造物や形成物はこの他に無い。


共和国時代に国土の大部分を占めた、狼やエルフの棲んでいる森は、皇帝の名の元に切り拓かれる事になり、今ではもう殆ど残っていない。

伐採されてしまった森は全て帝都住宅街や王宮として改造され、一部残った森は人工的な毒沼や木に置き換えられてしまった。


挙げ句の果てに、その森に棲んでいた人外達は半島に弾圧されて今に至る、と言うわけだ。


帝国は、当初掲げた“帝国理念”──全種族が平等で、全国民が過ごしやすい帝国にする──という理念はとうの昔に頭から葬り去って、ただただ人外圧政を行っているだけの悲し脆弱な国になってしまった。


「──私は残念だよ。共存の道は、無かったのかねぇ…。」


私ははあ、と短い溜息を吐いた後、買い物袋をぶら下げて変わり果ててしまったこの地を歩く。


昔はこの半島だって弾圧の地ではなく、自然に富んだ自然の象徴の地であった。


それが、こんな差別と弾圧の権化となってしまうのは嬉しく無いことである。


…平和と共生を望んだ私なら、余計に。


「本当にね…頭が痛いよ」


かつての半島はもっと自然に富んでいた。

活気もあり、ここまで荒廃している訳でも無かった。


半島に人間が棲んでいたあの頃は、ここまで物盗りや食い逃げなどは横行していなかったし、ここまで生活困窮者も居なかった上にコロニーも荒れてはいなかった。


現在のこの国は、とてもではないが目も当てられたものではない。


余りの半島の政治の酷さに“半島は荒政”と野次られるほど…全く、この国の当初の帝国理念を読み返して欲しい程である。


現状を顧みて、この帝国の良いところが1点も思いつかない──当然だが。


「──全く、こんな筈では無かったのに」


…少々独り言が過ぎただろうか。

まぁ、私は群れずに独りで暮らしている身であるから、多少の独り言は「独り身の戯言だ」と思って受け流して欲しい所ではある。


と、そんな夢想をしている内に家に着いてしまった。


「──おや、もう家だったか」


先程述べたように、この半島では一軒家,アパートに住んでいる人はかなり珍しく。

私のように一軒家の民家を持っている人は数えられるほどしかいない。


というのも、先程述べたようにこの半島では非常に生活困窮者が多い。


そもそもの働き口が無く、そもそもの帝国の統制が及ぶ程規律立った場所では無い。そして当然、通貨も流通しないので、結果ここに住む者たちは貧困になってしまう。

そうすると、必然的に何かを奪う者が増えてきて、中央の統制及ばず益々荒れてしまう。結果人外は更に弾圧されるようになってしまう。これぞ、負のループである。


(なんと酷い……この国は)


と思いつつ、片手で鍵を回しドアを開けて家の中に入る。


考え事に耽っていると、行動が遅れてしまうのが私の最大の弱点である。


八百屋で買った人参一本、古本屋で出会った3冊の本、眼鏡にノートの入った買い物袋をそっと地面に置いて、ソファに凭れかかる。


「──はあ……。疲れてしまったね」


彼女はソファに凭れかかりながら、ずっと考えていた。


私達の住まう所は、「帝都」とは分類されていない。


この帝国にとって、人外は弾圧すべき存在で、共生共和など以ての外、という事なのだろう。


断っておくが、この帝国は何もかも造り替えてしまったので、住宅街はここの人外の住む住宅街、それから帝国とは噛んでいない人間の住む住宅街、一部狼の住む森、おそらく帝国に噛んでいる人間が住むであろう場所の4ヶ所程しか無い。


碌でもないな、と罵倒する言葉しか見つからない一方であるが、しかし、もしかしたら私は石を投げることができないのではないか、とも考えてしまう。


「……嫌だな、7500年生きた大老らしくない」


そんな事を呟いて、彼女は何かから目を背けるようにソファで眠るのであった。

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