第5話 花咲く未来へと向かって

 涙で滲んでいく地面を見つめうなだれていると、視界に他の影が飛び込んでくるとともに、男性の声が降ってきた。


「お姉さん、忙しそうですね」


 見上げると、Tシャツとジーンズにパーカーという、ラフな姿の青年が居た。その背格好は、近頃テレビで見た若手有名マジシャンを彷彿とさせた。テレビ出演時にはその素顔はマスクで隠されていたが、外すとこんな感じなのかもしれない。


「別に忙しくありません」


 目元をぐい、とぬぐいながら唯花は答える。少しぶっきらぼうな言い方で。


「それでは僕の魔法を見てくれませんか?」


 青年は穏やかな笑みを浮かべる。彼の手は後ろ手に組んである様子で、唯花の側からは見えない。


――手品でも始めるのだろうか。


 唯花は何かを思い出す。こんなこと、前にもあったような。


「見てあげてもいいですけど。言っとくけど、大概の魔法は見抜けますよ」唯花は忠告する。「私も元魔法使いなんで」


 されど青年は穏やかに笑う。


「見抜く? 魔法に種も仕掛けもありませんよ」それから。「あなたの好きな花を咲かせてあげましょう」


 唯花はかつて自らが習得した初歩的な手品を思い出した。


「どうせバラとユリしか無いんでしょ?」唯花は毒づく。「私が好きなのは――」


 唯花が言い終わるが早いか、青年が差し出すが早いか。


「「ひまわり」」


 唯花と青年、二人の声が重なる。青年の手にはひまわりを束ねたブーケがあった。


「な、なんで」


 理解できない現象を前に、唯花の声がうわずる。


「言ったでしょう、って」だけど、と青年が続ける。「は咲かせたかった。かつて僕の中に、花を咲かせてくれた人みたいに」


 青年の言葉を聞きながら、唯花は改めて青年の顔を見つめる。

 精悍ではあっても、どこかあどけなさが残るその顔は、いつか見た少年の面影を残していた。


「あの時の……」


 思いもよらない人物の登場。唯花は驚きのあまり口元を手で押さえる。

 記憶の中ではあんなに幼かった少年が、いきなりたくましい青年になって現れたのだから無理もない。


「やっと見つけましたよ。あなたの蝶ネクタイのひまわり、ずっと忘れられなくて。今はさしづめひまわり柄のハンカチでも使っているんでしょう?」


 青年の推理に唯花は目を見開く。「どうしてそれを」


「まず、ひまわり柄の蝶ネクタイなんてそうそう付けようとは思わない。マジシャンなら代表的なのは黒でしょうか。よっぽどこだわりでも無い限り」


 それから、と青年は続けた。


「ひまわり柄のアイテムを肌身離さず身に着けるとして、無難なのは普段見えないところにあるハンカチとかかな、と」


「アタリだわ」


 唯花はハンカチを取り出す。その布地にはひまわりの花柄が散りばめられていた。


「それが手品の種ってことなの?」

「手品じゃなくて、魔法です」

「何よ、それ」


 二人は互いに顔を見合わせると、ふふふ、と笑った。


「ところで」


 気付けば立ち上がっていた唯花にひまわりのブーケを渡しながら、エスコートするかのように右手を差し出す。


「僕はもっと花を咲かせたいと思っています。できれば、あなたと一緒に」


 唯花は目の前に、新しい未来への扉が開かれたような気がした。


「面白そう」


 彼女が青年の手を取ると、二人は公園を抜け歩き出した。 

 道沿いの常夜灯は照らす。花咲き誇る未来へ向かって歩きだした二人を。

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種も仕掛けもありません こばなし @anima369

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